その28 魔法の練習やってみる
「うゃー」
ベッドに寝転ぶ。
屋敷のベッドは、貴族のものだけあってふこふこで文明的だ。
先日のロザンさんの料理屋さんで、魂の欲求的な何かが満たされた私は、自室のベッドで思うさまごろごろしていた。王子様の用事も減ってきたので、思いっきりだ。
「タツキさん、果物をお持ちしましたわ!」
「ありがとう、アルミラ」
なぜか給仕姿で入ってきたアルミラに、お礼を言う。
さし出された皿に盛られてるのは、果実系の果物。たぶんブドウ的な何か。
口に運ぶ。
かじると、甘酸っぱい果汁が口の中に溢れる。
果肉は甘みが強い。うん。普通にブドウっぽい?
「美味しい」
「喜んでいただけてなによりですわ」
微笑むアルミラさんに見守られながら、ブドウを全部食べて。
「――よし!」
と、気合を入れる。
「タツキさん、どうされました?」
「うん、充電が完了したので、ちょっとやってみたいって思うんだ」
「やってみたい? なにをですの?」
首を傾けるアルミラに、私は笑って言った。
「――魔法修行!」
◆
と、いうわけで、魔法修行を始めることにした。
目的は、もちろん水竜を炙れるくらい強力な火炎魔法を使えるようになること。
といっても、破壊の咆哮ひとつとっても、都市破壊級の威力があるから、都の近くじゃ練習できない。
じゃあどこがいいか、という話をアルミラとして、出した結論は――海の上でやること。
「と、いうことで、出発ー!」
「おーですわー」
子猫アルミラといっしょに、港に竜帆船を浮かべて、沖へ乗り出す。
舳先に立ってニケのポーズ。意味はない。心意気なのです。
意気揚々と船を進めること、数時間。
水の都が、私の目にもほとんど見えなくなったので、このあたりでいいかなと判断する。
「よし、じゃあ練習だ」
「がんばってくださいまし!」
気合を入れると、アルミラが前足をぎゅっとして声援。さんきゅー!
――意識を、集中する。
体の中に、力を感じる。
なんだか得体の知れない、でも力強い、竜の力。
竜の力に意識を向け、訴える。
「――飛べ」
瞬間――視界がズレた。
足元から船の感触が消えた。
頭上から凄まじい速さで風が吹いて来る。
――違う! これ空に向かって飛んでる!?
「うわああああっ!? ブレーキ、ブレーキ!」
ぴたっと急停止。
それから……フリーフォールっ!?
「飛んでっ! 飛んでっ!」
ふたたび、今度は水平にぶっ飛んでく。
やばいまったく制御出来ない!?
……じゃない、たぶんこれ魔力の出しすぎなんだ! 手加減、手加減!
意識して、念じる。
「――飛べ」
のろのろ。
と、急に速度が思いっきり遅くなる。
右へ―……左へー。
上昇ー……下降ー。きりもみからの風神雷神ー!
うん。ゆっくりだけど、思い通りに飛べる。
でもこれ以上魔力出すと、またぶっ飛んじゃいそうなので、この速度で、しばらくくるくると飛びまわって。
「……よし、今度は炎の魔法を使ってみようか」
宙に浮いたまま、大本命を試してみる。
火力が強い方がいいんだから、今度はちょっと強めで。
「――炎よ!」
唱えた瞬間、体が炎に包まれた。
「ふぁいあーっ!?」
あわてて炎を消す。
衣服は焼けおちて、かろうじて貫頭衣だけ残った。
やばい、これ風よりもっと制御しにくい。アルミラが、私は風と水の素養を持ってるって言ってたから、それでかもしれない。いや、風もたいがいじゃじゃ馬だけど。
ともあれ、いろいろやらかしちゃってるので、一旦船に向かう。
……空飛んでる時の貫頭衣って服の意味を成してないなあ。風の魔力と呼応して、バタバタめくれあがっちゃってるし。
「……まいった。神竜騒ぎの時は、けっこう出来てたのになあ」
頭をかきながら、ふわりと着地。
猫のアルミラが、てけてけと小走りで出迎えてくれた。
「タツキさん自身の力を使ってるから、でしょうか?」
うーんと考えながら、アルミラは言う。
「――風の加護はオールオール様の力でしたので、それほど加減を気にせずに、力を使えたのではないでしょうか」
「ああ、そうかも……」
それを考えると、港の暴動を収めるのに使った振動の吐息、力が弱めに振れたからよかったけど、ちょっとでも強めに振れてたら、大惨事だったかも。いまさらながらぞっとする。
「あの……わたくし、水の魔法ならお教えできますわ。アトランティエ様の血を受けたわたくしは、水の魔法が得意ですので」
見かねたのか、アルミラがおずおずと言ってくる。
うん。とりあえず先生も居ないのに、なんとかなるさではじめたのが悪かった。
他の魔法は後日銀髪幼女に習うとして、今日のところはアルミラに教えてもらおう。
「じゃあアルミラ、たのめるかな?」
「承りましたわ!」
子猫はうれしそうに、ぴょこぴょこと尻尾を振った。
◆
「さて」
アルミラは、こほん、と咳払いする。
「水の魔法はもっとも扱いやすいと言われております。動かすイメージをしやすいから、ですわね」
「うん」
「その練習ですが……まずは水を出してみましょうか。体は外を向いて、船尾に立ってくださいましね? 万が一、船が水で満たされちゃったりすると、沈みますので」
あー。この分だと、水を出すときにも滝を降らしちゃったりしそうだし、備えは大事。
「よし……手加減、手加減……」
水よ、と、唱える。
手から水がジャーって出た。おお、ホース要らず。
「おーけーですわ。このまま魔力を強めたり弱めたりして見てくださいまし」
「おっけー!」
魔力を増やしてみる。
手のひら一面から、ごーっと水が出る。
おお、消防車要らず……だけど、これ以上強くするのは反動が怖い。
魔力を減らしてみる。
水がちょろちょろと……うーん、思ったよりずっと簡単だ。
水の魔法が扱いやすいってののほかに、水竜を一番たくさん食べたからってのも、あるのかも。
「そのまま、だんだん魔力の増減幅を大きくしていくんですわ」
言われるままに、魔力を強くしたり、弱くしたり。
強くする時には、ちょっと角度をつけて。ついでに収束させたり、放射させたり。
「の、のみこみが早すぎますわ。さすがですわ」
褒められたので上機嫌です。
でも、一時間ほども続けてると、さすがに飽きてきた。
「……アルミラ、他の水系の魔法とか、教えてもらっちゃだめ?」
「それなら、霧がよろしいかと。霧なら、全力でやっても、まあ大丈夫かなって思いますし」
言うと、アルミラは二本足立ちになって、前足に霧を纏わせる。素敵。
「……全力かー」
言われると、ちょっとわくわくする。
威力はなくても、規模は都市破壊級になるのは確実だ。
大規模魔法はロマンなのです。
「じゃあ、やってみようか、全力で」
意識を、内側に向ける。
集中して……全力全霊で、竜の力に訴える。
「――霧よ……広がれ!」
いきなり、視界が白く染まった。
「うわ、なんだこれ!?」
びっくりした。
なんだこれ。やばい。霧濃すぎ。
「落ち着いてくださいまし!」
と、アルミラが言う。
声だけで姿が見えない。ほんとに霧が濃い。
「タツキさんの魔力なら、都市一つ分覆うくらいの霧が出ててもおかしくないですわ。魔力による霧ですので、維持するのをやめれば、そのうち消えますわ!」
「どれくらいで?」
「え、と、タツキさんの魔力を込めた霧となると……魔力を遮断しても数時間は維持しちゃうかもですわ!」
数時間!?
うわ、地味にやっちゃった感。
「どうにかする方法ない?」
「タツキさんが生んだ、タツキさんの魔力の霧なのですから、やろうと思えば操れるんですけれど……」
「あ」
アルミラの声音で察した。
これ制御に失敗して霧の吐息になるやつだ。
「すみません。わたくしの思慮が足りませんでしたわ」
「いや、私も、なにも考えてなかっただけだし……ちょっとどうなってるか、上から見てくるよ」
「え?」
アルミラの声を聞いて。
そのまま上空にぶっ飛んでいく。
うん、水の扱いで魔力の加減に慣れたせいか、最初より全然制御できる。
真っ白な世界を、それでもしばらく飛び続けて――光が見えた。
一気に視界が開ける。太陽だ。青空だ。
「さて、どうなっているか……と」
身を翻して足元を見る。
足元は、どこまでも続く霧の世界。
見れば、陸――たぶん水の都の近くまで、霧が広がってる。ヤバい。けっこう沖に出たつもりなのに、ムチャクチャ広い。
「……誰か巻き込まれてないよね?」
思って、目を凝らす。
すると、今まさに、北から来たっぽい船が、霧の世界に入り込もうとしてるところが見えた。
「やば、ちょっと注意した方がいいよね?」
と、高速でぶっ飛んでいく。
「すみませーん!」
声をかけながら、船の上に、たとんと飛び降りる。
船の上に居たのは、なぜか剣とか曲刀とかを腰に帯びた、兵士っぽい人たち。
……と言うかこの船自体、ひょっとして軍船?
「誰だ貴様は!? この船をユリシス王国の軍船と知っての狼藉か!?」
……あれ?




