その22 港を見てみよう
水の都のプチ崩壊から一週間。
水竜の甘露の効果か、獅子奮迅の活躍を見せた王子様のおかげで、ようやく都市行政が正常にまわり始めた。
国家としての行政機構はまだまだ……というか、そろそろ水の都の大惨事の報を受けた諸侯とか他国のリアクションがある頃合いなので気は抜けないけど、私が四六時中王子様に張りついてる必要はなくなった。
なので、今日は港に行ってみることにする。
目当てはもちろん食べ物だ。異世界の変わった食べ物とか調味料とか、そういうものに非常に興味があります。
「ご案内いたしますわ!」
と、アルミラが案内役を買って出てくれたので、いっしょに行くことにする。
アルミラは猫姿だ。なぜに。
「まあ、生贄の祭壇から生還した時点で法に従い無罪放免、大手を振って街を歩ける身にはなってるんですけれど……」
アルミラがぷるぷると前足をふるわせる。
「あの女が物語にして広めてくれちゃったおかげで、わたくしが悪い巫女だって事実がすっかり広まっちゃって、都を滅ぼしたのもわたくしが守護神竜様をけしかけたから、みたいな噂まであるんですわ! もう街中じゃこの姿でしか出歩けませんわ!」
ちょっと涙目だ。
うん。アルミラの行動、みごとに利用されまくってるな。
王太子の恋人の街娘さん、なかなかパワフルかつアグレッシブな人みたいだ。
もし王妃様になってたら、王様を暗殺して自分が権力握って好き放題しそうな。
「……どんまい?」
アルミラに慰めの言葉をかける。
なんというか、関わったが運のつきだったっぽい。
◆
「さあ、港に向かって出発だ!」
「おーですわ!」
仮政府なうな貴族の別邸に隣接した水路に小船を浮かべて、かけ声をかける。
アルミラは猫姿。
私も、目立つとまずいので、この街に来た時同様、頭巾をかぶってる。ゴールデンに輝くこの髪さえなければ……
ともあれ、船頭さんが櫂をこぎ出すと、小船は滑るように水路を進み始めた。
「行先は、海手の港でようござんすね?」
「うん!」
船頭の問いに、私はうなずく。
水の都にはふたつの港がある。
クー川に面した川手の港。西海に面した海手の港。
今回行くのは海手の港だ。そっちのほうがめずらしい食べ物がありそうだし。
「海風が気持ちいいなあ。ひさしぶりの外の空気だ」
「ですわー」
なんだかんだいって私もこの一週間、屋敷に篭もりっぱなしだったので、外の空気が気持ちいい。
水路を小船で進むと、港はすぐだ。
倉庫街を横目に小船を走らせていくと、賑やかな露店が並ぶ通りが見えてきた。
「料理、は、少ないな。果物とかはあるけど」
「ここは中継地でもありますしね。荷降ろしした船は別の荷を乗せてよその港へ。あるいは陸路でよその街へ……料理が食べたいのなら、宿場通りのほうに行くと多いですわ」
「……くわしいね、アルミラ」
「それは、生まれ育った街ですもの」
私が首を傾けると、アルミラは当然だと答える。
「でも、10歳から神殿に入ってたにしては、くわし過ぎない? それに船のことも、ずーっと巫女務めしてたわりには、すごくよく知ってたし」
「いや、その……エレインが悪い友達をつくって遊び回っていたもので、仕方なく……仕方なくですのよ!? 街中を探して回ったりしてたんですわ!」
むっちゃ目を反らしてる。
嘘が下手すぎだ。いや、きっかけが王子様なのは嘘じゃないっぽいけど、それをダシにして出歩いて、自分の好奇心も満たしてたに違いない。
「あ、タツキさん、あそこで食べ物が売ってますわよ!」
「どれどれ!?」
アルミラが前足で示した先に、高速で視線を送る。
話題そらしなのはわかってるけど、食べ物となれば全力で乗らざるを得ない。
アルミラの指さす先にあったのは、雑然とした露店の一角。
そこには荷運びの男たちの腹を満たすための屋台が並んでいた。
「行ってみようか」
船頭に船をつけてもらい、陸に上がって屋台に向かう。
魚をぶつ切りにして煮込んだスープ。
どろどろでなにが入ってるのかよくわからない、モツを煮込んだっぽい粥。
中華鍋みたいな丸っこい鍋に張り付いた薄いパンに、干し肉を山盛り乗せたもの。
「どれも味濃いなあ。重労働者向けって感じ」
「……というか、タツキさん、そのすらっとしたお腹のどこにそれだけ入っていくんですの?」
アルミラがあきれた目で見てる。
というか、まわり中から奇異の目で見られてる気がする。
やば、目立ちすぎたか。
「いや、タツキさんが目立たないってのは、最初から無理なんですわ。ですので、あんまり変な行動をとらないことをおすすめしますの」
またこの顔のせいか。
髪は隠してるのに、美少女ってのもなかなか不便だ。
「うーん。まだちょっと足りないけど、これ以上目立つのもマズイか」
「まだ食べる気だったんですの?」
「うん、あとはめずらしい香辛料とか希少な食べ物とかも見たかったんだけど」
「そういうのは、倉庫に直行ですから、このあたりにはありませんわね。エレインに持ってこさせるといいのですわ」
「王子様に? いいのかな」
「よいのですわ。エレインが自分で運ぶわけじゃないですし、タツキさんのためなら、あの子も喜んでやってくれますわ」
喜んで、というのが本当かどうかはちょっと怪しいけど、まあやってはくれるだろう。
「鍛冶屋さんなんかはどのあたりにあるかな?」
と、思いついて尋ねる。
「鍛冶屋なら、川手の港の近くにいくつかあるようですけれど……竜を料理するためのものでしょう? たぶん手に余りますわよ?」
「やっぱそうか。腕利きの職人さんとかいないの?」
「それも、エレインに言えば紹介はしてもらえると思いますけれど……」
「じゃあそれも後で相談するとして……今日のところはもうすこし港を冷やかしてまわろうか」
「はいですわ」
小船に戻り、水路を下って港に出る。
大きく湾曲した港の川手側は、堆積した砂のために、水深がかなり浅い。
逆側は水深も十分にあり、そのため、こちらは大きな船が停泊している。
湾内を軽く一周して、戻ってくると、なにやら船着き場のあたりが騒がしい。
「なんだろ?」
「きっとまたもめ事ですわ。治安が戻ったといっても、十全ではありませんし、下町のごたごたがこちらにまで波及してるっぽいですし。まあすぐに顔役の方が止めてくれますわ」
「ふーん……あ」
「どうされましたの?」
私が思わず声を上げると、子猫が首を傾ける。
「いや、あれ」
私は指をさす。
その先には、騒ぎなど関係ないというように、倉庫の壁際に膝を抱えて座る男二人。
野生のアニキ達だった。