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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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外伝その8 水の都の物語



 大河クーを船で下っていくと、荒れた大地がただただ広がる。そんな光景が見えてくる。



「数年前までは、このあたりはずっと大波に洗われてたんさ」



 事情を知る者は、決まってそう語る。


 西海には、その覇権をめぐって争う二体の竜が居る。


 水竜アルタージェ。

 霜の権能を持つ残忍なる邪竜。


 水竜アトランティエ。

 霧の権能を持つ、獰猛なる暴竜。


 両者は激しく争い、そのために海は荒れ、海岸には絶えず大波が押し寄せて、沿岸には人が住めなかった。

 だが、数年前の争いにおいて、両者はたがいに深い傷を負い、たがいに退いた。長い長い戦いが、ようやく終わったのだ。



「だが、それじゃあ竜たちの傷が癒えたら、またこのあたりも荒れるんじゃないか?」



 こう問われても、事情をよく知る者はうなずかない。

 なぜならば。



「ほかならぬ水竜アトランティエが、この地の守護を約束したのだ。一人の――幼き少女の望みに応えて」



 水竜アトランティエの守護する地。

 大河クーと西海、双方に面した絶好の地に、やがて人が集まり、市が建ち、町が出来つつある。


 守護する神獣かみの名をとって、町はこう呼ばれる。

 水の町アトランティエ、と。







「――そこの小舟よ、止まれ」



 突如響いた声に、船頭は小さく悲鳴を上げた。

 大河クーの河口。急ごしらえに整備された港に接岸しようとした、ちょうどそのときだ。

 舟に乗っていた二人――髭もじゃの金髪男、スレッドと銀髪幼女オールオールは、驚いて顔を見合わせる。


 船頭がふたたび悲鳴を上げた。



「ふ、舟が勝手に!?」



 小舟が、櫓櫂に触れても居ないのに勝手に動き出したのだ。



「魔力」


「暴力ってんだ、こういうのは」



 オールオールの言葉を、スレッドが頭をかきながら訂正する。

 暴力的な魔力によって、小船はくるくると舞いながら、湾内に作られた水路に吸い込まれていく。


 その先には一本の塔がある。

 否。水路の先、湖面に建つ塔と見えたのは、鎌首をもたげた竜。

 青い竜皮を持つ巨大な蛇竜は、津波か、竜巻か――天災に等しい気配を漂わせて、ただそこに在った。



「答えよ。黄土色と銀色」



 蛇竜が、湖面を震わせるような声を放つ。


 小舟に乗っているのは、荷物を除けば三人。

 黄土色――くすんだ金髪はスレッドしか居ないし、銀色を備えているのはオールオールしか居ない。ちなみに船頭は禿頭だ。



「――貴様ら、なにゆえ我が領域を侵すか」



 二人は、即座に事態を理解した。

 スレッドもオールオールも強い魔力を持っている。

 そんな人間が、揃って己の守護領域に侵入してきたのだ。警戒しないわけがない。



「これは――守護神竜アトランティエとお見受けする。俺はスレッド。生まれ育った村が滅んじまって流浪の身だ。ここへは食いぶちを求めてやってきた」



 スレッドが、さすがに居ずまいを正して答える。

 続いてオールオールが、巨大な蛇竜を見上げて口を開いた。



「あたしはオールオール。知識を蓄え、残すことを使命とする人造の魔女。町が出来上がる過程を知るため、この町に来た……神竜アトランティエ。あなたのこともぜひ知りたい」



 無駄に知識欲を発揮する銀髪幼女に、船頭は顔を真っ青にしている。



「怪しからぬ」



 青き蛇竜は不快気に言い下す。



「――黄土色よ、貴様を町に入れるわけにはいかぬ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!? 俺よりオールオールこいつの理由の方がよっぽど怪しかっただろうがよ!」


「銀色は通ってよい」


「なんでだよ!?」


「貴様からはいやな予感がする……このまま町に滞在させれば将来わしにとって好ましからざる事態になる。そんな予感だ」


「わけがわからねえよ!?」



 スレッドが悲鳴じみた抗議の声を上げる。

 理不尽すぎる言いがかりだが、将来のことを考えれば、あながち間違っていない。

 スレッド・ランドルホフ。アトランティエ王国建国王の父である彼は、後に神竜のもっとも大切なものを奪うことになるのだから。


 この時、スレッドが神竜の言葉に従っていれば、歴史はまた違ったものになっただろう。

 しかし彼は粘った。すぐさま逃げ出したそうな船頭を尻目に、自分が水の町や神竜に対する害意が無いこと。町にとって役立つ人間であることを熱心に主張した。


 その粘りが、ひとつの出会いを産んだ。



「アトランティエ様ー!」



 と、町の手から声がかかった。

 神竜が振り向いた、その視線を追うと、そこに一人の少女がいた。

 年のころは10か11か。顔立ちに幼さの残る、褐色の髪の美少女だ。



「アトランティエ様! むやみに人前に出ちゃめっ! でしょ!」


「し、しかしだな、我が巫女よ。この男は力ある者。みだりに町に入れてはお主に危害が及ばぬともかぎらぬ……」


「大丈夫です! わたしだって強いんです! アトランティエ様の力を授かった巫女なんですから!」



 少女はえっへんと胸を張った。



「――だいいち、危ない人が来たのなら、それこそわたしに任せてください! アトランティエ様をお守りするのがわたしの役目なんですから!」


「う、うむ……」



 ぐいぐい押してくる幼い少女に、神竜は防戦一方。

 スレッドたちは、その様子をあっけにとられて見ているしかない。



「そちらの人たちは、わたしがかわりに調べます! アトランティエ様は水の中でちゃんと傷を癒しててください!」


「わ、わかった。気をつけるのだぞ、我が巫女よ……」



 威厳を粉々に破砕されて、青い神竜は湖に沈んでいった。

 少女はその様子を満足げに見つめてから、船上の二人に視線を向けて。



「こんにちは! わたしはアトランティエ様の巫女アリエル! よろしくお願いしますね!」



 にっこりと笑った。



「なんというか――すげえな……まだ嬢ちゃんと同じくらいの子供ガキなのに」


「実年齢で比べるなら、あたしは生まれたばかりなので正確な表現じゃない。そして精神的にはあたしのほうが成熟していると断固主張する」


「聞こえてますよ! 子供扱いしないでくださいっ! こう見えてもこの町ではけっこう偉い人なんですからねっ!」


「守護神獣の巫女であり、水の町において強い発言力を有する人。なかなか興味がある。でもぜったいあたしの方が大人」



 自信たっぷりに胸を張る幼い少女と、謎の対抗心を見せる銀髪幼女。

 そんな二人の様子に、苦笑しながら。スレッドは岸辺の巫女に声をかける。



「はいはい。お手柔らかに頼むぜ、嬢ちゃん」



 巫女アリエルとスレッドは、こうして出会った。

 幼女趣味のない彼は、将来彼女が自分の妻になることなど、もちろん夢想だにしなかった。






 

また番外編を投稿させていただくかもしれませんが、とりあえずひと段落ということで、完結とさせていただきます!


最後まで物語におつき合いいただき、ありがとうございました!

楽しんでいただけたなら、励みになりますので、下の項目から評価もいただけるとうれしいですっ!


新連載の現代伝奇もの、きみと描く英雄の詩も、興味をお持ちいただけましたらぜひ、おつき合いください!

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