その17 神殿に竜がいるっぽい
アルミラが神殿に居たってことを、はじめて聞いた。
考えてみれば、私はアルミラの素性について、あんまり聞いてない。
でも、あらためて聞こうって気にもなれない。
私があんまり詮索してほしくない性質だからってのもあるけど、さっきのやりとりを見るに、もう吹っ切れてるっぽいし。
「スヤァ……ですわ……」
まあ、当のアルミラは……なんというか、平和そうで大変けっこうだと思います。
◆
そんなこんなで、アルミラとゴロゴロしていると、昼になった。
食事の時間だ。おばちゃんに食事を持ってきてもらうよう、頼みに行く。
階段を下りると、昼間から酒場は騒がしい。
いつもはもうちょっとお上品な雰囲気なんだけど、今日はまるでお祭り騒ぎだ。
「今日はなにかあったんですか?」
食事の配達をお願いしながら尋ねると、おばちゃんはにこりと笑って答えてくれた。
「今日は神殿で、めでたい式典があるんだよ。新しい巫女様が、守護神竜様の血を受けるとか。だから、街中お祭り騒ぎさ。お嬢様も、よければ見て来るといいですよ!」
「そうだったんですか……ありがとうございます!」
笑顔を返して、部屋に戻る。
ほどなくして、おばちゃんが食事を運んできてくれた。
お祭りサービスなのか、いつものより盛りも品数も多い。
「しかし、その細っこい体のどこに、これだけの料理が入ってくんだろうねえ」
「ははは、根っからの食いしん坊なもので」
本当はアルミラと分けてるんだけど、ドラゴンの肉をトン単位で食べた実績があるので、嘘は言ってない。
「まあ! うちの料理を気に入ってくれてありがとうね。うれしいよ」
と、おばちゃんが一階に戻ったので、食事タイムだ。
肉やら魚介やら、ワングレード違う感じの料理が並べられてる。
アルミラさんのお着替えタイムが済むのを待ちかねて、食事を始める。
「今日はごはんが豪華ですのね?」
「なんか神殿でめでたい式典があって、今日はお祭りなんだって。守護神竜が巫女様に血を授けるとかなんとかって言ってたけど、アルミラ、守護神竜ってなにか、聞いていい?」
私が尋ねると、アルミラは「う……」と言葉を詰まらせる。
それから、ものすごくためらいがちに口を開いた。
「……守護神竜というのは、この水の都アトランティエを守る水竜様ですわ」
「水竜が居るの!?」
「食べないでくださいましね!?」
思わず舌なめずりすると、アルミラは戦慄の表情を浮かべて必死に止めてきた。
やばい。あの岩礁に居た水竜アルタージェの味が鮮明に――我慢我慢……あ、生ベーコン美味しい。
……うん、あれだ。
この反応が怖くて、アルミラは守護神竜のこと、黙ってたんだな。
「……神竜様の血を受けるってことは、巫女様ってのは竜の力を得るってこと?」
「ですわ。このアトランティエでは、代々そんな感じで神竜様の庇護を受けておりますの」
なるほど。
竜が守る都市。おまけに竜の血を受けた巫女は、魔法を使えるようになる。
アトランティエ王国が西方でも強いっていうのは、このあたりに理由があるのかもしれない。
「巫女様って死ぬまで巫女様なの?」
「だいたい十歳から二十過ぎまで務めて、次の巫女と交代する感じですわ」
「……巫女ってことは、全員女?」
男か、そうでなくても鍛えられた戦士が血を受けたら、戦争とかでも役に立つんじゃないかって思ったけど、アルミラはかぶりを振る。
「巫女は、あくまで神竜様にお仕えする役ですので。この街を出ることすらないのですわ」
どうも、それほど人間に都合よくはいかないらしい。
まあそうだろう。守護する方もなにかメリットがないと、こういう関係は築けないだろうし。
若い巫女さんにかしずかれるのがメリット、なんて言うと、神竜様が変態っぽいけど。
「なるほどなあ……巫女になるのに条件ってあるの?」
「特には、ですわね。神殿に務める者の中で、筋目のいい娘が選ばれる感じですわ」
「出自が関係あるんだ?」
「竜の力を得るわけですので、やっぱり出自の怪しい者は困るんですわ。そのまま王族の方と縁を結ぶ場合も多いですし……神竜様の都合ってより、こちらは王室の都合ですけれど」
なるほど。
納得のいく理屈だった。
竜の血を受けた娘を、定期的に一族に迎える。
その血が流れる者には、やっぱり竜の力――つまりは魔法の力が宿るんだろう。
そうやって王族の中で竜の力を維持しつつ、婚姻を介して貴族にもその力を分け与える。
そうして支配体制を固めることこそ、王室が竜の庇護を受ける、最大のメリットなのかもしれない。
――でも。
と、私は昨日聞いた物語を思い出して、疑問に思う。
あの話では、王子様と恋仲になった町娘が、箔付けのために巫女様になってたけど。
「……巫女様ってさ、清らかな乙女が求められるんだよね? 私の世界だとそうだったけど」
「こちらでもそうですわ。ですので、幼い娘が巫女に選ばれるんですの。出自を選ぶのも、王室の都合だけでなく、もとはそのためってのもあるんじゃないでしょうか? 食い詰めた若い娘が、日々の糧を得るために体を売る、なんて珍しくありませんし」
おや? いまけっこう衝撃的なことが耳に入った気がする。
「体を売るの? 10歳でも?」
「はい」
「うわあ……」
ロリコン大歓喜な倫理観か。
……私はロリコンじゃないけど。
下限が十四歳くらい。オールオール様はちょっとアウトです。
じゃない。
あの物語が実話なら、つぎに巫女様になるのは、けっこういい年の町娘だ。しかも王子様と恋仲の。
……いや、すごくプラトニックな関係だったって可能性もあるけど。
というか、王族なんだし、さすがに竜とのつき合い方は心得てるだろうし、大丈夫だと思うけど。
「……もし、巫女になる人が、清らかじゃなかったら、どうなると思う?」
「それは……」
アルミラは、口を開きかけて。
突如起こった、町全体を震わすような怒号に、私たちは思わず顔を見合わせた。