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その30 フカヒレさんがやってきた



 全長50メートルはあろうかという巨体。

 その威容を示すがごとく、怪物ザメは船の前にその体を浮かび上がらせた。



「……守護神鮫しゅごしんこう、アートマルグ様……」



 ファビアがつぶやく。

 守護神鮫、ってことは、目の前の怪物ザメは、水の都の守護神竜アトランティエ同様、ユリシスを守護する幻獣だろう。



「他国を守護する幻獣が、なんでこんなところに?」



 ファビアに尋ねる。

 その問いに、答えるように。



「我こそはアートマルグ……西海の北に棲まう群鮫の王である」



 船を震わす大声で、アートマルグは名乗った。



「この西海の、深き海の主アルタージェ、浅き海の主アトランティエ、双方が死んだ。ならばこのわし、アートマルグが、西海の覇者とならん!」



 ああ、なるほど。

 この遠征、人間主導ってより、どっちかというと幻獣主導だったんだ。納得だ。


 でも、ちょっと気になることがある。

 それは。



 ――サメっておいしかったっけ?



 ってことだ。


 この幻獣は倒す。

 王子様とそんな話はしてたし、なにより水の都に留まってる目的の大部分は、こういう野心家な幻獣をぶっ倒して食べることだ。


 だけど、美味しくなかったら、やる気は半減だ。

 まあ、どっちにしろほっとけないので、仕方ない。

 ロザンさんならどんな食材でも美味しく調理してくれるって信じよう。



「邪魔者よ、小さき混じり者よ――く死ねい!」



 怪物ザメが吠えて、水中に潜り、背びれが――マズイっ!?


 とっさにファビアを蹴っ飛ばし、空に舞い上がる。


 次の瞬間、背びれの一撃が巨大船に突き刺さった。

 轟音。破滅的な音とともに、私が立ってた巨大船の舳先が消え失せた。



「うわ、ふつう味方を巻き込むか!?」


「……味方?」



 私の声を聞きつけたのか、怪物ザメがせせら笑う。



「しょせん小さき者どもはわしの駒よ。少々面倒だが、代わりなどまた作ればよい」



 あ、こいつむかつく。嫌なヤツだ。

 というか、あの神竜様、契約とか重んじる分だけ、まだアタリの部類だったのかも。



「……ぶっ倒す」



 言葉を吐いて、魔力に意識を向ける。

 巨大ザメと戦うのに、水中はなんかイヤだ。

 完全に敵のテリトリーだし、なにより怖い。

 水中での破壊の咆哮ブラストハウリングとか、水中の音速は大気中の数倍理論で威力アップとかしそうだけど、わりと真剣に凄絶な自爆かましちゃいそうだし。


 だったら……考える。

 うん。なんとなく、やれそうな手を思いついた。

 けど、船を巻き込んじゃったら嫌だし、まずは沖へ誘おう。



「こっちだヘボザメ!」



 怪物ザメの鼻先をかすめ、水面すれすれを飛びながら、挑発する。

 怒ってか、それとも純粋に私を倒すためか、怪物ザメは私を追ってくる。


 速い。

 私が飛ぶのとそんなに変わらない速度だ。



「ええいっ! “あーっ”!」



「あ」の声とともに、破壊の咆哮ブラストハウリングを放つ。

 神竜アトランティエを倒した一撃は、しかし水中に逃れたアートマルグに痛撃を与えたようには見えない。



「無駄だ……来よ、我が眷属どもよ!」



 ふたたび水面に顔を出したアートマルグが、唱える。

 それに応じるように、突如水面が沸騰した。



 ――違う!



 沸騰じゃない。

 それに等しい勢いで海面をかき乱してるのは、アートマルグの召喚に応じて現れた、無数の鮫だった。



「召喚呪文!?」



 海面から矢のように跳び来る無数の鮫を避けながら、叫ぶ。むっちゃ怖い! むっちゃ怖い!



「我が軍勢に根こそぎ食い抉られて死ぬがよい!」



 アートマルグの声に応じるように、群鮫の攻撃が一層激しくなる。

 まるで鮫の弾幕か集中豪雨だ。たまらず距離をとる。



「逃がさぬ」



 アートマルグが追いかけて来る。

 そろそろいいかな? そろそろいいよね? 船からの距離は十分……たぶん十分? 稼げたし。



「もう我慢できない! やるよっ!」



 悲鳴のように叫ぶ。

 ぶっつけだけど、手加減しなくていいなら、たぶんイケると信じてる。



 ――渦、を、イメージ。魔力を通して、海に命じる。



「太洋よ――渦巻け!!」



 吠える。

 その声に応じて、海が、激しく渦巻きだす。



「大気よ――逆巻け!!」



 また吠える。

 応じるように、渦潮の中心から、天に届くほどの大竜巻が生じた。


 まず海水が、続いて鮫の群れが、大竜巻に巻き上げられて宙に舞う。

 そして。



「グウウウオオオオオッ!?」



 海原を震わす声とともに、守護神鮫アートマルグの巨体が、浮き上がった。



「――貴様!?」


「やあ、見えるところに来てくれたね!」



 驚愕の声をあげる怪物ザメに、笑顔を向け。


 意識を、集中する。

 水を、細く収束させるように。

 吠え声を、細く、細く、前方の敵群に向けて――振り下ろす。



「収束する破壊の咆哮――衝破砲ブラストハウル!」



 衝撃波が、竜巻を吹き散らした。

 群鮫は、跡形もなくかき消されていく。

 そして怪物ザメが、魂消るような悲鳴を上げた。



「やったか!?」



 怪物ザメが、ぼろぼろになって海に落ちていく。

 轟音とともに、水しぶきが、上空まで上がってくる。

 そのまま、おだやかになった海面を、しばらくながめて……ほう、と息をつく。



「どうやら、大丈夫――!?」



 言いかけて、気づく。

 怪物ザメが落下した海域から、すこし離れた海面に、唐突に背びれが生えた。

 怪物ザメだ。背びれはこちらに向かわず、むしろ逃げるように逆方向に向かう。


 その先に、視線を移す。

 怪物ザメが向かう先は、陸――いや、水の都!?



「マズい!」



 あわてて怪物ザメに追いすがる。



「……わしは、わしはこの海を手に入れるのだ!」



 アートマルグは、吠えながら水の都に向かって猛進する。

 その速度は、さきほどの一撃が効いてるのか、すこし落ちてる。

 だけど、敵の目的に気づくのが遅かった。このままじゃ、アートマルグが水の都に入り込むのを、ギリギリ阻止できない。



「くっ、飛行の制御はまだ難しい! これ以上出力あげたら方向も分からずぶっ飛んでいっちゃう――なら!」



 守護神獣アートマルグの行く先、水の都との間には、ちょうど使えそうなものがある。

 霧。私が練習のため、魔力で生み出したそれは、まだ晴れずに海域を覆っている。



「霧よ!」



 魔力を通して訴える。

 怪物サメの側面一帯に存在する霧が、見る間に収束していき――放たれた。


 霧が爆発する。

 衝撃が、怪物ザメの横腹に襲いかかる。



 ――霧の吐息ミストブレス



 都市を崩壊させる魔法の一撃は、怪物ザメに致命傷を与えるには至らない。

 だけど、動きを止めるには十分だ。


 アートマルグを追い越して、港に立つ。

 魔法として消費したせいか、霧はすっかり晴れてる。



「なっ!? 小娘!?」



 野生のアニキが居た気がするけど、いまは気にしてる余裕なんてない。


 海を見やる。

 ふたたび、海面に怪物ザメの巨体が浮かびあがる。



「この、海をぉ……我が手にぃ……」



 もはや妄執のように叫びながら、アートマルグは港に迫る。

 気づいた荷役夫たちが、悲鳴をあげて逃げ散っていく。


 静かに。ネックレスから、風竜の爪を取り出す。

 風の魔力を持つ、翼竜。その爪に、自分の魔力を伝える。あの勇者――ファビアがやっていたように。



「風の力よ……」



 そして、唱える。

 込めた魔力を、風の刃に変えて、放つイメージ。



「――大気の刃……空破断エアリアルリッパー!」



 同時に、爪を大上段から振り下ろす。

 大気の刃が、波しぶきを立てて怪物ザメに襲いかかる。

 そして……守護神鮫アートマルグは、二つ開きになって海上に浮かんだ。



「……ふう」



 息をつく。

 同時に、地面にへたり込んでしまう。

 大規模な魔法を連発したせいで、疲れがすごい。

 でも、それ以上の満足感がある。なにせ魔法を制御して、あの怪物ザメを破ったのだ。



「やったぞーっ!」



 大の字に寝転んで、バンザイをする。


 海にアルミラを置いてきたのを思い出したのは、それからしばらく経ってからのことだった。





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― 新着の感想 ―
やったか!?なんてピンチ演出のためのご都合的油断を本当に展開する話に初めて出会えた。 当時でもミーム化してから数年後の作話だと思うけど感動ものだ。
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