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その21 水竜を食べてみよう



 目の前に肉がある。

 淡い照りのある、真っ赤な肉だ。

 銀の皿に乗せられた、血の滴る新鮮な肉。その姿は、艶めかしくすらある。



 ――夢にまで見た、竜の肉だ。



 人差し指と中指で、滴る血をすくい、舐める。



「……くぅ、ふっ」



 生臭さなんて、まるでない。

 水のように淡く、しかし濃厚極まる味に、思わず声が漏れる。



「うまい……」



 肉を、手でつかむ。

 どっしりとした重量感。

 水風船のように柔らかながら、つかんだ手を押し返す弾力。



「いただきます」



 かじる。

 噴き出した肉汁が、口からこぼれ出す。

 旨味そのもののような肉汁と、弾力に富んだ、それでいて柔らかな肉が、舌の上で踊る。



「――っ!!」



 声にならない。

 恍惚として、肉を呑みこむ。

 痺れるような陶酔感。本当に酔ったような感覚。


 もう一口。

 もう一口。

 止まらない。あっという間に、皿の上にあった竜の肉は、私の胃の中に収まってしまった。


 ほう、と椅子に体を預ける。

 至福の体験だった。



「いかがですか、タツキさん」



 様子を見てたアルミラが、尋ねて来る。

 顔が真っ赤になってるのは、なぜなのか。



「美味しかった。本当に……アルミラも食べない?」


「いえ、人間が食べると無事じゃすまない可能性が高いものですし……」



 アルミラさん、私をナチュラルに人類から弾かないでください。



「それに、かつてお仕えした方を食べるというのは、ちょっと……」



 まあそりゃそうか。

 この肉――神竜アトランティエに、アルミラは巫女として仕えてた。それを食えというのも酷な話だ。というか普通にドン引く話だ。反省。



「でも、軽いつまみ食いのつもりだったけど、やっぱりとんでもなく美味しい。竜の肉。生のままでこれなら、料理すればどれだけ美味しくなるんだろう」


「そのためには、厨房の火力じゃ心もとないですけれどね。あと包丁も」



 まあ、冷気を纏う水竜だ。

 その肉に普通の火力で火が通るのかっていうと、ちょっと怪しい。


 それに、柔らかく、かつ弾力に富んだ水竜の肉を切り分けるのは、普通の包丁じゃ難しい。

 脂を巻いて滑るし、無理に切ろうとすると切断面が押し潰れてしまう。今回風竜の爪を使ってぶつ切りにしたけど、たぶん微妙に味を損なってる。



「料理したものを食べたければ、腕のいい鍛冶屋さんも探さなきゃいけないってことか」


「ですわね」



 ふたりしてため息を突く。

 天然で冷蔵されてるみたいな水竜だ。皮を剥かなきゃ保存はできるだろう。なんなら銀髪幼女な魔女オールオールちゃんに頼んで保存してもらってもいい。


 ただ、現状、鍛冶屋を探してる余裕はない。


 なぜならば。

 水の都アトランティエは、いまだ絶賛混乱の最中にあるからだ。







 水の都アトランティエは、絶賛混乱中である。

 まあ、王宮と神殿が一気につぶれちゃったんだから当たり前だ。

 すこし間違えると治安崩壊一直線。こんな状況で落ちついて食事なんてできるはずがない。食べるけど。


 というわけで、現在の私は、王族唯一の生き残り、金髪あらためエレイン王子の背後霊と化して、なんか王子様の神秘的な後見役的置物なうなのです。

 私はファラオ……とりあえずおっさんたち、私を伏し拝んだりするのはやめるのである。やめて。やめて。



「タツキさんがあんまりお美しくて神々しいから……」



 アルミラ、そういうのやめてって言ったよね!? 言ったでしょ!?



「いや、もう本気で現状タツキ殿が王国の生命線なんで、許してやってください」



 エレインくんが謝る。

 いや、まあ現状、乱心した守護神竜 (ってことになった)を滅ぼした私が王子の後ろ盾やってるから、なんとかなってるけど、私が居なくなったら即座に滅ぶよね、この国。


 なにせ巫女に血を与える儀式が、下手に国の重要儀式だったため、国家のトップクラスが軒並みおっ死んで、生き残ったのはほとんど冷や飯組か、実務経験の少ない子供、孫世代。あとは治安維持に駆り出されてた騎士たち。これも要職にあった人は儀式に出席してたので、残ったのは微妙な感じだ。しかも地方の有力諸侯たちは勢力を一切損耗せずに元気に存命中だ。



 ――うん。これ滅びてるよね? すくなくとも国家の継続性を否定するのに十分な破滅っぷりだよね? そりゃ神だのみもするよ。



 って思うけど、さすがに口に出したら連日徹夜で頑張ってるエレインくんが報われな過ぎるので自重。

 私は空気が読める女神様なのです。お腹が空いたらごはん食べるけど。眠くなったら寝るけど。



「……腹が減ったな」



 くう、と王子様のお腹が鳴る。

 生き残った有力貴族の別邸を借り受け、臨時の行政府としてから、治安維持や生き残りの貴族の組織化、都市機能の再編と、途切れなくごっちゃごちゃに仕事してる王子様は、そういえばまともに食事してるのを見た覚えがない。合間合間にパンとか干し肉とか干しリンゴをかじってるくらいだ。



「大丈夫? 竜の肉かじる?」


「タツキ殿、御好意は大変ありがたいのですが、ここでボクが死ぬわけにはいかないので」


「でも、食べないと頭回らないし、能率落ちるよ? というか落ちてるよ? そうだ糖分! 頭の疲れには糖分がいいんだ! 砂糖とか果物とか、甘い食べ物を食べよう! 私も食べたいし!」


「タツキさん。わたくしがなにか用立ててまいりますわ」


「……助かる、姉貴」


「エレイン、あなたは休んでる暇なんてありませんわよ! タツキさんにも大事な御用があるんですからね! もっと頑張って、はやくタツキさんを雑務から解放して差し上げるのです!」


「ボクの扱いが酷過ぎる……」


「当たり前です。あなたは唯一生き残った王族なのですわよ? この非常時に、率先して頑張ってるところを皆に見せなくてどうするんですか……まあ、仕事をしながら食べられるものを持って来ますわ」


「……恨むぞ兄貴」



 まあ、よく考えたら好き勝手やって死んでいったね、王子様とフィアンセの町娘さん。なんというやり逃げ。



「まあ、貧乏くじだけど、がんばって。無理じゃない程度ならつきあうし――はい、水」


「タツキ殿自ら汲んでいただけるとはかたじけな――甘い。妙に美味いな……なんですか、これは」



 私が差し出したコップの水を干すと、王子様は微笑んで尋ねて来る。



「水竜の甘露。元気出るよ?」



 王子様むっちゃむせてた。

 アルミラも飲んでたし、ドリンク剤がわりになるかと思いついたんだけど、だめだったかな?



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