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その12 拠点を手に入れよう



 水の都アトランティエ。

 その外周に建ち並ぶ石造りの家々を、横目で見ながら歩く。

 ぱっと見石を積んだだけで、地震が来たら崩れるんじゃないかと思うけど、あんまり地震がない土地なんだろう。



「このあたりは、比較的新しく入ってきた方々が住んでいますわ」



 アルミラは説明する。



「城郭の内側は、古くからの街並みがあって、その奥にある壁の内は、神殿や王宮などがあります」


「へえ……ホルクさんとか魔女の子はどこに?」


「あの男は、この近くの酒場に住んでおりますわ。オールオール様はもう少し奥まったあたりですわね」


「へえ、魔女の子は、もう少しいいとこに住んでると思ってた」


「オールオール様は“陋巷の魔女”の異名でわかるように、好んで貧民街に居を構えておりますのよ」


「なるほど」



 陋巷、というのがわからなかったけど、わかったふりをする。

 ふんいきはわかるので問題ない。



「私たちはどこに腰を据えようか? アルミラ、あてはある?」


「壁の中の高級宿なら、一軒知っておりますわ。多少値段が張りますけれど」


「ん? 私は別に場末の安宿でもいいけど?」


「そのクラスだと、ほとんど共同部屋に雑魚寝になっちゃうんですわ! タツキさんをむさくるしい男どもの中に放り込むわけにはいけませんわ! 破廉恥ですわ!」



 興奮するアルミラ。

 すぐそういう発想に直結させるアルミラの方が破廉恥だと思います。







 手続きをして門を抜けると、小ぎれいな街並みが広がっている。

 ところどころに水路クリークが走っていて、そこを船で行き来したりするらしい。

 イタリアのヴェニスとか、そんな感じのイメージなんだろうか。行ったことないからわかんないけど。


 ともあれ、私はアルミラに案内されて宿に入り、彼女の助言に従って部屋を取った。

 お金のやりとりをするのは初めてだったので、かなり緊張したけど、ちゃんと金貨は使えたのでほっとした。使ったことない通貨を使うって緊張する。


 案内された部屋は、かなり広かった。

 ベッドも見るからに上等の部類。マットもふかふかだ。



「文明っぽい!」



 私は感動してベッドにダイブする。

 やわらかなおふとん。そしてまくら。

 もう10日以上見てなかった人類の傑作発明の感触を、思うさま満喫する。



「タツキさん、もう寝ちゃいますの? 食事を召し上がらなくても、大丈夫ですの?」


「食事!」



 がばっとはね起きる。

 食事、料理だ。一瞬で目が覚めた。



「ごはん! おゆはん! 食べようっ!」



 急いで宿の人に伝えて、食事を部屋に持ってきてもらう。


 アルミラの分とあわせて、量は普通の倍頼んだ。

 三倍は頼みたいところだったけど、さすがに不自然ぽいので初日は自重。


 待つことしばし。

 運ばれてきた食事はパンとチーズ、炙った鶏肉とソーセージ、肉と野菜のスープ。それに果物。見るからに上等の部類だ。



「文明だ……」



 皿に盛られた料理を前に、私は感激を隠せない。

 思えば私が食べてきたものといえば、生肉だったり生魚だったり、肉や魚の塩漬けだったりと、料理と呼べるものはなかった。


 いま、目の前に料理がある。

 人の手が、火が、人類の創意工夫が加えられた、本物の料理だ。



「――いただきます」


「ちょ、タツキさん、さきに食べようとしないでくださいまし! ネックレスを! 服を取り出さないとわたくし人間に戻れませんわ!」



 アルミラが猛烈に抗議してきたので、私は急いでネックレスを渡す。

 子猫はネックレスから服を取り出して。



「……あんまり見ないでくださいましね?」



 断ってから、人間に戻る。

 たゆん。と、音が鳴った気がした。



 ――ありがとうございます。



 彼女と出会った運命に感謝をささげながら、アルミラに背を向ける。

 衣擦れの音がする背後と、目の前の美味しそうな料理。猛烈な綱引きに、意識がちぎれそうだ。



「……お待たせしましたわ! さあ、食事にいたしましょう!」



 やっぱりちゃんとした食事に飢えてたのか、アルミラは素早く着替えてテーブルについた。

 妙に消耗しちゃったけど、食事の時間だ。



「あらためて、いただきます」



 手を合わせて、パンに手を伸ばす。

 かぶりつくと、香ばしい香りが鼻を抜けていく。


 パンだ。

 そしてチーズだ。

 ウインナーも鶏肉も美味しい。

 主菜のスープも、肉の味がスープによく馴染んでいて、滋味深い。果物も熟しきってて甘い。

 もちろん、ドラゴンの肉ほどのインパクトはないけれど、ウインナーやチーズは、下手すると日本で食べてたのより美味しいんじゃないだろうか。



「生きて帰った、って実感しますわ」



 アルミラは陶然としてる。

 妙に色っぽく見えるので、大変けしからんと思います。







 ともあれ、人心地ついた。

 拠点となる宿も手に入って、正直私もほっとしてる。

 しばらくゆっくり文明を謳歌するのもいいけど、落ち着いてばかりもいられない。



「――タツキさんは、これからどうするおつもりですの?」



 食事の後、アルミラが尋ねてきた。


 予定だと、まずは情報収集、だったけど。

 はて、と考える。どこで情報を集めたらいいのか。

 酒場とかでヒマしてるオジサンにお酒を奢って話を聞けばいいのか、それとも偉い学者さんのとこに押し掛けて聞くのがいいのか……よく考えたら、適任の人が居た。



「私は……まずは魔女さんのところに行って、いろいろ聞いてみたいって思ってる。魔法も教わってみたいし。アルミラは?」


「わたくしは、タツキさんのお手伝いをしたいと思っておりますわ」



 アルミラはそう言って微笑む。



「いいの? 家とかに帰らなくて?」


「ええ。実はわたくし、もう帰る家ってないんですのよ。ですので、後腐れなくタツキさんにお仕え――じゃなくて、お手伝いできますわ」



 なんだかさらっと重いこと言われた気がする。

 まあ、帰るところがないって言うなら、私もいっしょだ。

 アルミラがつき合ってくれるというんなら、正直、心強い。



「うれしいよ。ありがとう、アルミラ。私はまったくの異邦人だから、こっちの事情、ぜんぜん分からないし、いろいろアドバイスしてくれるとうれしい」


「わかりましたわ! わたくしが、タツキさんに、いろいろ教えて差し上げますわ! さしあたっては女性としてのマナーなど!」



 アルミラが元気よく手を振り上げた。

 いや、ありがたい提案だけど、心だけ貰っておきたい。



「……いや、それは」


「問題ですわ! 破廉恥なのですわ! 女神様みたいな神々しいお姿なのに、あんまりがさつなので、心がもやもやするんですわ! お願いだから足を広げて座らないでくださいまし!」


「そこからか……異世界の文化は厳しいな……」


「タツキさん、めんどくさいから全部文化の違いのせいにしてません!?」



 悲しいすれ違いのせいにしたかったが、誤魔化せなかった。







 そんなこんなで、翌日。

 朝から下着のつけ方とか立ち居振る舞いとかを軽く習う……予定だったんだけど、なぜか解放されたのは夕食になってからだった。おのれ異文化め。


 食事のあとは、この国に関しての基本的な知識を教わった。


 いま私たちがいるのは、水の都アトランティエ。

 西部諸邦の雄、国名も同じアトランティエ王国の都だ。

 水運、陸運の要地となっており、諸国から様々な物、人が集まる。


 西部諸邦、というのは大陸西部に林立している小国家群の総称だ。

 その東には、険しい山脈を挟んで大国が存在するらしいけど、私の興味はそこにはない。



「ドラゴンって、この国に住んでるの?」


「住んでない……こともないですけれど」



 ガタッ、とスタンドアップ。



「あ、食べる気ですのね!? だ、ダメですわよ!? このあたりに住んでらっしゃる幻獣種は、たいてい都市や国を庇護している守護神獣って呼ばれる方々なんですからね!」


「あ、そうなの?」



 ドラゴンが食べられると喜んでたけど、さすがに国を守護してる竜を食べるのは……えーと、なにか大義名分があったらよくないかな?



「ものすごく物騒なこと考えてる顔ですわ……」


「気のせいですわ?」



 と、アルミラの真似をしてみる。

 正直……なにかの間違いでもいいから食べてみたいです……






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