その2 女の子になっちゃった
「おい――おい、どこいった私の相棒!?」
動転して股間をまさぐるけど、そこにはなにもない。
落ちつけ、と心の冷静な部分が叫んでるけど、落ち着けるわけがない。
当たり前だ。
男の体が、急に女になっちゃったのだ。
長年慣れ親しんだモノが、急になくなっちゃったのだ。
ある意味これは、目が覚めたら絶海の孤島、なんて状況よりずっと問題だ。
「どうなってるんだ私の体っ!?」
確認したくても、体中にこびりついた血が邪魔だ。
というか、怪我してるように見えて、心臓にものすごく悪い。
「水! とにかく水! 体を洗う水! ウォーター!」
この際海水でも構うものかと、急いで岩礁の端に向かう。
水面は、ほとんど岩礁の高さと変わらない。
けど、急に深くなってるせいで、ちょうどいい深さの足場がない。
なので、岩礁のヘリに腰をかける。
海に足をつけ、両手で海水を掬ってじゃぶじゃぶと洗う。
あとでヒリヒリしそうだけど、いまはそんなこと重要じゃない。
血はねっとりしてるけど、海水で洗うと思いのほか簡単に落ていく。
「――うお」
肌が見えて、思わず声を上げる。
どきっとするような白い肌だった。
よく白磁のような、みたいな表現があるけど、まさにそれ。透明感のある白い肌は、ものすごく色っぽい。
足を洗い終えると、腕、下半身、上半身、髪と、どんどん洗っていく。
人生で触れたことがないところに触れてる気がするけど、いまはそんなこと重要じゃない。
全身の血を洗い流した後、自分の体を確認する。
白磁のように真っ白な肌。胸も、小さいけどちゃんと膨らんでいる。
体のラインも、間違いなく女の子のそれだ。動画で見た。私はくわしいんだ。
髪の色は黒じゃない。金髪だ。
金髪というか、黄金色。ゴールド。
それが、腰まで届くくらい長い。なんというか、妙に神々しい。
「総合してみると……いまの私は黄金色の髪の神々しい美少女! なのか!?」
まあ、自分の顔なんて確認出来ないから、推定美少女だけど。
「もうほんとなんだこれ……」
目が覚めたら絶海の孤島。
目が覚めたら目の前にドラゴンの死体。
目が覚めたら女の子になっちゃってた。
どれかひとつでもパニック必至なのに、全部盛りだ。ありえない。
「でも、夢……なんかじゃないよな」
あらためて、骨と皮になったドラゴンに目を向ける。
忘れようにも忘れられない、あの味の快楽は、間違いなく現実のものだ。
「あ、思い出したらよだれ出てきた……じゅるり」
思いだして、よだれをぬぐう。
肌を舐めてしまったけど、不思議と味がしない。
海水で思いきり洗ったから、肌には塩気が残ってるはずなのに。
不審に思ってよく観察すると、肌が海水を弾いてる。
「玉のお肌!」
ポーズをとってみる。
ただの現実逃避である。
そうじゃないのは自分でもわかってる。
血脂がまだ残ってるって感じでもない。どう考えても異常事態だ。
「原因は……ドラゴンとか水竜を食べたことかなあ」
まあ普通に考えてそれだろう。
物語なんかだと、ドラゴンの血を浴びた人間は、不死身になったりしてる。
ましてや全部食べちゃったんだから、そりゃあ変な副作用があってもおかしくない。というか女の子になったのもそれが原因に違いない。他に考えられないし。
「……まさか、この上不死身になってたりしないよね?」
不安になったので、試しに足元の岩礁をこんこんと叩いてみる。
痛くはない。というか、岩自体がそんなに丈夫じゃないのか、叩くたびに崩れてく。
「いや……ひょっとして、岩がもろいんじゃなくて、私が丈夫になってる?」
なんだかそんな気がしてきた。
試しに強めに叩いてみようと、軽く手を振り上げ、地面に向けて振り下ろす。
――爆発。
そうとしか思えない爆音とともに、足元の岩礁が砕けた。
「うえ!?」
崩れる足場からあわてて逃げて、振り返る。
岩礁の端に、数メートルほどの穴があいて、海と繋がってしまっている。
手を見る。
ほっそりとした華奢な拳には、傷ひとつついていない。
「これは……頑丈とかそういうレベルじゃない……」
呆然とつぶやく。
「……やばい。ひょっとしてこの体、とんでもないことになってる」
これは、いろいろ確認しとかないとマズイ。
下手するとうっかり自爆しかねない。
「よし……まずは、ジャンプ力!」
軽く助走して、垂直跳びの要領で、ジャンプ。
手加減したにもかかわらず、目算で10m以上飛び上がって。
「……あ、やばい」
足元を見て、失敗に気づく。
力のかけ方を間違えて、斜めに飛んでしまった。
下は海。
「くろおぉぉぉる!」
あわてて空中で平泳ぎするけど、意味はない。
そのまま自由落下して――勢いよく海に跳び込んでしまう。
天地を失うくらいのダイブ。
思いきり水を飲んでしまう。
だけど、溺れない。
水中で呼吸が出来た。
さらには水の中がはっきりと見通せた。
魚が岩礁を遠巻きに避けて泳いでいる様子まで、見える。
――すごい。
一面、青の世界。
海面からさす光が、柔らかくあたりを照らす。
黄金色の髪が広がって、陽光を受けて輝いている。
その様に、しばし、見入って……私は岩礁に戻った。
「……ふう」
水辺に腰をかけ、ため息をつく。
幻想的な光景の余韻に浸りながら、あらためて、自分が出来たことを分析する。
岩を砕くほどの怪力。
拳を岩に叩きつけても傷ひとつつかない、頑丈な体。
軽く跳んだだけで10mを越す、異常なジャンプ力。
水中で呼吸し、自在に動け、また、水中を遠くまで見通せる視力もある。
「……やばい」
それしか言葉が出なかった。
次話は明日20時更新予定です。
よろしくお願いいたします。