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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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外伝その4 黄金竜とお話ししよう



 気がつくと、女神タツキは真っ暗な空間に居た。

 突然のことに驚きながら、きょろきょろとあたりを見回す。


 なにも見通せない。

 黄金色に輝く髪の光も、ただ闇に吸い込まれていくだけ。

 そんな中で、不可視の、椅子のようなものに座らされていることだけは、はっきりと知覚出来た。



「ここは……」


「――夢の中」



 凛、と、鈴が鳴った。

 そう錯覚するような、心地よい声。

 同時に、黄金色の光が、眼前に生じた。


 少女だった。

 黄金色に輝く、長い髪。

 眩いまでに白い肌。おそろしく整った顔立ちは、神々しささえ感じる。


 タツキは知っている。

 まったく同じ特徴を持つ者を。



「……私?」



 女神タツキ。

 自分と瓜二つの姿の主は、同じように不可視の椅子に座っている。



「そう、私」



 こくり、と、少女はうなずいた。



「結婚してください」



 タツキはノータイムで告白した。


 長い、長い沈黙が訪れた。

 少女の、タツキに対する目が、得体のしれない生物に向けるそれへと変化していく。



「……正確には、キミが生まれ変わる前は、別だった存在」



 結局無視することに決めたのだろう。

 何事もなかったように、少女は自己紹介を続ける。


 女神タツキを構成する、タツキ以外の存在。

 明言はしていないものの、彼女の言った条件に当てはまる存在は、ひとりしかいない。



「じゃあキミは――黄金竜マニエス」


「その通り」



 少女はうなずいた。


 黄金竜。

 大山脈に住まう古き神。

 千年の長きを生きた古竜。

 女神タツキの物語の……始まりの存在。



「――より正確に言えば、キミの中に沈んでいた、黄金竜マニエスの記憶情報、その断片だよ」


「……うん?」


「様々な要因によって励起したマニエスの情報を、あなたが理解していく過程。それがこの会合だと理解するといい」



 少女の説明を理解しきれないのだろう。

 タツキの目が、思いっきり泳ぎ――彼女は、はたと手を打った。



「さてはキミ、私じゃないな!? そんな難しい説明私がわかるわけないだろ!」


「理解を放棄してるだけで地頭はいいはずだろ忘れるなよ私!?」



 少女の突っ込みに、タツキはやれやれ、とため息をつく。



「人間ってのはよくできたもので、使ってない機能はどんどん退化してくものなんだよ。なのでいまの環境に適応しきった私に、もっとわかりやすく説明してください」


「深く考えるのめんどくさがってるだけだろそれ!? というかすでに人間じゃないだろキミは!?」



 全力の突っ込みに、タツキはにっこりと笑顔を返した。

 今度は少女の方が、深いため息をつく。



「まったく、仕方ないなあ……」


「――好きです」


「おいいまなんで告白した」


「キミがいちいち私のツボを突いてくるので!」


「すこしは自重しなさいよキミは!」


「キミちょっと現実に出て来てくれないかな?」


「出て来れるわけないでしょ!? さっきも言ったけど私はキミの別人格みたいなものなんだから!」


「タツキさんフィギュアを創造して、そこに人格を付与する……いける!!」


「軽いノリで創造神の領域に踏み込むなよキミは!?」


「いちおう神なので!」



 すびしっ! と、勝利ニケのポーズを決める女神タツキ。

 その様子を目にして、少女は、先ほどより深いため息をついた。



「どの道、伝えるべきことを伝えれば、黄金竜の情報わたし女神タツキキミに統合される……おいやめろ。無理やり目覚めようとするんじゃない。私を産みだすことに執念を燃やすのを止めようじゃないか!」


「目覚めろ目覚めろ目覚めろ目覚めろ……」


「落ち着いて話を聞こう! ちゃんとお話してくれたらなんでも言うこと聞いてあげるから」


「聞きます」



 タツキは不可視の椅子の上に、ちょこんと正座する。

 少女が恐ろしい物でも見るような目を向けるが、タツキにとってはそれすらかわいい。



「……先ほど言ったように、私は黄金竜マニエスの記憶、その断片だ。キミが知りえなかった、あるいは推測することしかできなかった真実を、語る事が出来る……たとえば、魔女オニキス。彼女に関して、黄金竜マニエスがどう思っていたか、なんかね」


「それは……すこし興味があるかな」



 タツキが、足を崩して聞く姿勢になる。

 彼女がようやく腰を落ち着けたことに、少女は安堵の息をついた。



「では、話そうか。キミの知らない、ある老竜の想いを」



 そして、少女は語り始める。

 黄金竜マニエスと、魔女オニキスの物語を。







 大陸は、一個の幻獣のようなものだ。

 あまりにも巨大なその体には、魔力の通り道――地脈が縦横に張り巡らされている。


 地脈の集積地、獣でいえば心臓に当たる部分が、大山脈だ。

 霊地――魔力だまりを多く有する大山脈は、多くの幻獣を産してきた。


 あるとき、大陸の心臓は、ひとつの巨大な魔力塊を産みだした。

 大山脈そのものに比肩する魔力の塊は、やがて肉の身を備え、実体となった。それが黄金竜マニエスだ。


 マニエスは、生まれながらに王者だった。

 幻獣同士が覇を競う大山脈の戦乱をまたたく間に終わらせ、己を頂点とした秩序を築き、千年の長きにわたってそれを維持し続けた。



「でも、千年の時を経て黄金竜わたしは老いた。肉体ではなく、心がだ。幻獣にとって、それが死に繋がるものだとわかっていても、自分でどうにかできるものじゃない。ゆるやかに死につつある、そんな中で、黄金竜わたしは一人の女に出会った」



 それが、魔女オニキスだと、少女は言った。


 死んだ目をした女だった。

“国堕とし”の呪いに蝕まれ、栄光と破滅を繰り返す。

 そんなあり方を、不老不死ゆえ永遠に繰り返さねばならない、哀れな女だった。


 老いた竜は、彼女を解放する術を知っていた。

 己の死とともに生み出される、命の種――光の繭と評されるそれに同化すれば、彼女はあらゆる要素に分解されて、幻獣として再構成される。精緻なバランスで編まれた人工の不死は、それゆえ維持することが出来なくなる。


 そのことを、マニエスは彼女に教えた。



「マニエスは、どうして彼女を助けようとしたんだろう?」



 タツキが疑問を口にすると、少女は微笑を浮かべ、答えた。



黄金竜わたしにも打算があったからさ。自分が死ねば、遺されたその光繭ちからを求めて、部下たちの間に激しい争いが起きるのは目に見えていたからね」



 だから、自分の力をオニキスに譲ろうとした。

 自殺願望を持つ彼女に、己もろとも黄金竜の力を始末させようとした。

 そうすれば、マニエスの死後も、大山脈が即座に乱れることはないだろうと、そう考えてのことだ。



「……ん? なら、目論見破れたマニエスが、部下の幻獣たちを殺したのって」


「もちろん怒りもあった。でもそれ以上に、死後の混乱による被害を最小限に治めるためだよ。黄金竜わたしは、死の淵にあっても王者だった……と、いうのが、建前だけどね」



 そこで、少女は唐突に肩をすくめた。



「本音では、別の理由があったと?」


「うん、あった……女神タツキ。キミはなぜ女の子の姿で生まれたんだと思う? 核となったタツキキミは、性別的には男性であったはずなのに」



 思わぬ問いに、タツキは首をひねった。

 生まれ変わるんだから、性別くらい変わってもおかしくないと思うが、少女がそう問うのなら、他にも理由があるんだろう。



「うーん……ひょっとして、黄金竜マニエスがメスだったから?」



 少女が真顔のまま噴いた。

 かなり衝撃的だったのか、動揺を隠さないまま、しばらくして、少女はようやく口を開いた。



「ざ、斬新過ぎる意見だね……」


「ほかにこれといって理由が思い当たらないし……まさか黄金竜マニエスに、女性化願望があった、なんて理由じゃないよね?」


「それがほとんど正解だと言ったら?」


「……はは、まさか。マニエスってこの世界の神様みたいな存在なんでしょ? そんなの実はメスだったって理由なんかより、よっぽど……あれ? そうなの? 本気で?」



 少女の表情を見て、タツキは不安になって尋ねる。



「本気で」



 少女がこくりとうなずく。

 タツキはなんとも言えないような表情を浮かべ。



「……うっわ」


「その反応は、黄金竜マニエスも傷つくと思うんだけど」


「いや、だって……美少女になりたいって熱望するドラゴンって……」


「いや、いやいや、美少女になりたいってわけじゃないんだよ」



 少女があわてて否定するも、タツキは止まらない。



「またまた。そういう趣味の人間も居るって知ってるし……まあ、それがドラゴンだってのは斬新すぎるっていうか、反応に困るけど」


「違う! 黄金竜マニエスの情報を保有する存在として、その意見は断固否定させてもらう!」


「……なら、どういうことなの?」


「黄金竜マニエスは、たったひとりの女性に――魔女オニキスになりたかったんだ」


「それは……」


「わからないかい?」



 首を傾けるタツキに、少女は笑顔で説明する。



「なんのことはない。黄金竜マニエスは、心惹かれていたのさ。彼女にね。その強い妄執が、キミを女性にしたんだろう」



 少女の言葉に、タツキはしばし、考え込んで。



「んー、そっかそっか」



 どこか腑に落ちたように、何度もうなずいた。



「納得してくれたかな?」


「納得、というのとは、ちょっと違うけどね」



 少女の問いに、タツキは答える。


 何度も見てきたことだ。

 神竜アトランティエの好意が、最後には水の都を崩壊させた。

 神鮫アートマルグの好意が、牙の魔女トゥーシアに、人の禁忌に触れるような行いを強いた。

 人造の魔女オールワンの好意が、不死の魔女オニキスを、数百年に及ぶ生き地獄に落とした。

 そして、女神タツキの好意は、ひとりの少女を――アルミラを、半ば人でないものに変えてしまった。



「力ある者の好意は、力のない人間にとって、時に悪意に勝る災厄になる。それをわかってて、それでも人から離れられない……神話になるような幻獣の王様でも、それは変わらないんだな、と思っただけ」


「……そうだね。人と同じく、幻獣の心も揺れる。強大な力に反して、その心は脆弱といっていい。だからこそ幻獣は、人に対して、時に強く、心惹かれてしまうのかもしれない」



 黄金竜マニエスという存在を、タツキは理解する。

 それに伴って、少女が身に纏う黄金色の輝きが、しだいに強くなっていく。

 応じるように、タツキの体から放たれる光もまた、その輝きを増していく。



「私は、人の姿で生まれて、人にものすごく近い距離で生きてる。たぶんそれは、黄金竜きみも望んでたことなんだね」


「その通りだよ、女神タツキわたし



 まばゆい光に、二人の姿が溶けてゆく。

 言葉は消えて、だけどより濃密な意志が溶け込んでくるのを、タツキは感じ、理解した。


 終わるのだ。

 夢の中で開かれた、この不思議な会談が。


 と、そこでタツキは気づく。



「ああっ! 最初にキミ、話を聞いてくれたら私の言うことなんでも聞いてくれるって言ったよね!? 私まだ聞いてもらってない!」



 返事はない。

 ただ、少女の苦笑が伝わってくる。



「約束! 約束したよね! 断片とはいえ幻獣が嘘ついちゃダメだよね! それってズルイと思います!」



 猛抗議するが、やはり返事はない。

 かわりに、温かい心がタツキの体を、ふわりと包んだ。



“――望まれて生まれた女神タツキきみに、祝福を”



 心に響くその声を最後に、タツキの意識は、急速に浮上し始めた。







 タツキが目を覚ますと、自分のベッドの上だった。

 まだ暗い。夜明け前だ。発光する自分の髪がまぶしい。



「夢……」



 つぶやいて、身を起そうとして。

 タツキは自分の腕を枕にして眠るペンギンの存在に気づいた。



「いつのまに……」



 タツキは目を眇めて――ふと気づく。

 ペンギンの体は、淡い光に包まれている。

 ペンギンが身に纏うそれは黄金竜マニエスが残した光の繭、その殻だ。



 ――私の中に眠ってた黄金竜の情報が目覚めたのは、この殻に触れてたからかも。



 そう思って、タツキは天井をながめ、考える。

 逃げられてしまったのは、非常に非常に惜しかったけれど。



「――望まれて生まれた私に、祝福を……か」



 虚空に向けて、タツキはつぶやく。

 そう言った黄金竜マニエスの想いは、受け取った。



「ありがとう。そして喜んでほしい。私は黄金竜キミが望んだように……けっこう楽しんで生きてるよ」



 ――かつての黄金竜わたしに祝福を。



 そう、小さくつぶやいて。

 女神タツキは、タツキさんフィギュアに黄金竜の人格を植えつける試みを始めた。


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