その3 絶海の孤島っぽい
「やばい……」
呆然とつぶやく。
馬鹿げた身体能力に、水中活動能力。
どう考えても人間辞めちゃってる感じだ。
思わず、体を見る。
見るからに華奢な少女の体だ。
シミひとつない真っ白な肌の、黄金色の髪の美少女。
「……なんか根本的におかしすぎて、どうでもよくなってきた」
深く考えるのをやめて、切り替える。
こんな状況だ。サバイバル余裕な体になって、むしろラッキーだと思おう。
「とにかく、いまは生き延びるのが先決だ……となると解決すべきは衣食住の問題か。現状、足りないのは衣、食、住……全部か!?」
セルフでツッコむ。
衣の問題……素っ裸だ。
食の問題……水も食料も備蓄皆無。
住の問題……家がない。
衣食住すべてが足りない状態で、手材料はドラゴンの骨と皮だけ。泣きたい。
「――あ、住むとこはイケるかも?」
思いついて、ぽむ、と手を打つ。
視線の先は、骨と皮だけになったドラゴン。
その巨体は、軽く身をよじり、伏せた状態で倒れている。
「あれがテントがわりになれば……」
ためしに喉の傷口から、中に入ってみる。
入ると、中はかなり広い。
細長い水竜は、ちょっと天井が低そうなので、こっちの方が住むにはよさげ。
あたり前だけど中は真っ暗だし、快適に住むには、いろいろと改造しなきゃいけないけど。
「まあ贅沢言っても仕方ないし、住の問題は、とりあえず解決ってことでいいかな」
ドラゴンの中で寝っころがってみる。
それなりに固いけど、岩の上よりはマシな気がする。
「じゃあ次は食の問題だ。まわりは海だし、遠くには魚も居るから、獲ろうと思えば獲れる……道具さえあればだけど」
さすがに素手で魚を獲るのは骨が折れそうだ。
文明人らしく道具を使うべきだけど、現状、素材として使えそうなのは竜しかない。
「うーん……竜の骨とか牙を使って、銛は作れるかな。釣り針……は、糸がないから無理か。まあ、水中で自由に動けるんだから、銛さえあれば魚も獲れる――はず?」
よっ、と、寝がえりをうって、半身を起こす。
「――となると、あとは水の確保だ」
水分を取らないと、人間は三日と生きられない……って聞いたことがある。
人外めいた超人になってるから、もっと耐えられるかもしれないけど、水の問題を解決できないと、どの道詰む。
「えーと……たしかビニールと容器と海水を使って、蒸留水が作れたはずだけど……材料がない」
竜の皮はどうだろう、と思いついた。
水竜の皮は、かなり分厚いけど表皮は滑らかだ。試してみてもよさそうな気がする。
ドラゴンの方は、水竜に輪をかけて分厚い皮で、そのままで鎧とか盾になりそうな感じだ。
「鎧かあ……竜の鱗で作った鎧――竜鱗鎧とかかっこいいよなあ」
竜麟鎧を纏った姿を想像する。
全裸鎧とかいうマニアックな姿だった。どう考えてもさきに服が要る。
「……まあ、岩の上に寝っころがっても全然痛くないし、他人の目がないから、後回しでもいいかなって気がするけど」
すらりとした胸を見ながら、つぶやく。
なんとなく、胸と股間を手で隠してみる。
ヴィーナスの誕生だ。
馬鹿か私は。
「いや、でも……せめて腰と胸くらい隠しときたいよなあ」
人間として、文明人として……あと正直目の毒なので。
自分のだといっても、ちらちら目に入って心臓に悪いです。
◆
「さて、この島で生き延びるためにも、水竜の皮を切ることから始めなきゃならないんだけど……」
となると、まずは刃物から作らなきゃいけない。
そのための材料は、やっぱりドラゴンに頼るしかない。
「牙……は、貫くことはできても、切ったり裂いたりには向いてなさそうだし……爪、かなあ」
実際、ドラゴンは水竜の胸を、鉤爪で切り裂いてた。
切る、まではいかなくても、裂く、くらいは出来るはずだ。
ごそごそと、ドラゴンの中から這い出す。
喉元の破れ目から顔を出すと、ドラゴンの顔とご対面になっちゃうので、ちょっとドキッとする。
さておき、前足の爪を確認。
50cmほどの爪は、分厚く、それでいて鋭い。
「おお、普通に刃物っぽい。刃物っていうか大鉈だけど……よいしょ」
左の前足を動かす。
その爪を、右前足の鉤爪の付け根に乗せて、思いきりへし切る。
切り離した鉤爪を持って、今度は水竜の亡骸のところに移動。
試しに切り取るため、水竜の皮の、破れた部分に手をかけて――違和感。
「寒い……?」
骨と皮だけになった水竜の内部が、ひやりと冷たい。
のぞき込むと、内側に、びっしりと水滴が張りついている。結露だ。
「水だ!」
思わず歓声をあげた。
「冷たいのは、水竜の皮だから、かな? これ、水滴を集めたら、飲み水分くらいにはなりそう!」
小躍りしながら、さっそく試してみる。
水竜の亡骸をまっすぐに伸ばして、尻尾側から持ち上げいって水を集めると、両手で掬えるほどの水が溜まった。
飲んでみたけど、問題ない。
甘みすら感じる真水だ。飲み水として申し分ない。水の問題は解決だ。
かわりに全裸の問題が解決出来なくなったけど。寒いし濡れる水竜の皮を、服には出来ないし。
「あとはちゃんと魚が獲れれば、この島で生きていけそうだけど……そもそもここ、どこなんだろ」
すごく根本的な問題だ。
地球の知られざる秘境か、はたまたストレートに異世界か。
どっちにしろ、こんな場所でずっと一人で生きていくとか、正直無理だ。
「見渡す限り島は無し! 鳥も飛んでないから、たぶん近場にも島とか陸は無い! ザ・絶海の孤島っ!!」
叫んでみたけど、波の音がむなしく響くだけだった。さみしい。
くそう。いつか絶対ここから脱出してやるからな。
でもまあ、まずは生きることが先決だ。具体的にはそろそろ食欲を満たしたい。
「……とりあえず、銛を作って魚でも取るかな」
刺したら魚が跡形もなくなったので、素手で取ることになった。
いま欲しいのは、伝説級の武器なんかじゃなく、ごくごく平凡な狩猟用具です。