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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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外伝その6 百合の話をしてみよう



 たとえば舞い散る桜のように、強く心を揺さぶる“刹那”がある。

 通学途中。電車の窓側に立ったわたしが見出したのは、その種の美だった。


 すぐ隣を並走する電車の窓辺。

 ふたつの窓越しに隣り合った少女の姿を見て、どきりと心臓が跳ねた。


 長い黒髪、鼻筋の通った楚々たる美少女だった。

 吊り革に手をかけながら、静かに目を伏せて立つ、その姿は、驚くほど絵になっている。


 そんな、一級の絵画のモチーフと目が合った。

 一瞬で、心臓を鷲掴みにされた。電車がべつ方面に向けて離れていき、姿が見えなくなっても、少女の姿が強く心に残った。


 正直に言おう。

 わたしはこの時、直接出会ってすらいない少女に――魅入られた。







「はい、女神様……!」



 真剣な表情で、少女が手を挙げた。

 表情に、まだ幼さの残る少女の名はリディア。

 愛称をリディという、青の都市ライムング太守イザークの孫娘だ。


 女神タツキの私室。

 丸テーブルを囲んで座るのは、少女と女神タツキの二人。

 声を掛けられたタツキは、手に持っていた本から目を離して、少女に顔を向ける。



「なに? リディちゃん」


「デンシャってなんですか?」


「……そりゃわかんないよね……」



 タツキは苦笑交じりのため息をついた。

 元の世界の小説を理解してもらうには、常識の壁がものすごく分厚い。


 事の発端は一冊の本。

 大山脈の霊地に散らばっていた、元居た世界の様々な物の中にあったそれだ。

 元の世界のもの、しかも慣れ親しんだ文字で書かれた物語だ。懐かしさも手伝って、タツキはすでに何度も読み返している。


 タツキが熱心に読んでいるからか、それとも本が纏う独特のオーラに惹かれてか、リディが興味を示したので、朗読してあげていたのだが……なかなか難しい。



「電車ってのは……陸を走る船みたいなもの?」


「……なんとなく想像できます。並走する船の上、目と目が合う二人の少女――なにも起こらないはずがない!!」


「言い方ーっ!? いや、まあ、なにか起こったりするんだけど……」


「やっぱりですか!?」


「まあ、百合モノだしね……」



 偶然惹かれた相手が、父の再婚相手の娘だったことから始まる、姉妹の物語。

 どうやら10巻以上出ているシリーズものらしいのだが、あいにくタツキの手元には最初の巻しか存在しない。


 ちなみにタイトルは百合姉妹ゆり・しす

 そんなタイトルなので、タツキは軍事国家ユリシスの、双璧の娘たちを連想してしまう。あれも妹分は百合だし。



「女神様……がぜん続きが気になってきました!」


「そう? じゃあ続きを読んでこうか」



 百合、と聞いて興奮気味に身を乗り出すリディに、タツキはふたたび本に目を落とし、語り始める。


 朝の少女に心奪われ、気がつけば学校は終わっている。

 その日は父の再婚相手に始めて出会う日だった。複雑な心を消化しきれないまま、待ち合わせの場所に赴き――出会った。


 未来の母の隣に在る、彼女の娘と思しき少女。

 それはまぎれもなく、朝、電車の窓越しに見た少女だった。


 唐突に始まった共同生活の中で、二人はすれ違い、反発しあいながら、やがて強い絆で結ばれていく。

 物語は美しくも、どこか退廃的で、それが読む者の心を強く惹きつける。


 話が終わっても、リディはしばらく陶然とした表情で余韻に浸っていた。



「……リディちゃん?」


「女神様……いいえ、お姉様。素晴らしいお話でしたわ」



 心配になって声をかけると、少女は、なぜか瞳をキラキラとさせながら、作り声で返答する。



「リディちゃん、なぜアルミラさんみたいな口調に……」


「まあ。そんな質問、野暮というものですわ、お姉様……さあ、お風呂――じゃなくておくしかせていただきますわ」


「欲望が漏れてるあたりむしろ影の魔女シェリルさんぽい?」


「はぁ……わたしもこんな恋がしたいですっ――わ!」


「……ほどほどにね?」



 いまはなにを言っても無駄かと、タツキは説得をあきらめた。

 どうせ被害があるとすればタツキかアルミラなので、間違いが起こる心配がないというのもある。



「ああ……でも、本当に素晴らしいお話でしたわ」



 タツキの黄金色の髪を梳きながら、リディは夢見心地で語る。



「そうだねー」


「特に、妹様が背後から抱きついて、想いを告げる下り! あんなの女神様おねえさまのお声でささやかれたら! もう! 完全にダメなやつじゃないですか!」


「ソウダネー」


「女神様、やばいです。頭の中で姉妹の物語が勝手に展開されてます。もうどきどきが止まりません!」


「……なら、いっそ自分で小説書いてみる?」



 少女の目が、大きく見開かれる。

 ぱかーん、と、扉が開いた音を、タツキは聞いた気がした。







 扉がある。

 少女の心の奥深くに在った禁断の扉は、黄金の女神によって開かれ、いままたひとつの物語によって完全に解放された。


 それがいいことなのか、悪いことなのか。

 とにかく少女は元気です。



「女神様! とある国の守護女神様とその巫女との恋愛とかどうでしょうか!!」




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