その34 フカヒレ料理をたべてみたい
さて、とりあえず危機は去った。
その日はオールオールちゃんも泊まっていって、翌日。
私には時間があった。
王子様はうれしそうに自分で自分の仕事を増やしてたけど、基本私が同席しなくていい類のことだ。
ユリシスの勇者ファビアさんに関しては、しばらくは屋敷預かりってことになってる。死んだ目で大人しくしてるので、こっちも私の手は要らない。
――なら、やることはひとつ。
私はネックレスを握りしめる。
こいつをあそこに持って行って……なんて考えてると。
「嬢ちゃんーっ! ユリシスの守護神鮫を手に入れたってのは本当かっ!?」
私が行動を起こす前に、クレイジー料理人ロザンさんが屋敷に攻め込んできた。
◆
押しかけて来たのはいいけど、常識的に考えてこんなクレイジーコックがアポ無しで王子様の住む屋敷に入れるわけがない。
声を聞きつけた私がすっとんで行くと、門のところで盛大にな押し問答が始まってたので、あわてて声をかける。
「ロザンさん!」
それで察してくれたのか、門番の人たちは黙って引いてくれた。ごめんね。
ロザンさんは門番なんて眼中にないって風に、私に心からの笑顔を向け、言った。
「よう、嬢ちゃん……いや、女神様か? 話は聞いた! 料理しに来たぜ!」
「めちゃくちゃですわ……」
いっしょについてきたアルミラが、かたわらで深く息をついた。
ともあれ、予想外だけど、渡りに船だ。
ロザンさんに料理してもらうことになった。
というのは、いいんだけれど、例のサメは、とにかくデカイ。
50メートル近くあるブツを屋敷で出すわけにはいかないので、王子様に断って、神殿跡地を使うことにした。
同行メンバーは、私とアルミラ、ロザンさん。
それに加えて、オールオールと、なぜかファビアちゃんもだ。
銀髪幼女は、鮫の素材に興味があるみたいで、騒ぎを聞きつけてやってきた。
ファビアちゃんは、話を聞くと、青い顔して「立ち会わせてくれ」って頭を下げてきた。
たぶん、ユリシスの勇者として守護神鮫の最後を看取らなきゃ、みたいな使命感からだと思う。
みんなで小船に乗って水路をさかのぼり、神竜様の池に船をつける。
神竜アトランティエの生み出した洪水で洗い流された神殿跡地は、きれいにサラ地だ。
王宮も神殿も、住む人が居なくなっちゃったので、再建を後回しにされてるのが、なにやら物悲しい。
ともあれ、私はネックレスに念じて怪物ザメを取り出す。
サメの開きがふたつ、神殿跡に並んだ。
「こりゃあでけえな……!」
ロザンさんは、さっそく怪物ザメにとりついて、検分を始める。
「ロザンさん、どんな料理が出来そう? フカヒレとかできる?」
「フカヒレ……ふむ。作るにゃ、ヒレを干さなきゃなんねえが……これだけデケえヒレだ。それなりに時間がかかるだろう。今日のところは、身を料理してみるか」
ロザンさんは、口の端をつり上げて笑う。
「大丈夫? サメってアンモニア臭がするって言うけど、臭くない?」
「アンモニア?」
「おしっことかの……あ」
失言に気づいて振り返る。
みんなの視線を受けて、ファビアさんは、顔を真っ赤にしてぷるぷると恥ずかしがってる。
「いっそ殺して……」
自殺出来ないので懇願してくるけど、いやです。
と、ファビアさんと話してる間も、ロザンさんはサメに夢中だ。
つ、とサメの身に指を這わせ、匂いを嗅ぐ。
続いて、包丁を取り出すと、その先端部で肉をほんの少しこそいで、ぺろりと舐め――ちょっと!?
「ゲホォッ!?」
「ロザンさんっ!?」
ロザンさんがいきなり血を吐いた。
当たり前だ。普通の人間にとって、幻獣の身肉は毒なのだ。
「体に悪いってわかってるのに、なんでいちいち味見するの!?」
「馬鹿野郎! 味がわからなけりゃあ料理できねえだろうが!」
この人の優先順位は本気でおかしい。
ってのはともかくとして……ロザンさん、なんか歯がサメっぽく尖ってない?
「……オールオールさん、アレ大丈夫?」
「あきれたことにね」
こそりと耳打ちして尋ねると、銀髪幼女は答える。
「魔獣なんかを味見しすぎたんだろうね。耐性が出来てる。でも人間じゃ幻獣の魔力には勝てないから、どうしたって変性が起こる。まあ耐性があるから、死ぬことはないだろうよ」
一応、無事なようでなによりです。
そうしている間に、ロザンさんはサメ肉を淡々とサクに切り分けていく。
それから、狂的な笑みを浮かべて、マッド料理人は私たちのほうを振りかえった。
「とりあえず、厨房に戻るぜ。待ってな、最高の料理に仕上げてやる」
私はもろ手を挙げて承知した。
人格はともかく、ロザンさんの料理の腕は全面的に信頼してます。
◆
みんなでロザンさんの料理屋に行き、個室に陣取って待つことしばし。
私以外の三人に、料理が運ばれてきた。
私の分はない。
私の分はない。
なんで?
「私のは?」
「申し訳ありません。お嬢様の料理は特別ですので、もう少しお時間がかかります」
ウェイトレスさんに尋ねると、そんな答えが返ってきた。
別に、待ってる間に普通の料理を食べててもいいんですけど……
指をくわえる私を尻目に、三人は「お先に」と、料理を食べ始める。
「これは……美味しい……」
肉料理を口にして、驚きの表情を浮かべるファビアさん。死んでた目がちょっとだけ復活した。
「うむ……うむ……」
スープを口に運びながら、にっこにこのオールオールちゃん。
「幸せですわあ……」
ケーキに夢中なアルミラ。
なんで私は一人で指をくわえて見てるんだろう。
地獄か。
◆
私用の料理が出来上がったのは、みんなが食後のデザートを食べ終わってからだった。ぐるぐる。
「待たせたな……出来たぜ。食ってくれ」
口の端をつり上げるロザンさんの後ろから、給仕が皿を運んでくる。
皿には、青みを帯びた白いサメの肉が、刺身っぽく盛られてる。
「まずは一品目だ。膾にして酢に浸けてみた」
「へえ……」
フォークで口に運び、ひと口。
私はそのままの姿勢で、凍りついた。
食感は、すこし粘りがあるけど、不快な感触じゃない。
味は、淡白極まりない。
でも下味をつけた酢の風味が、奥底に潜んでいる、クセのある旨味を引き立たせてる。
水竜の肉みたいに、爆発的な味の奔流はない。
でも、ひどく後を引く。ひと口、もう一口と食べたくなる。いつまでも食べ続けたくなる、どれだけ食べても気にならない。そんな中毒性のある味。
「この手の魚は、時間がたてば臭くて食えたもんじゃなくなるんだがな……さすが幻獣と言うべきか。身に臭みはねえから、そのままでも美味い」
これをそのままというには、仕事しすぎてる気もするけど、美味しい。
ぱくぱくと、あっというまに膾を平らげて、視線でおかわりを乞う。
すると、ちょうどいい具合に、二品目が運ばれてきた。
こんどは、さっきより白っぽくなったサメ肉に、だいだい色のソースがかかってる。
「湯にくぐらせてスライスしてみた。ソースは柑橘。強めに胡椒を効かせた。食ってみな」
言われるままに、サメ肉の切り身を口に入れる。
「――っ!?」
美味しさが、体を突き抜けた。
熱を加えたせいか、粘りが消えてる。
そして、生で食べるより、独特の旨味が増してる。
柑橘のソースは、淡白な白身肉との相性抜群で、胡椒が味を引き締めてる。一品目より、味が収斂した感じだ。
「美味しい……」
陶然とつぶやく。
あっという間に二品目を食べ尽くすと、間をおかずに三品目が現れた。
「ラスト、三品目だ。フライにしてみた。特製ソースをつけて食べてみな」
見た瞬間、心をわしづかみにされるような白身魚のフライ様だ。
我慢できずにフォークをぶっ刺し、ウスターっぽい見た目のソースをかけ回して食べる。
「――っ!!」
喜びが、声にならない。
爆発的な美味しさだった。
サクッとした食感。熱のうまみ。ソースのうまみ。それが、口のなかでほろりと解け混じり、味の暴力と化して脳天に突き抜ける。
「はむっ、はむはむ……ふふぁい……」
夢中で全部食べ尽くしてしまう。
気がつけば、椅子にもたれかかりながら、呆けたように息をついていた。
「ご馳走様でした……」
「なんの、これでまたワシの腕は究極に近づいた。礼を言うのはこっちだ」
心よりの感謝を込めて頭を下げる私に、ロザンさんは「がはは」と笑って応える。
ファビアさんは静かに黙祷っぽく目を閉じてるけど、こればっかりは自重出来ないのでごめんなさい。
「今日のところはこれまでだ」
だが、と、ロザンさんは言う。
「二月……いや、一月だ。一月待ちな。こいつを使ったフカヒレ料理、食わせてやるからよ」
「待ちます! 待ってます! ぜひ食べさせてください!」
私は神ロザンの手を取って、ぶんぶんと上下させた。




