その29 敵が攻めて来てたっぽい
「誰だ貴様は!? この船をユリシス王国の軍船と知っての狼藉か!?」
兵士っぽい人が、剣を手に怒鳴りつけて来る。
なんだかいきなり茹だってて意味不明です。
というか。
「ユリシス王国?」
「貴様、さてはアトランティエの者かっ!?」
尋ねると、いきなり襲いかかって来た。
よくわからないけど、剣を振り下ろしてきたので、手の甲で払う。
ぱきん、と乾いた音。
折れた剣先は海の彼方へ。
うん、なんだか空気が凍った。
切りつけてきた人は、唖然呆然。完全に固まっちゃってる。
「えーと……とりあえず、“わーっ”!」
と、振動の吐息を放つ。
あとの展開見えてたし、一斉に襲って来られると怖いし。
吐息を食らって、甲板の上にいた連中は一斉にぶっ倒れた。
「よし、手加減バッチリ。気絶で済んでる……と」
「う……う……」
おお、何人かは意識があるっぽい。
さすが兵士だ。ただの荷役夫とかとは違う。
そして。
「――貴様、何者だ」
私の攻撃にも、元気いっぱい、平気そうな女の子が一人。
◆
年のころは十七、八か。
麦わらみたいなボサボサの金髪に、空色の瞳。
不思議な色の直刀を手に、皮の鎧に身を包んだ凛々しい美少女戦士。
「ちょっとだけ、強い?」
「――貴様」
女の子が目を細める。
どうも冗談が通じないっぽいので、真面目に名乗る。
「私はタツキ。アトランティエから来た。あなたは?」
「ファビア・マクシムス。ユリシス王国騎士にして……勇者だ!」
女の子――ファビアは名乗った。
「勇者? 勇者ってなに?」
「……冗談を言ってるようには聞こえんな。教えてやろう」
なぜだかため息をついてから、ファビアは二度、三度、剣を素振りする。
おや、なんだか剣に魔力が集まってる気が。
「幻獣種の力を持つ者。その中でも、武器をとっての戦いを業とする――それが、勇者だっ!」
ファビアが剣を振う。
その剣先から、水が――いや、水の刃が迸る。やば。
とっさに跳びあがる。
間一髪、水の刃が足元を過ぎてく。
さすがに大けがはしないだろうけど、喰らうと痛そうだった。形状的にも。
「――その身体能力……貴様、アトランティエの勇者か」
「まあ、似たようなものだけど」
ファビアの問いに、ほほをかきながら答える。
実際、女神だの野良神だの言われてるけど、カテゴリとしては超強い勇者とか魔法使いになるのかもしれない。
「ならば捕まえて、水の都の内情を吐かせてやる!」
「いや、それ無理」
斬りかかってくるファビアの剣を、力を込めて振り払う。
今度は音もしなかった。ファビアの、素材不明な直刀の半ばが、一瞬にして消失した。
「ば、馬鹿な……神器を素手で砕いた……だと?」
「殺さないよう手加減した剣じゃ、私を傷つけられないよ」
「……貴様は」
「キミにもわかりやすいように言うとね――私は、水の都の新しい守護神獣だよ」
微笑んで、地を蹴る。
バキ、と音がして甲板が砕ける。
その音を、追い越して。私はファビアに肉薄する。
「――!?」
彼女が身構えるより早く、拳を送る。
体に突き刺さった拳は、皮の鎧を破り――やば、手加減手加減。拳を引く。
「くはっ!?」
よし。悶絶してその場で崩れ落ちたけど、気絶してないし死んでない。セーフセーフ。
「よしよし、おーい、喋れる?」
「き、貴様……」
「うん、喋れるね。じゃあ、話を聞かせてくれるかな?」
私は彼女たちがやって来た事情を尋ねる。
軍を整えて攻めてきた、ってのは、なんとなくわかるけど、理由とかを聞いといた方がいいだろうし。
「誰が――」
「キミが喋らなくても無駄だよ? 他に聞く人には事欠かないし。一人目のキミが喋っとくのがお得でおすすめだよ?」
当たり前だけど非協力的だったので、脅してみる。
暗に、死ぬまで痛めつけて吐かせるってほのめかしたけど、やる勇気はないので、お願いだから折れてください。
しばし、じーっと見つめる。
間が持たなかったので、モナリザの頬笑み。
特に意味はなかったけど、それが怖かったんだろうか。
「……わかった。話す」
ファビアが、がくりとうなだれた。
折れてくれた。ほっ。
◆
事情を聞いて、いろいろとわかった。
ユリシス王国ってのは、水の都アトランティエと並び称される、大陸西部第二の港湾都市を擁する強国だ。
攻めてきた理由は単純。
水の都崩壊の第一報を聞き、この好機にアトランティエを占拠して、名実ともに西海の覇者となるため、らしい。
「なるほど」
まあ、納得だ。
都の崩壊を聞いてから軍を整えたにしては、妙に早い気もするけど、不自然てほどじゃないだろう。
でも、ちょっと疑問もある。
「こんな人数で水の都の征服、できると思ったの?」
やたらと大きな船だけど、乗ってるのはせいぜい200ほどだろう。戦闘員だけならもっと少ない。
水の都の人口は、軽く万を越えてるっぽいので、この数で占領ってのは、ちょっとムリ目だと思う。
ど素人の私がそう思うくらいだ。
ユリシス王国の偉いさんだって、わかってないはず、ないんだけど。
「それは……」
と、言いさして、ファビアは言葉を止めた。
理由は、私も理解した。
船を包む空気が、あきらかに変わった。
そして、次の瞬間。
――海が、震えた。
そうとしか思えない、重く、低い音が、船を震わせた。
思わず息をのむ。
海の下に、なにかが居る。
私の生存本能にびりびりと訴えかけて来る、なにかが。
再び、うなるような重低音。
海面から、なにかがせり上がって来た。
ヨットの帆……いや、それよりはるかにでかく、肉厚の――背びれが。
「グオオオオオッ!?」
海をひときわ大きく震わせる咆哮とともに、水中から現れたのは。
とてつもなく巨大な――怪物ザメの姿だった。