その27 水竜料理をたべちゃおう
おっちゃんが厨房に引っ込んで、待つことしばし。
うっきうきの私に対して、ホルクとアルミラは微妙な表情だ。
「どうしたの、ふたりとも?」
「……いや、マジでオレ、広めたら消されかねん事態に立ち会わされてんだなってよ」
ごめんなさい。
「……わたくしは、どこまでもタツキさんについて行きますわ!」
ごめんなさい。
昔の主を料理する人間がアレってのは、ちょっと微妙だったよね。
でも私はつき進む。
ことドラゴンに関しては、私に後退の二文字はないのです。
と、そんな感じでそわそわしながら待つ。
そして、かなり時間がたってから。
「……待たせたな!」
と、おっちゃんがフラフラになりながら登場した。
うん?
なんか前より顔が尖ってない?
味見したのかな……あ、ホルクたち、見ないふりしてる。
ウェイトレスさんの手で、皿が、私の前に置かれる。
上に乗っているのは、生肉のハンバーグみたいな格好の……タルタルステーキかな?
「包丁仕事は、とてもじゃないが満足とはいかねえ。十全なもんを出せねえのは口惜しいが……食べてくれ。今の俺の最高だ!」
おっちゃんが、自信を持って勧めて来る。それがマズイはずがない。
私は、タルタルステーキに口をつける。
――電撃的な衝撃が、体を貫いた。
なんだ。
味は、間違いなく水竜だ。
柔らかで濃厚極まる、素材のままの味。
だけど調味料が、それもおそらくほんの少し加わっただけで、「肉」が「料理」に生まれ変わった。
「肉を荒いみじん切りにして平たい塊に寄せた。生の肉だ。食感を残したまま、ソースが均一に絡んでるはずだ……っつっても、素材の味が完璧すぎる。味付けは、整えた程度だ」
程度って言うな。
これは、素材そのままとは天と地の差だ。
食感は冷たい。
でも舌の上で、味がほどけていく。
水竜の濃厚な旨味を、ほんの少しのソースがくっきりと際立たせる。
味付けは胡椒、植物油、塩と、ごく少量のビネガー? ほかになにか隠し味がある気がするけど、わからない。
文化だ。
これは間違いなく味の芸術作品だ。
体が悲鳴をあげている。あまりの美味しさに、息がつまる。
「ああ……」
天にも昇る心地だ。
生きていてよかった。ほんとうに。
そのまま、意識が浮遊すること、しばし。
戻って来たわたしは、おっちゃんに頭を下げた。
「ごちそうさま。ありがとう。美味しかった……」
「おうよ!」
おっちゃん――料理人ロザンは、胸を張って笑った。
◆
「ごちそうさまです。お代は」
「いらねえよ」
私が尋ねると、おっちゃんは手をひらひらさせる。
「ワシにとって、未知の食材が料理できた。十全の料理を出せなかった。だからいらねえ。無念だが、足りねえもんが多すぎる。次来る時までには、とも言えねえのがなんとも無念だな」
「……なにが足りません?」
本気の目で尋ねる。
あれより完成度が高い料理が食べられるんなら……本気出す。本気出す。
「まずは火力。炎に耐性を持つ水竜の肉を焼こうってんだ。馬鹿みてえな火力が要る」
「アルミラ」
教えてもらって、即座にアルミラに尋ねる。
「――竜の肉に火を通すの、炎の魔法でできる?」
「やってみないとわかりませんわ。タツキさんは風、それに水と相性がよさそうですけれど、炎はわかりませんし。それも慎重に練習しないと、今度は水の都が炎上って可能性もありますし……」
「よし、練習する! ロザンさん、ほかに要るものってある?」
「包丁は、質じゃなく種類の問題だ。これはなんとかなる。だが炎だけじゃ、焼きは出来ても炒めも揚げも出来ねえ。水竜を焼くほどの炎に耐える、そんな鍋が要る……素材が問題だな。うちの鍋は魔獣――羅盾鼈の甲羅を使った特注品だが、あれじゃ無理だ。どっちも水の魔力を帯びてるのが災いして相互干渉しちまう。もちろん鉄なんかじゃ話になんねえ」
「頑丈な、鍋……」
「の、素材だな。それさえあれば、鍋に仕立て上げる魔獣鍛冶の腕利きにゃ心当たりがある……っつっても、ちーと離れた他国のやつだけどよ」
お、だったら、その人に頼めば、風竜の爪もちゃんとした武器にしてくれるかも。
まあ、貴重品もいいとこだから、私が直接行かなきゃ心配で仕方ないけど……鍋の素材が手に入ったら、行ってみるのもいいかもしれない。
「鍋の素材、どんなものならいけると思う?」
「言っとくが、表裏含めてまっとうに手に入るもんで、一番高火力に耐えるのが羅盾鼈だ。火の魔力を持つものだったら、溶岩蟹か火トカゲだが、水竜の魔力に負けちまって一発でダメになる可能性もある。それこそ幻獣クラス、伝説に聞く火竜の鱗か、火の鳥の骨か、そんなもんが必要だろうな」
あ、アルミラの尻尾が不審な動きしてる。
きっと他の国の守護神獣にそういう幻獣が居るんだろうな。よしよし。
でもまあ、現状で他国まで行くのもアレだし、とりあえず、当面は魔法の練習か。
「よし……道具がそろったら、料理お願いしていい?」
「むしろやらせろ。あの食材の十全を引き出してえ。そのためなら幻獣に魂だって売ってやるぜ」
ロザンがにやりと笑う。
私は手を差し出した。おっちゃんは笑ってその手を取った。
「ところで、給仕をやる気はないか? あんたに酌をされたら、それだけで料理が美味くなりそうだ」
お断りします。
というか巫女か王族か、みたいな格好してるのに、よくそんなこと言いだせるねおっちゃん。本当に料理のことしか頭にないんだなあ。




