その35 やっぱりユニコーンなんだろうか
つぎの日から、フカヒレの解体作業が始まった。
ヒレを切って皮を剥き、骨を取って洗い、天日で干す。
一連の作業は数日がかりになり、そのあいだファビアさんは怪物ザメ解体の姿を静かにじーっと見てた。
なぜ自分からトラウマを作ろうとするんだろう。
わりと真剣に疑問なんだけど、そういう性分なんだと思う。そっとしておくのが優しさか。
じーっと見てるといえば、銀髪幼女オールオールちゃんもそうで、こちらは鮫の牙にご執心の様子だ。
「欲しいの?」
尋ねると、オールオールちゃんは飴玉を貰った子供のように目を輝かせた。
「ああ、できれば欲しいもんだね。なにしろ守護神鮫アートマルグの歯だ。素晴らしい触媒になるだろうよ」
アートマルグの牙は50cmほど。
あたりまえだけどむちゃくちゃでかい。
削り出せば剣にも出来そうな……と考えて、思い出す。
牙の質感、ファビアさんが持ってた剣に似てる。
「ファビアさんが持ってた剣も、ひょっとしてアートマルグの歯だったのかな?」
あ、ファビアさんの目が曇っちゃった。
「ふむ、マクシムス家の勇者が持つ剣となれば、そうだろうね」
オールオールちゃんがこくりとうなずく。
「ユリウス王国の守護神鮫アートマルグは、素養のあるものに、積極的に血肉を与え、生み出した戦士に自らの歯を与えるというからね」
街中に隠れ住んでる魔女なのにくわしいなあ。
いや、ひょっとして街中に住んでるから、なのかもしれないけど。
「ここの守護神竜アトランティエと違って、ずいぶん積極的に、人間に血肉を与えてるんだね」
アトランティエは、10年から15年に一度、巫女に血を与えるだけなのに。
私の言葉に、オールオールちゃんはかわいくうなずく。
「ああ。守護神鮫アートマルグは、西部諸邦でも屈指の覇権主義だ。もっとも、その野心は水竜アルタージェや守護神竜アトランティエに阻まれてたけどね」
「なるほど……それで、水竜二人が居なくなった今がチャンスとばかり、拙速ぎみに突っ込んできたんだね」
「だろうよ。あの馬鹿鮫らしい浅はかさだよ」
と、銀髪幼女はつぶやく。
ん?
オールオールちゃん、あの化物ザメのこと、直に知ってる?
「でも、不思議ですわね。王様は止めようとしなかったんでしょうか?」
尋ねようと思ったけど、側で聞いてたアルミラが、先に疑問を挟んだ。
言われてみれば、そっちもかなり気になる。
「そういえば、そうだよね。ユリシス王国にも王様がいて、王様にも王様の都合があるんだろうけど……まずは下調べしようって思わなかったのかな?」
首を傾ける。
ファビアさんがなにか言いたげにしてるけど、言いだせないみたい。なんだろう。
「それは、無理だったろうね」
考えてると、先にオールオールちゃんが答えた。
「無理? なんで?」
「向こうでは有名な話だけどね。ユリシス王家と守護神鮫アートマルグには、ひとつの契約があるのさ」
「契約?」
「そう。ユリシスの戦に、アートマルグは手を貸す。かわりに、アートマルグの戦に、ユリシスも手を貸す。そんな契約さ」
ああ、なるほど。
そんな契約があるんじゃ王様は断れないか。
契約……ん、以前にも何か引っかかってたような……
「もっとも、西部諸邦が現在の形に落ち着いて、百年近い。すでにほとんど形骸化してただろうけどね」
考えてると、オールオールちゃんが補足してくれた。
大陸西部の歴史について、幼女の講義を受けてみたくはあったけど、とりあえず置いといて、気になってた事を思い出したので尋ねる。
「そういえば、オールオールさん。知っての通り、私は異世界の人だからわかんないんだけど……幻獣種にとって、契約とか約束って大切なものなの?」
オールオールちゃんに約束を求められたり、またファビアさんが降伏する時も、まず約束だった。
それで、なにかあるんじゃないかって気になってたのだ。
「うむ、そうだね。そのあたりも説明しようじゃないか」
銀髪幼女はうなずいて、言葉を続ける。
「幻獣ってのは、その身に魔力を宿す、他種と意志疎通できる獣のことをいうんだよ」
「他種と、意志疎通?」
首を傾ける。
「ああ、高度な知性を持つ、とか人語を解する、なんて言われもするけど、本質はそれさね。おそらくは魔力に対する高度な順応がそうさせるんだろうよ」
「魔力に順応すると、他の動物とか人間なんかと話せるようになるの? なんで?」
「ううん……簡単に言うと、魔力は思いを実現させる力だから、その機能の一環として、思いを相手に伝えることもできるってところかね? わかるかい?」
「なんとなく」
銀髪幼女の説明に、うなずく。
主観だとバリバリ日本語を話してるのに、こっちの世界でも通用してるのは、それが理由っぽい。
逆に相手の言葉がわかるのも、たぶん同じ理屈なんだろう。
だから唇の動きとかをよく見ると、きっと不安定な気持ちになる。怖いからやらないけど。
「で、契約の話だ」
と、オールオールちゃんは話を戻す。
「いま言った通り、幻獣は魔力に適応した獣であり、魔力は意志を伝える力だ。それゆえ、意志と一致しない行動をとることが難しい。嘘をつくのが苦手、あるいは嘘をつくと弱くなる、と言い換えてもいいね」
なんと。
私が嘘が下手なのは、魔力のせいだったのか。
どう考えても素だった……
それに、厳密に言うなら私は幻獣じゃないし。
「で、さらに言い換えると、こうなる。本音を伝えるのが得意。あるいは、言行を一致させると強くなる」
「なるほど、そこで契約が出て来るんだね?」
「ああ、その通り。契約によって性質を方向づけることで、幻獣は己が持つ権能を高めることができる。都市を守る契約を交わした幻獣は、都市を守ることにおいては、実力以上の力を発揮するのさ」
なるほど。
都市を守る、国を守るといえば、人間にばっかりメリットがあるように思えるけど、幻獣にもそんなメリットがあるんだ。
まあ、多少窮屈そうだけど、あの怪物ザメみたいな感じなら、メリットのほうが大きいのかも。
私なら「守ってあげるから、世界中の食べ物を持ってきて!」って契約なら、やってみてもかなって思う。エレインくん考えてみてくれないかな?
◆
「じゃあさ、アトランティエって、なんのために守護神獣になったの?」
「それは……」
尋ねると、オールオールちゃんはなぜだか言いにくそうな感じ。
「わたくしが説明いたしますわ!」
はいはい! とアルミラが元気よく手をあげる。
そういえば、アルミラって巫女様なんだから、専門分野だね。
「じゃあ、お願いできるかな?」
「おまかせですわ!」
両手をぎゅっと握って、こほんと咳払い。
居ずまいを正して、アルミラは口を開いた。
「昔々、今から300年以上前の話ですわ」
そう、前置きして。アルミラは語る。
「水竜アルタージェとアトランティエ、ふたりの幻獣は、西海の覇権を巡って、長い間、激しく争っておりました。そのため海は荒れ、海岸には絶えず大波が押し寄せて、沿岸には人が住めませんでした」
おお、意外なところでアルタージェの名前が。
「ある時、ふたりの水竜は死闘を演じ、おたがいに深い傷を負いました。アルタージェは深い海に逃れて、傷を癒します。一方アトランティエ様も大河クーを穿って池をつくり、そこに身を沈めて休んでおりました。そこに、ひとりの幼い少女が訪れましたの」
幼い少女、と言われて、なんとなくオールオールちゃんを見る。
まあ、どう考えても関係ないけど、言わんとすることがわかったのか、銀髪幼女は眉をひそめた。すみません。
「幼い少女は、水竜の血が存分に浸み渡った池の水を、それと知らずに飲み、それから沐浴までしてしまいました」
うん。
なんというか、突っ込むのも無粋だと思うけど、止めたりしなかったのか守護神竜。
というか、アトランティエのユニコーン疑惑のせいで、非常にアレな光景を想像してしまう。
仮想幼女はオールオールちゃんで……いけませんよアトランティエ先生!
「……タツキさん?」
「なんでもありません。続けて」
アルミラさんがけげんな表情を向けてきたけど、説明したら深刻に脳の病気を疑われそうなので、話を続けてもらう。
「では――水竜の血に身を浸した少女は、竜の魔力に耐えました。それを見たアトランティエは、彼女に取引をもちかけます」
「取引?」
「はい。傷が癒えるまで、自分の世話をしてくれ。かわりにおまえの望みをかなえよう、と。少女は、ならば大波を立てるのを止めて、この地に来る人を守ってください、と頼みました……それが水の都の成りたちですわ」
アルミラはそう言って締めくくった。
なるほど。
それが、つい先日まで続いてた守護神竜アトランティエと巫女の関係なのか。
……ん?
「あれ? 王様は出てこないの? 幼い少女って、たぶん初代の巫女なんだよね?」
「はい。いまのが、水の都の成りたち、水竜アトランティエ様が守護神獣となられた経緯ですわ。王様が出て来るのは、もう少し後のことですの。そのあたりも、説明いたしましょうか?」
アルミラが首を傾ける。
まあ、いま聞く必要もないんだろうけど、気になるのでお願いする。
アルミラさんはにこりと笑って言葉を続ける。
「アトランティエ様と少女の契約から10年が経ちました。池の周りにはどんどん人が集まり、村が出来、街になりました。巫女様も、それは美しい女性に成長されました」
少女の脳内イメージが、アルミラさんに変更される。
一気にたゆんってなったので、どきどきです。
「その頃にはアトランティエ様の傷も癒えていましたので、巫女様はお役御免を望まれました。アトランティエ様は、巫女様にずっと仕え続けて欲しかったのですが、巫女様の意志は固いものでした。そこで、お二人は話し合われ、次代の巫女を立てることが決まりました。その時、アトランティエ様の出した条件は、巫女となる者は年若い処女でなくてはならぬ。でしたの」
なんというか、当てつけがましく聞こえるのは気のせいか。
というか、竜と人間の話だってことを考えなければ、ちょっと恋愛感情のもつれっぽくもある。完全一方通行的な。
「巫女の地位を譲った初代様は結婚し、子を産みます。竜の魔力を身に宿し、初代様の契約を引き継いたこの方こそが、アトランティエの初代国王なのです。その血は現在に至るまで、脈々と受け継がれておりますの……ギリギリですけれど」
物語を終えて、アルミラはぺこりと頭を下げた。
……うん。まあ、納得はできるんだけど。
なんというか、物語の端々から初代巫女様への未練が見えるというか、なんというか。
「わたくしが、アトランティエ様から伺ったお話ですわ」
「本人談だったの!?」
思わず突っ込んだ。
隣で聞いてたオールオールちゃんも、聞き耳を立ててたファビアさんも、むちゃくちゃ微妙な表情だった。
クレイジーコックのロザンさんは、黙々と作業してます。