その20 後の始末を考えよう
「さあ、実食、といきたいけれど」
刃をぺろぺろと舐めながら、周りを見る。
怖いもの見たさか、あるいは使命感か、様子を見に来たっぽい人がちらほらと。さすがに警戒して近づいては来ないけど。
とはいえ、衆人環視の中で竜を食べるのは気が引ける。
なんだかんだいって、この水竜は、水の都の守護神獣なのだ。
守護神竜イーターとして末代まで語り継がれるのは、ちょっとごめんこうむりたい。
「タツキさん、ひとまず神竜様をネックレスに納めておいてはいかがです?」
迷ってると、アルミラがにこりと微笑んで言った。
「そんなことできるの?」
「わたくしの手には余りますけれど、タツキさんの力なら苦もないはずですわ」
なんかアルミラさんの私に対する信頼がすごい気がする。
まあ、アルミラを信じて試してみよう。
ネックレスを手に、魔女オールオールがやったみたいに念じ、唱える。
すると、水竜アトランティエの姿はどんどん縮んでいって、宝石の中に収まってしまった。
うむ、できたできた。
あとで食べるのが楽しみだ。
「あと、身体についた血も……飲みたいならネックレスで回収してくださいまし」
もったいないが顔に出たっぽい。
アルミラの言うように、血をネックレスに回収すると、体はきれいになった。便利。
だけど例によって貫頭衣なので、チラチラひらひらはなんとかしたい。なので、とりあえずアルミラの普段着を借りることにした。
「……さて、タツキさん、どうしましょうか?」
着替えると、アルミラが回りを見回しながらつぶやく。
見れば、遠巻きにこちらをうかがう人の姿が増えてきた気がする。
「うーん。アルミラ、このままだと、どうなると思う?」
「ええと……王族と都の守護神獣が一度になくなった国って、普通に考えて格好の草刈り場ですわよね?」
「だろうね」
「国内でも、きっと混乱や争いがありますわよね?」
「たぶんね」
「……事情がわかったら、この国を守ってくれ、むしろ守護神獣になってくれって死ぬほど拝み倒されますわね。たぶん」
二人して、顔を見合わせる。
逃げる、という選択肢が、脳内で点灯してた、その時。
「おーい!」
と、遠くから、聞き覚えがある声。
振り返ると、アルミラの弟分――金髪の騎士が、馬を駆ってやってきていた。
「姉貴、それにタツキ殿、無事でよかった!」
「あなたも、よく生きてましたわね。儀式に同席しておりませんでしたの?」
アルミラが目を丸くしてる。
「姉貴に会ったら、あの女の晴れの舞台に出るのが癪になってな。下町のゴタゴタをダシにしてサボってたんだが……命拾いしたらしいな」
更地になった神殿跡を見ながら、金髪が頭をかいた。
「本当に……命拾いしましたわ。あなたも、この国も」
アルミラが胸をなで下ろした。
――ん?
「この国も?」
「ええ、タツキさん。実は……」
アルミラが視線で促すと、金髪はこほんとひとつ、咳払い。
「あらためて名乗らせてもらおう。ボクはエレイン・ランドルホフ。アトランティエの第三王子だ」
「ええっ!?」
驚きの声が、あたりにこだました。
◆
とりあえず、おたがい情報を交換する。
金髪――エレインは国王の私生児で、神殿に預けられていた。
神殿ではアルミラの世話になって、それで彼女を姉と慕うようになったらしい。
そのころに下町の悪ガキと遊んで回ってた、ってのはチンピラさんのことだろう。
その縁でアルミラがチンピラさんに、町娘さんの暗殺を頼んだって考えると、わりと片棒担いじゃった感がある。
こっちも神竜が怒った原因と、結果として王族も、式典に集まってた偉いさん方も、軒並み吹き飛んじゃった事実を伝える。
話を聞いて、金髪は盛大にため息をついた。
「――なるほど、それで、姉貴はボクに国王になれ、と」
「なれ、とは言っておりませんわ。ほかに選択肢はないだけで」
アルミラもなかなか鬼畜な事を言う。
「できるわけないだろ! こちとら庶子として11まで神殿にぶちこまれてて、城住まいになった後も騎士教育以外真面目に受けとらんのだぞ! 自慢じゃないがまともな後ろ盾も居らん!」
「頑張ってくださいまし」
「えらく他人事だね!?」
「いえ、実際他人事ですし」
「だよね!」
うむ。仲良きことは美しきかな。
めんどくさそうな話になったので、ファラオのポーズで気配を消し去る。我が眠りを妨げることなかれ。
空がきれいだなあ。
なんて思ってるうちに、話は進んでいく。
「――わかった! やってやる! そのかわり頼むから姉貴も手伝ってくれ!」
「お断りですわ! わたくしはこれからずっとタツキさんにお仕え――ご奉仕――ご一緒しないといけませんから!」
やめて。無駄に忠誠心たくましくするのやめて。
「じゃあ……タツキ殿、あなたは、どんな条件ならボクに協力してくれるだろうか? もちろん可能なかぎりの報酬は用意するつもりだが」
「あっ、ずるいですわよタツキさんから口説こうとするなんて!」
望みを聞かれたので、私はあわてるアルミラを尻目に、要望を口にする。
「……えーと、ドラゴンが食べたいです」
……おお、王子様がドン引きになった。
「……ふふふ! 参りましたかエレイン! タツキさんはこんな方なんですわ!」
なぜか得意げなアルミラ。
そんな願い、ぜったい無茶だって思ってるんだろうけど……
「――だから、この神竜を食べさせてくれるなら、あなたに協力してもいいよ」
ネックレスを出して、示す。
私が欲しいのは、この中に収まってる神竜なのだ。
神竜を倒したのは私だけど、神竜は水の都の守り神だ。
正直、こっそり持ってっちゃえばいいやって思ってたけど、若干の後ろめたさがある。
王族に許可を貰えば、もう合法だ。
せっかくの美食だ。後ろめたさなしに楽しみたい。
そのためなら、王子様への多少の協力も、やぶさかじゃない。
「……わかった。神竜アトランティエ様をお引き渡ししよう」
「交渉成立、だね」
王子様と握手を交わす。
「ああ、タツキさん、またそんな安請け合いを……エレイン!」
「そう怒るなよ姉貴。もちろんボクも助かるんだが、タツキ殿にとってもけっして悪い話じゃないのだ」
「ん? どういうこと?」
二人のやりとりに、私は首を傾ける。
「それはな……」
エレインは説明する。
今回の騒ぎで、アトランティエの守護神竜が滅びた。
おまけに王族や主だった貴族なんかも死んで、後を継ぐ王子も、庶子……西部諸邦のパワーバランスは大きく崩れた。
これから西部諸邦は乱れに乱れるだろう。ちょうどノラップ一家の崩壊をきっかけに、下町で抗争が始まったように。
「そしてそれは、幻獣の世界でも変わらない」
金髪王子は言う。
水竜アトランティエは死んだ。
そのことで、かの竜が支配していた地が、ぽっかりと空いた。
これを我がものにせんと、幻獣種もまた、この水の都に集まってくる。
極上の食材が、なにもしなくても勝手に集まってくるのだ。
「天才か……!」
私は快哉を叫んだ。
こうなると、もう私には受ける以外の選択肢なんてない。
水竜アトランティエのほかにも、竜が食べれる可能性があるんなら、願ったりかなったりだ。
「タツキさん、もう止まらないのは十分承知しておりますけれど……あんまり無茶はしないでくださいましね」
「ありがとう、アルミラ。大丈夫だよ。無理はしないって誓う」
というか、根本的な問題として、いまの私だと、大抵のことは「無理」にならないんだけど。
「はいですわ。わたくしも、できる限りのことはさせていただくつもりですわ。お側に居りますので、なんなりと申しつけてくださいましね?」
アルミラはそう言って笑う。
なんというか、気になってたんだけど……
「アルミラ、私はアルミラに、ひとつだけ不満があるんだ」
「え? ……あ、その、なにかわたくし、失礼をいたしましたの?」
アルミラが、不安そうに尋ねてくる。
「その、なんというか、主従関係みたいな感じ、やめてほしいんだ。アルミラは私のこと、恩人だと思ってくれてるのかもしれないけど、私は嫌だな」
王子様とアルミラは、本当に遠慮のない関係で、私はそれがうらやましい。
主従は嫌だ。
「――だってアルミラは、私がこの世界で初めて出会った――友達なんだから」
やばい。
言ってて照れくさくなってきた。
ちょっと頬が赤くなってるのがわかる。
でも、見ると、アルミラの顔も真っ赤になっちゃってる。
「……わたくしは弱い娘です。体も……心も。タツキさんとはとても釣り合いません」
顔を真っ赤にしたまま、アルミラは言う。
「――それでも、お友達だと言っていただけるのなら……本当にうれしいです。あらためて、よろしくお願いいたしますわ、タツキさん」
アルミラが、手を差し出す。
私は笑顔でその手を取った。
「うん、よろしく、アルミラ!」
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