その23 ノラップ一家の再興
――アニキだ!
見ただけでテンションが上がる。
というか、どうしたんだろう。ちょっと変だ。
乱闘に加わるでもなく、逃げるでもなく、ただぼうっと遠くをながめてる。心なしか目も死んでるっぽい。
船を寄せてもらって、聞き耳を立てる。
この体になってから、耳もよくなってるみたいで、集中すれば多少離れてても声くらいは拾えるのだ。
「アニキ、乱闘ですよ」
「……ああ」
「逃げなくていいんスか?」
「……逃げる、逃げる、か……」
心配げな弟分に、アニキは気のない返事。
そして、ぼうっと自分の拳をながめてる。
「俺様ぁ、腕っ節一本の男だ」
乱闘を遠目に見つめながら、アニキはつぶやいた。
「――ガキの頃からよォ、この腕一本でなんでもやってきた。なんでも出来た。腕っ節だけで水の都の顔役にのし上がったのはよ、後にも先にも俺様だけだろうぜ」
「知ってやす! オレのあこがれでさぁ!」
アニキの言葉に、弟分が拳を握る。
「――拳ひとつで王都を握る、男一代大侠客! 鉄の拳ですべてを砕く、鉄腕ノラップ様の名を聞きゃあ、泣く子も黙るってもんですぜ!」
弟分が頑張ってはげましてる。むっちゃ健気だ。
あの様子だと、子分達みんなどこか行っちゃってるのに、弟分だけ残ったんだろう。いいなあ、そういうのいいなあ。
でも、弟分の言葉も、アニキの心を奮い立たせられないみたいで、アニキの目は死んだままだ。
「ありがとよ……だがよ、そのノラップ様も、あんなバケモノに会っちゃあ百年目よ。見てみろよ、この手を。あのおっそろしいほどべっぴんなガキの姿を思い出すだけで、俺様の手は、震えがとまらねえんだ……」
ごめんなさい。心折っちゃってごめんなさい。
「アニキ! しっかりしてくださいよ! アニキはオレの憧れなんス! 頼むから、元のアニキに戻って下さいっス!」
ごめんなさい。なんか本当にごめんなさい。野生のアニキを再起不能にしちゃってごめんなさい!
「――どうしようアルミラ、なんとかアニキを助けられないかな?」
「タツキさん!? あの男たちのどこをどう同情したらそんなに親身になれますの!?」
アルミラは否定的だ。
なぜだろう……ひょっとして、以前私が狙われたこと、根に持ってるんだろうか。
ちょっとじゃれつかれた程度で怒ることないのにって思うけど、アルミラ視点だとまた違うのかも。
「あれはよいものなのに……」
「タツキさんの趣味がわかりませんわ……ちょっと危機感ですわ。安全のために去勢しないと……」
やめて。
なんでムダに去勢とか口にするのこの子?
……というか。
「待って、アルミラ……なんだか騒ぎが大きくなってきてない?」
「はて、そういえば……」
アニキ達に気をとられてたけど、港の騒ぎはかなり大事になってる。
港の一角で起こってた争いは、荒くれ水夫たちを巻き込んで、港一帯に広がる暴動に――ああっ、屋台がひっくりかえった!?
「……おしおきだ」
許せない光景を目の当たりにした私は、すっくと立ち上がり、陸に飛び移る。
「タツキさん!?」
「食べ物を粗末にするやつは、お仕置きしなきゃ……」
「タツキさん? お怒りはごもっともですけれど、あんまり目立つと……」
「大丈夫、手加減する。手加減して――吹っ飛ばす!」
「タツキさーん!?」
キレてないですよ?
軽く、かるーく吹っ飛ばすだけ。
あんまりやりすぎると、逆に私が食べ物を粗末にする羽目になるし、ちょーっと痛い目見てもらうだけだから。
「――すぅ」
息を吸う。
自分の内に宿る竜の力に、怒りとともに訴える。
弱く、弱ーく。でも罰当たりな野郎どもには、トラウマになるくらいに。
「おまえたち、暴れる――な!」
「な」の音とともに、振動の吐息を放つ。
音の衝撃が、爆発的に広がる。
私の主観からすれば、ごくごく弱い衝撃波。
だが、暴れていた男たちを無力化するには十分だった。
衝撃波を食らった港の人間は、全員その場に尻をついた。
よし、絶妙な手加減だ。
倒れただけで気絶までいってないから、もうちょっと強くてもよかった気がするけど。
「ば、バケモノ女……」
おお、アニキは無事っぽい。
位置がよかったのかと思ったけど、子分さんはしっかりダメージ食らってるので、純粋に頑丈なんだろう。
……と、気がついたらみんながこっちを見てる。
まあ、これだけ派手にやったんだから、当たり前か。
どうしよう。
ぶっ飛ばしたらスカっとしたので、私としてはこのまま逃げ帰りたいんだけど、なんか言わなきゃいけない雰囲気っぽい?
「暴れたら、また来るから。その時はくしゃって潰すから」
港に置いてあった建材の丸太を握り潰してみる。
めきめきって異様な音――のわりに、馬鹿みたいに簡単に潰せた。
むっちゃ引かれた。
あたりまえか。どうしよう。
このまま帰るか……と、思いついて、アニキの方に向き直る。
「アニキ」
「な、なんでえ……?」
「アニキが居ないから街が荒れた。荒れないようにしっかりして」
アニキが復帰したら、街の治安も戻る……かもしれない、と思って言う。
アニキは最初、その言葉が理解できない様子で。
つぎに、目を見開いて……ひとつ、息を吐いてから、にやりと笑った。
「ふん。テメエみてえな小娘に言われるのは業腹だが――俺様が居なきゃこの都が回んねえってか……しゃあねえなあ! やってやるぜ! この俺様がなあっ!!」
「アニキ! アニキ! 立ち直ったんスね! オレうれしいッス!!」
アニキがむっちゃ元気になった。
元気を取り戻してくれて、私もすごくうれしいです。
◆
その後。
帰ってから、私は一連の経緯を王子様に話した。
中途半端に睡眠をとれるようになったせいで、かえってヤバい顔になってる王子様は、話を聞くと、深々と頭を下げた。なぜに。
「感謝します、タツキ殿。助かった」
「助かった? なにがですのエレイン?」
アルミラが首を傾ける。
わたしも、なんで感謝されてるのかわからない。
「それがな、姉貴。いろいろと情報を集めていて思ったんだが……港の乱闘の一件、扇動の可能性がある」
王子様は深刻な表情で言った。
「扇動、ですの?」
「ああ。他国か、自国か……水の都が荒れていて欲しいヤツの手の者が入り込んでるらしい。心当たりが多すぎて、特定なんて出来やしないがね」
王子様が盛大にため息をついた。
なるほど、そうだったのか。
「――その後の処理も……奇手だけど適切だ。タツキ殿を後ろ盾として、かつての顔役が治安維持を請負う。これで扇動者も、大胆には動けなくなった。本当にありがたい」
なんか、超速で進化してない? この王子様。
ろくに王族教育も受けてないとか言ってたよね?
いや、教育受けてないだけで、元々素養はあったのかもしれないけど。
「……そうだったんですのね! さすがですわタツキさん!」
「いや、わりと偶然なんだけど……」
「またまた、ご謙遜ですわ! 奥ゆかしくて素敵ですわタツキさん!」
アルミラさんの信頼が重い。
わたしはもうちょっとダメな人なので、過大評価とかせずに、どんどん甘やかしてほしいです。
◆
後日、アニキはあっという間にノラップ一家を再興させた。
おかげで水の都の治安はかなり改善されたようで、よかった。王子様の負担軽減的な意味でも。
でも、女神が加護を与えたとか噂されてるのは、すっごく不本意です。