その37 フィギュアさんのおおあばれ
最近の私は、魔法修業にいそしんでる。
火の魔法の制御のために、暇さえあれば、神殿跡地に飛んで行って、練習練習だ。
触媒がないと自分を燃やしてしまうことが多々あり、めんどくさくなって風竜の貫頭衣だけで飛んで行って、アルミラさんにめっちゃ怒られたこともある。
すみません。制御ミスって下着が焼けてたことに気づいてなかったんです。
というのはさておいて。
そんな魔法漬けの生活だけに、寝ても覚めても頭に思い浮かべてるのは魔法の事ばかりだ。
なので、目が覚めて、ふと、思いついたアイデアを実行した私を、誰が非難できるだろうか。
……ごめんなさい。
◆
その日、目が覚めて。私はふと思った。
――ひょっとして、魔法で人形って作れない?
銀髪幼女と火の魔法を練習してた時、炎の形を、イメージで自在に変えられた。
あれを応用すれば、出来るはずだ。できるに違いない! やってみる!
と、寝起きのテンションで、即座に実行した。
――水よ。
まず、魔法で水を産みだす。
水の塊は、私の意志に応じて宙に浮いてる。
そこに、イメージを映す。イメージするのは最強の自分……
「私に、なれ」
と、魔力を通して命じる。
そして、出来上がったものに、私は涙を浮かべながら、つぶやく。
「女神の、誕生だ……」
一分の一女神タツキさんウォーターフィギュアの誕生である。
美しい。
流れるような、輝く黄金の髪。
直球ドストライクで好みな、整った顔立ち。
輝くほどまぶしい白い肌。すらっとした体つき。もう最強だ。最強に可愛い。好きです。愛してます。
イメージが色つきだったからか、色まで再現されてる。
残念なことに、服も着てる。いつものふわふわの女神衣装だ。
私は、すう、と息を吸って、それから口を開く。
「プリンセス!」
瞬時に、衣装が変わった。
レース装飾や縁飾りも美しい、とってもロココな感じの白いドレス姿だ。
「やばい……似合いすぎてつらい……神か……」
語彙力を失って、ふらふらと近づく私に、タツキさんフィギュアはにこりと笑って。
……にこり?
と、驚いたところで、ふいにドアがノックされた。
「タツキさん、お食事をお持ちしましたわ」
アルミラさんだ。
「はーい、ちょっと待って――待って!?」
なんとタツキさんフィギュアが、扉までとてとてと歩いて行って、ドアを開けてしまった。
「タツキさん、おはようございま――え」
アルミラは、タツキさんフィギュアに微笑みかけて、絶句する。
まあ、あんな美の化身みたいな私を見たら、そうなるのも無理はない。
タツキさんフィギュアは、固まるアルミラににっこりと微笑みかけて……扉との間を、するりと通り抜けた。
「あ」
「え――タツキさんがお二人!?」
声を上げると、アルミラさんが私の姿を見て驚く。
「これはどうしたことですの!? わたくしはどっちのタツキさんに忠誠をお捧げすればいいんですの!? 両方? そんな、ダメですわ!? ふたりがかりだなんて破廉恥ですわ!?」
アルミラさんがトんだ。
目をぐるぐるにして、とんでもないことを口走ってる。
「アルミラ、落ち着いて」
「お、落ち着いてますわタツキさん、わたくしは冷静ですわ! ええ、これでもかってくらい冷静ですとも! ちょっとお風呂に入ってまいりますわね。体はきれいにしておかなくては、ですわ!」
「落ち着いてアルミラ、キミいまとんでもないこと口走ってる!」
「大丈夫ですわ! わたくしタツキさんになら食べられても平気ですわ! 痛くしないでくださいましね……」
「想像してたとんでもなさとちょっと違った!?」
と、トんでるアルミラさんを頑張って落ち着かせてると、部屋の外から悲鳴が上がった。
「ああ、あっちも問題だった!?」
とりあえずアルミラさんを置いて、部屋の外に出る。
誰もいない。いや、廊下の隅に、侍女の人がへたり込んでる。
「どうしたの? 大丈夫?」
駆けつけて尋ねると、侍女の人はか細い声で応えた。
「もう、ムリ。尊い……」
私の姿も目に入ってないみたい。
とりあえずほっといても問題なさそうなので、タツキさんフィギュアを追いかける。
屋敷のあちこちに、敗残者たちが倒れてる。最強の可愛さに特化したせいか、タツキさんフィギュアとんでもない!
しかも特に維持とかを意識しなくても消えないみたいで、すごく厄介だ。
「――っ!?」
また声にならない悲鳴が聞こえた。
だいぶ追いついてたみたいで、声はすぐそこだ。
ちょっとだけ開いてる扉越しにのぞき込むと、中には美の化身タツキさんフィギュア。そして、ユリシスの女勇者、ファビアさん。
「やめ、やめてーっ!? わたしは、私はそんな誘惑なんかには屈しないから!」
可愛いポーズをとるタツキさんフィギュアに、ファビアさんは押されまくりだ。
「――そこまでだ!」
ばん、と扉を開けて飛びこむと、ファビアさんは私とタツキさんフィギュアを交互に見て。
「はうっ……」
気を失った。
なんかいろいろごめんね!
「さあ、追い詰めたぞ、タツキさんフィギュアちゃん……」
わきわきと手を握るしぐさをすると、タツキさんフィギュアは怯えたように身をすくめる。やばい……
と、気を緩めた瞬間に、タツキさんフィギュアはぱたぱたと逃げ出そうとする。
「――と、逃がさないっ! 止まれ!」
気を取り直して、魔力を通して命じると、タツキさんフィギュアはピタッと止まった。
よし、いくら最強に可愛いとはいっても、魔法の産物だ。命令は効く。
「ちょっとかわいそうだけど……戻って」
決心が揺るがないうちに、命じる。
すると、タツキさんフィギュアは、元の水に戻った。
……ファビアさんのそばで。
「あ」
声を上げる。
水をかぶせられ、ファビアさんが「ううん……」とうなって目を覚ます。
そして、半身を起して、見た。
ずぶ濡れになっちゃった、自分の下半身を。
ファビアさんと目が合う。
すっごい気まずい。なんて謝ったものか、すこしだけ考えて。
「……ごめんね?」
てへ、と笑顔を向けると、ファビアさんは耳までまっかっかになって、涙をこらえてぷるぷる震えだす。
「もう殺して……」
「違うんです。これは、いや、その濡れてるのは、私の魔法で出した人形が水に戻ったからで……ほら! 見て! アルミラさんフィギュアだよ!?」
焦りながら、私はアルミラさんのフィギュアを魔法で造り出す。
茶褐色の髪の、とってもたゆんなアルミラさんの姿が突然現れて、ファビアさんは目が点になる。
「水で出来た人形で、戻ると水になるから、大丈夫! ファビアさんは今回は大丈夫だから!」
励ましてるけど、ファビアさんの顔は真っ赤なままだ。
そんなとき、開きっぱなしの扉から、王子様が顔を出した。
「――タツキ殿、失礼。姉貴をはじめ、屋敷の連中がおかしい。屋敷になにか異変が起こってるようですが……姉貴?」
「あ」
とことこ、と、アルミラさんフィギュアが王子様の脇をすり抜けていき……
逃走したアルミラさんフィギュアによって、惨事はさらに広がった。
もう、なんというか、本当にごめんなさい。




