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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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その34 フカヒレ料理をたべてみたい



 さて、とりあえず危機は去った。

 その日はオールオールちゃんも泊まっていって、翌日。


 私には時間があった。

 王子様はうれしそうに自分で自分の仕事を増やしてたけど、基本私が同席しなくていい類のことだ。

 ユリシスの勇者ファビアさんに関しては、しばらくは屋敷預かりってことになってる。死んだ目で大人しくしてるので、こっちも私の手は要らない。



 ――なら、やることはひとつ。



 私はネックレスを握りしめる。

 こいつをあそこに持って行って……なんて考えてると。



「嬢ちゃんーっ! ユリシスの守護神鮫しゅごしんこうを手に入れたってのは本当かっ!?」



 私が行動を起こす前に、クレイジー料理人ロザンさんが屋敷に攻め込んできた。







 押しかけて来たのはいいけど、常識的に考えてこんなクレイジーコックがアポ無しで王子様の住む屋敷に入れるわけがない。

 声を聞きつけた私がすっとんで行くと、門のところで盛大にな押し問答が始まってたので、あわてて声をかける。



「ロザンさん!」



 それで察してくれたのか、門番の人たちは黙って引いてくれた。ごめんね。


 ロザンさんは門番なんて眼中にないって風に、私に心からの笑顔を向け、言った。



「よう、嬢ちゃん……いや、女神様か? 話は聞いた! 料理しに来たぜ!」


「めちゃくちゃですわ……」



 いっしょについてきたアルミラが、かたわらで深く息をついた。


 ともあれ、予想外だけど、渡りに船だ。

 ロザンさんに料理してもらうことになった。

 というのは、いいんだけれど、例のサメは、とにかくデカイ。

 50メートル近くあるブツを屋敷で出すわけにはいかないので、王子様に断って、神殿跡地を使うことにした。


 同行メンバーは、私とアルミラ、ロザンさん。

 それに加えて、オールオールと、なぜかファビアちゃんもだ。


 銀髪幼女は、鮫の素材に興味があるみたいで、騒ぎを聞きつけてやってきた。

 ファビアちゃんは、話を聞くと、青い顔して「立ち会わせてくれ」って頭を下げてきた。

 たぶん、ユリシスの勇者として守護神鮫の最後を看取らなきゃ、みたいな使命感からだと思う。


 みんなで小船に乗って水路をさかのぼり、神竜様の池に船をつける。

 神竜アトランティエの生み出した洪水で洗い流された神殿跡地は、きれいにサラ地だ。

 王宮も神殿も、住む人が居なくなっちゃったので、再建を後回しにされてるのが、なにやら物悲しい。


 ともあれ、私はネックレスに念じて怪物ザメを取り出す。

 サメの開きがふたつ、神殿跡に並んだ。



「こりゃあでけえな……!」



 ロザンさんは、さっそく怪物ザメにとりついて、検分を始める。



「ロザンさん、どんな料理が出来そう? フカヒレとかできる?」


「フカヒレ……ふむ。作るにゃ、ヒレを干さなきゃなんねえが……これだけデケえヒレだ。それなりに時間がかかるだろう。今日のところは、身を料理してみるか」



 ロザンさんは、口の端をつり上げて笑う。



「大丈夫? サメってアンモニア臭がするって言うけど、臭くない?」


「アンモニア?」


「おしっことかの……あ」



 失言に気づいて振り返る。

 みんなの視線を受けて、ファビアさんは、顔を真っ赤にしてぷるぷると恥ずかしがってる。



「いっそ殺して……」



 自殺出来ないので懇願してくるけど、いやです。

 と、ファビアさんと話してる間も、ロザンさんはサメに夢中だ。


 つ、とサメの身に指を這わせ、匂いを嗅ぐ。

 続いて、包丁を取り出すと、その先端部で肉をほんの少しこそいで、ぺろりと舐め――ちょっと!?



「ゲホォッ!?」


「ロザンさんっ!?」



 ロザンさんがいきなり血を吐いた。

 当たり前だ。普通の人間にとって、幻獣の身肉は毒なのだ。



「体に悪いってわかってるのに、なんでいちいち味見するの!?」


「馬鹿野郎! 味がわからなけりゃあ料理できねえだろうが!」



 この人の優先順位は本気でおかしい。

 ってのはともかくとして……ロザンさん、なんか歯がサメっぽく尖ってない?



「……オールオールさん、アレ大丈夫?」


「あきれたことにね」



 こそりと耳打ちして尋ねると、銀髪幼女は答える。



「魔獣なんかを味見しすぎたんだろうね。耐性が出来てる。でも人間じゃ幻獣の魔力には勝てないから、どうしたって変性が起こる。まあ耐性があるから、死ぬことはないだろうよ」



 一応、無事なようでなによりです。


 そうしている間に、ロザンさんはサメ肉を淡々とサクに切り分けていく。

 それから、狂的な笑みを浮かべて、マッド料理人は私たちのほうを振りかえった。



「とりあえず、厨房に戻るぜ。待ってな、最高の料理に仕上げてやる」



 私はもろ手を挙げて承知した。

 人格はともかく、ロザンさんの料理の腕は全面的に信頼してます。







 みんなでロザンさんの料理屋に行き、個室に陣取って待つことしばし。

 私以外の三人に、料理が運ばれてきた。


 私の分はない。

 私の分はない。

 なんで?



「私のは?」


「申し訳ありません。お嬢様の料理は特別ですので、もう少しお時間がかかります」



 ウェイトレスさんに尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 別に、待ってる間に普通の料理を食べててもいいんですけど……


 指をくわえる私を尻目に、三人は「お先に」と、料理を食べ始める。



「これは……美味しい……」



 肉料理を口にして、驚きの表情を浮かべるファビアさん。死んでた目がちょっとだけ復活した。



「うむ……うむ……」



 スープを口に運びながら、にっこにこのオールオールちゃん。



「幸せですわあ……」



 ケーキに夢中なアルミラ。


 なんで私は一人で指をくわえて見てるんだろう。

 地獄か。







 私用の料理が出来上がったのは、みんなが食後のデザートを食べ終わってからだった。ぐるぐる。



「待たせたな……出来たぜ。食ってくれ」



 口の端をつり上げるロザンさんの後ろから、給仕が皿を運んでくる。

 皿には、青みを帯びた白いサメの肉が、刺身っぽく盛られてる。



「まずは一品目だ。なますにして酢に浸けてみた」


「へえ……」



 フォークで口に運び、ひと口。

 私はそのままの姿勢で、凍りついた。


 食感は、すこし粘りがあるけど、不快な感触じゃない。


 味は、淡白極まりない。

 でも下味をつけた酢の風味が、奥底に潜んでいる、クセのある旨味を引き立たせてる。


 水竜の肉みたいに、爆発的な味の奔流はない。

 でも、ひどく後を引く。ひと口、もう一口と食べたくなる。いつまでも食べ続けたくなる、どれだけ食べても気にならない。そんな中毒性のある味。



「この手の魚は、時間がたてば臭くて食えたもんじゃなくなるんだがな……さすが幻獣と言うべきか。身に臭みはねえから、そのままでも美味い」



 これをそのままというには、仕事しすぎてる気もするけど、美味しい。

 ぱくぱくと、あっというまに膾を平らげて、視線でおかわりを乞う。


 すると、ちょうどいい具合に、二品目が運ばれてきた。

 こんどは、さっきより白っぽくなったサメ肉に、だいだい色のソースがかかってる。



「湯にくぐらせてスライスしてみた。ソースは柑橘。強めに胡椒を効かせた。食ってみな」



 言われるままに、サメ肉の切り身を口に入れる。



「――っ!?」



 美味しさが、体を突き抜けた。


 熱を加えたせいか、粘りが消えてる。

 そして、生で食べるより、独特の旨味が増してる。

 柑橘のソースは、淡白な白身肉との相性抜群で、胡椒が味を引き締めてる。一品目より、味が収斂した感じだ。



「美味しい……」



 陶然とつぶやく。

 あっという間に二品目を食べ尽くすと、間をおかずに三品目が現れた。



「ラスト、三品目だ。フライにしてみた。特製ソースをつけて食べてみな」



 見た瞬間、心をわしづかみにされるような白身魚のフライ様だ。

 我慢できずにフォークをぶっ刺し、ウスターっぽい見た目のソースをかけ回して食べる。



「――っ!!」



 喜びが、声にならない。


 爆発的な美味しさだった。

 サクッとした食感。熱のうまみ。ソースのうまみ。それが、口のなかでほろりと解け混じり、味の暴力と化して脳天に突き抜ける。



「はむっ、はむはむ……ふふぁい……」



 夢中で全部食べ尽くしてしまう。

 気がつけば、椅子にもたれかかりながら、呆けたように息をついていた。



「ご馳走様でした……」


「なんの、これでまたワシの腕は究極に近づいた。礼を言うのはこっちだ」



 心よりの感謝を込めて頭を下げる私に、ロザンさんは「がはは」と笑って応える。

 ファビアさんは静かに黙祷っぽく目を閉じてるけど、こればっかりは自重出来ないのでごめんなさい。



「今日のところはこれまでだ」



 だが、と、ロザンさんは言う。



「二月……いや、一月だ。一月待ちな。こいつを使ったフカヒレ料理、食わせてやるからよ」


「待ちます! 待ってます! ぜひ食べさせてください!」



 私はゴッドロザンの手を取って、ぶんぶんと上下させた。




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