その4 すっぱだかからの卒業
数日が経った。
ひょんなことから始まった、絶海の孤島でのサバイバル生活。
でも、海を含めて近隣最強の生物と化してしまったせいで、悲壮感とかはあんまりない。
2m級の凶暴っぽい魚も余裕で殺せました。
生で食べるのは抵抗があったけど、ドラゴンとか食べてていまさらなので齧ってみたら、意外と美味しかった。
ブリのように脂が乗ってるし、生臭さもあんまりない。
わさびと醤油が欲しくなったけど、ない物ねだりなので我慢。
ドラゴンハウスは思ったより住みやすい。
半分密閉されてたはずなのに、不思議と血の匂いやべたつきはなく、お腹のあたりはごろごろと転がれるほど広い。
だけど、微妙に揺れてるせいでちょっと寝にくい。
なんでだろうと思って調べたら、翼から風がそよそよと吹いてた。
――水竜が水なら、ドラゴンは風ってことかな?
ハウスの中で、なんとなく考えてて……ふと、閃いた。
というか気づいた。
ドラゴンの翼の皮膜は、鱗びっしりの皮なんかよりずっと薄い。
――これなら、服に出来るんじゃないか?
さっそくドラゴンの爪を持ち出して、皮膜を切ってみる。
布、とまではいかないけど、淡い翠緑色の皮膜はかなり薄い。しかも丈夫で、じゅうぶん着用に耐える。
「よし!」
切り出した翼の皮膜を手に、気合を入れて服作りを始める。
もちろん、ちゃんとした服なんか作れない。
だけど、原始的な構造の服なら、私にだってなんとかなる。
貫頭衣。
弥生時代の人が着てたようなアレだ。
皮膜の幅と長さを調整して二つ折りにし、真ん中に穴を開ける。
それとは別に、皮膜を細く切ったものをよじり合わせ、縄を作る。
皮膜の穴に頭を通し、腰のところを縄で結ぶと、ドラゴンの衣の完成だ。
正確にはドラゴン(の翼の皮膜)の(貫頭)衣だけど、ややこしいしかっこ悪いので却下だ。
「……うむ」
試着した感じ、悪くない。
切るのに鉤爪を使ったせいで、裾があんまりきれいじゃないけど、まあ上出来だ。
「でも、横から胸とか太ももとか見えてるんだけど……貫頭衣ってこんなアレな感じの服だっけ?」
しかも、風を呼ぶ特性のせいか、裾がずっとはためいてる。
そのせいで下半身を隠せてない気がするけど、私の目にさえ入らないなら大丈夫。当面は問題ない。
「……パンツが欲しいなあ」
文明人としてのプライドに関わる問題なので、早急に、是非。慣れちゃいそうで怖いし。
◆
ともあれ、衣食住の問題は解決した。
なら、その次を考えなくちゃいけない。
「この先どうするか、だけど……」
この島で助けを待つのは却下だ。
ここが地球の秘境だってのなら、助けが来る可能性も、あるかもしれない。
だけど、現代にドラゴンや水竜が実在するなんて、聞いたことない。
「異世界だって言われたほうが、よっぽど納得できる……だったら、助けは期待しない」
そもそも人類が居ないかもしれない。
こんな場所まで船を出せるほど発展してないかもしれない。
異常に戦闘的だったり排他的だったりで、助けを求めても無駄ってこともある。
だから「助けを待つ」って選択肢はなしだ。
「陸地を目指す。まずはそれが目標だ」
陸につけば、人がいるかどうか判断がつく。
人が居て、ある程度文明が発展してるなら、元の世界に戻る方法もわかるかもしれない。
たとえ人が居なくても、陸地に行けば、こんな孤島よりよっぽど食糧事情がいいに違いない。ドラゴンが居るなら、またぜひとも食べたい。じゅるり。テンションあがってきた。
「問題は、どうやって陸まで行くかってことなんだけど……」
船は無い。
船を作ろうにも材木が無い。お手上げだ。
まあ、まったく手段がないわけじゃない。
水竜を食べたせいか、私は水中で呼吸できるようになってる。
だから、海の底をてくてく歩いて陸を目指すって手も、あるにはある。
しかしひとつ、根本的な問題がある。
「陸がどっちの方角かもわかんないんだよなあ……」
大問題だ。
空には海鳥すら飛んでないから、陸地のある方向がわからない。
想像してみる。
たとえば、ここが沖ノ鳥島だったとしよう。
方向が全然わからない状態で、果たして日本にたどり着けるかっていうと……キツそう。
実物の沖ノ鳥島だったら、構造物になんか書いてあったり、陸地の手がかりがあるのかもしれないけど。
「ああ、しかも歩いてくなら、真水が手に入らないのか」
気がついて、ため息をつく。
いま真水は水竜の残骸から取ってるけど、さすがにこれを持って歩けない。
いや、持って歩くことはできても、海水に浸かっちゃうと真水が取れない。
「……かなり詰んでるなあ」
つぶやいてみるけど、危機感はない。
無駄に超人になっちゃった弊害で、どうしてものんきに構えてしまう。
「うーん……」
考えてもいいアイデアが出てこないので、岩肌にごろんと寝ころぶ。
日差しは強いけど、暑くない。これもたぶんドラゴンを食べた影響だ。
「ドラゴン、美味しかったなあ……」
あの甘美な味を思い出す。
調理なんてしなくても、魂を震わせるほど美味しかった。
――もし料理したら、どれくらい美味しいんだろう。
考えただけで、口の中に唾液があふれる。
魚も、けっして不味くはない。
特にメートル級の大きい魚は、ブリっぽくて美味しかった。
だけど、ドラゴンに比べれば、すべてが色あせる。
昔食べた超高価な神戸牛のステーキだって、あんなに衝撃的な味じゃなかった。
「陸に行けたらまた食べたいな、ドラゴン……」
そんなことを考えながら、ぼーっと空を見ていると。
「雲だ」
視界の端に、奇妙な雲が映った。
ただの雲じゃない。
入道雲のように分厚く、黒い。
時々光って見えるのは、雷か。
雲の下は、土砂降りなのだろう。煙って見える。
「風向きは……こっちか。けっこう降りそうだなあ」
ドラゴンハウスと水竜が気になったけど、中に骨が入ってるだけあって、けっこうな重量だ。大丈夫だろう。
「でも流されると怖いし、念のため水竜の尻尾は、ドラゴンの首にでも巻きつけとこう」
ドラゴンや水竜が居るような場所だ。
自然現象もけた外れな可能性だってあるから、備えは大事だ。
なんだか奇怪なオブジェが出来上がった気がするけど私の家です。
◆
一時間ほどして、急に空が暗くなる。
しばらくして、激しい雨が降って来た。
風も強くて、家が吹っ飛ばないか不安になったけど、不思議とドラゴンハウスはびくともしない。
翼も風を帯びてたし、風に強い、みたいな特性があるのかもしれない。
だったら、水竜をドラゴンハウスに結びつけといて正解だったかも、なんて考えながら、その日は眠りについた。
翌日。起きたら、からりと晴れていた。
晴れてるだけじゃない。島に異変があった。
木のタルや船の残骸と思しき木の破片が島に流れ着いていたのだ。
「おお、タル! 人工物! 発展した文明があるの確定!」
小躍りして漂着したタルを取り上げる。
「2、3、4……5個か。それに船の竜骨の残がい。こりゃでかい船だぞ! 沈んじゃったみたいだけど!」
とりあえずタルを全部陸に上げ、中身を確認していく。
「おお、干し漬けの肉に、こっちは魚……こっちはワインっぽい?」
食べ物だ。テンションが上がる。
保存食だから味は期待できなくても、塩がある。つまりは料理が出来るのだ!
「ふんふーん。次はなにが出て来るかなー」
鼻歌を歌いながら、最後のタルを開ける。
開けて、絶句した。
「……ねこ?」
タルの中には褐色の子猫が入っていた。