その40 蒼の都市にいってみよう
水の都アトランティエ、川手の港。
桟橋が並ぶ港に泊められた船の中に、奇妙な船がある。
白く塗られた、扁平な船体。そこから伸びる、奇妙な帆は……
「――鳥の、羽……?」
風に揺れるそれをみて、思わずつぶやく。
通常の船であれば帆があるべき部分には、巨大な鳥の羽根が立っていた。
「あれはライムングの守護神鳥、ドルドゥ様の羽根ですよ」
ライムングの使者、四角いマルコイさんが説明する。
「あの羽根のおかげで、風がなくとも船は大河をさかのぼれます。ライムングでも特別な船なんですよ」
「へえ……ということは、私たちはあれに乗ってライムングに行くんだね?」
「左様です」
マルコイさんと話していると、足元のアルミラさん(猫)がぷるぷると震えだした。
「す、す、す、ステキですわーっ!」
と、唐突に叫ぶ子猫。
その目は、きらっきらに輝やいてる。
「――喫水の浅い河船に、優雅にはためく神鳥の羽……真っ白い羽にあわせて、船も白く塗ってあるのが美しいですわね! 船影も、あくまで優雅……素晴らしいですわ!」
アルミラさん大興奮だ。
そういえば、船の構造とかにくわしかったし、好きなんだろうなあ。
……あ、すっごい速さで船に乗り込んじゃった。
「……では、守護女神様も」
「うん。蒼の都市まで、よろしくお願いします」
頭を下げるマルコイさんに従って、私もライムングの白い船に向かった。
◆
大河クー。
西部最大の巨大河川。
川幅は、目算でも優に1kmは越えてる。
水は、かなり澄んでて、砂利質の川底が、よく見える。
河の流れがゆっくりなのか、ぱっと見水が動いてるようには見えない。
大河を、白い船はさかのぼっていく。
風は、前から吹いてる。逆風をものともしないのは、神鳥の羽根のおかげだろう。
「大河クーの貴婦人。ライムング太守が所有するこの白船は、人々からそう呼ばれております」
マルコイさんはそう説明してくれた。
心地よい風に、髪がなびく。
すれ違う無数の船を、ぼうっとながめながら、思い出す。
出発前の、エレイン王子との会話を。
「――まず、注意を。蒼の都市ライムングは、敵ではありません」
エレインくんは、まず最初に念押しした。
叩き潰していい相手じゃない、ということだ。
理由は単純。
アトランティエとライムングは、大河クーの利権を共有している。
おたがいがあるからこそ、この巨大河川利権を掌握していられるのだ。
ライムングの太守は古狸とはいうけど、だからこそこの事実を、痛いほどわかってる。
ライムングが持つ河川利権を確保するためにも、アトランティエの安定は急務であり、その点において両都市は協力できる。
もちろん、協力の過程でいろいろと政治的な綱引きはあるんだろうけど、そのあたりはエレインくんの領分だ。
けれど、まあそんなわけで。
「焼き鳥食べるのはムリだろうなあ……ほんのちょっとでもいいから、かじらせてくれないかなあ……」
鳥肉だ。しかも神獣だ。
マズイはずがないから、心底惜しいけど、仕方ない。
「まあ、まったく望みがないってわけじゃないけど……」
守護神鳥ドルドゥに会いたい。
私のけっこう無茶な頼みを、マルコイさんはむしろ歓迎する風だった。
「ひょっとして、守護神鳥とライムングの間に、齟齬があるのかもしれません」
とは、王子様の言。
アトランティエとライムングの交渉において、守護神鳥の動きに何か不穏なものがあり、それを掣肘するために、私を利用しようとしてるんじゃないか、という予想だ。
「まあ、わざわざ戦争したいわけでもなし、穏便に済むなら、それでいいんだけど」
と、そんなことをつぶやきながら、流れていく景色をぼうっとながめていると。
「――タツキさん」
猫のアルミラが、とことことやってきた。
「アルミラ、船の見学はもういいの?」
「はいですわ! おかげさまで思いきり楽しめましたわ!」
アルミラが猫の姿のまま、前足をぎゅっとする。
本当に楽しそうなので、ほほえましい。
「よかったね。ライムングまでは、船でどれくらいかかるのかな?」
「夜は船を止めますし、5日くらいの旅ですわね。この船ですと、もうすこし早いと思いますけれど」
「すると、向こうに4、5日居るとして……帰ってくるころには、フカヒレが出来てるかもしれないね」
そう。焼き鳥がなくても、私にはフカヒレがあるのだ。
だからがまんできるよ。がまんできます。わたしはいいこです。
ロザンさんの料理を思い出しながら、呪文のようにつぶやく。
フカヒレの出来上がりが、本当に待ち遠しい。
◆
気がつくと、いつのまにか水の都が見えなくなっていた。
時々小さな街が見えるけど、それ以外は本当になんにもない。いや、畑とかはあるし、ときどき動物も見るんだけど……と。
「そういえばアルミラ、このあたり、魔獣とかって出ないの?」
「出なくもありませんが、多くはありませんわ。人里に出てきた魔獣の討伐は、領主の領分ですし、領主にとっても死活問題ですので、たいていは速やかに討伐されますわ」
なるほど。
「……ゴロツキを雇って魔獣を退治させる、とかは?」
「よほど手が足りなければ、そういうこともするようですけれど……普通の人間に、魔獣退治は手に余りますわ」
うーん。なかなか厳しい。
「ただ、勇者や魔法使い……魔力の素養を持つ人が、魔獣退治を請け負う稼業につくこともあるようですけれど」
「ああ、そういうのもあるんだね。あと、ほかに戦力というと……騎士団が魔獣討伐を請け負うことは?」
「それも騎士団の主たる任務、ですわ」
「……つまり、守護神竜アトランティエによって半壊したいまの騎士団じゃ、満足に魔獣討伐出来てない?」
「ですわね。ただし、陸運、水運の保護は、国の威信にも関わる問題ですし、エレインも最優先で取り組んでいるはずですが」
「なるほど」
なかなか頭の痛い問題っぽい。
エレインくんが満足に寝れないはずだ。
「となると、さっきからこの船についてきてるあれも、魔獣って可能性、あったりする?」
私は、岸を指さしながら、問いかける。
巨大な真っ黒い豚が、「ぶもー!」と川岸を爆走していた。




