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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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115/125

その115 キミといっしょに歩いて行きたい



 目が覚める。


 薄暗い。

 と思ったのは、たぶん洞窟の中だからだろう。

 半身を起こすと、肩から純白の衣が滑り落ちた。


 下は素っ裸だ。

 下着すらつけてない。

 右手を見ると、うっすらと血がついてる。

 オニキスの胸を貫いた時についたやつだ。

 拭った跡があるのは、アルミラが拭いてくれたからだろうけど……


 あたりを見回す。


 アルミラは居ない。

 ペンギンさんは隣でおじゃおじゃと寝息を立ててる。


 この子が看病してくれたんだろうか。

 いや、最後に見たアルミラが幻のはずないし、体にかかってた衣も本物だ。



「アルミラ?」



 声をかけるけど、返事はない。

 かわりに、くう、と、お腹が鳴った。



「……おなかすいた」



 思わずつぶやく。

 お腹が、ひどく減っている。


 なにか食べたい。

 お肉にかぶりつきたい。

 ペンギンさん……いや、だめだ。仮にも命の恩ペンだ。


 我慢できなくて、右腕に残ってる竜の血をぺろりと舐める。

 ……すっごくおいしいんだけど。あの凶竜の血とは思えない。


 ペロペロなめながら、あたりを見回す。

 崩れたりして様子が変わってるけど、ここは黄金竜マニエスの洞窟の中だろう。

 だったら、外の砕けた台地には、黒竜のお肉が残ってるはずだ。それ以外に水や食糧も、ペンダントがあれば手に入る。これも黒竜のそばにあるはずだ。


 ふらふらと歩いて、外に出る。

 台地は亀裂だらけ、あちこち崩れててとんでもないことになってたけど、黒竜はちゃんとあった。



 ――肉だ。



 我慢できず、風を纏って飛びあがる。

 消耗しきっていた魔力は、霊地で寝てたせいだろうか。半分くらいには回復してる。腹ペコでガス欠感はんぱないけど。


 あやしい制御でふらふらと飛びながら、なんとか黒竜の腹に降り立つ。

 刃物が欲しいとこだけど、ペンダントも風竜の爪も竜槍ブレスも見つからない。

 仕方なく、黒竜の胸に空いた穴に手を突っ込み、肉を引きちぎって口に放り込む。


 口中を抜ける芳醇な香り。

 水竜よりも濃厚で、風竜よりも複雑に編まれた暴力的な旨味。

 血は、丁寧に熟成させた果実酒のような深みのあるコクを備えていて、それが天然のソースとして肉に絡みついている。


 美味しい。

 渇いた体に、みずみずしい魔力が駆け廻り、体が火照ってくる。



「――んんっ」



 深い陶酔感に、思わず声を上げる。


 肉をつかみ取り、夢中で口に運ぶ。

 その作業が止まらない。止められない。

 味の快楽におぼれながら、生きている実感を噛みしめて。


 あきれたような、アルミラの視線に気づいた。



「タツキさん……」


「ごめんなさい」



 純白の衣を小脇に抱えたアルミラさん(金髪)にジト目を向けられて、私は頭を下げた。







「まったく、ちっとも目を覚まさないので心配していましたのに」



 手に着いた血を拭い、純白の衣を着せると、アルミラはぼやくように言った。


 私が気を失った後、アルミラは私をずっと見ていてくれたらしい。

 それが、お花摘み(暗喩)のためにすこし目を離した隙に居なくなってて、心配してたら外で元気にドラゴンを食べてたんだから、まあ、ごめんなさいと言うしかない。



「ごめん。あらためて、ありがとう、アルミラ。助けれくれて」


「いいえ、タツキさんには、これまでずっと助けていただいてたんですから、これくらいなんのそのですわ!」



 ぎゅっと手を握るアルミラさん(金髪)。


 いまさらだけど、茶色だったアルミラの髪が、黄金色になってる。

 黄金色は、黄金竜マニエスの転生体である私の特徴だ。ということは。



「お察しの通りですわ」



 私の視線から察したのか、アルミラはうなずいた。


 陋巷の魔女オールオールが私の血から精製した丸薬。

 私の“勇者”を作るためのそれを、アルミラは飲んだのだ。



 ――勇者になる。



 その意味は、軽くない。

 人間から外れた、超常の力を手に入れる。

 特に、もともと勇者の血を引くアルミラは、生まれつき魔力への親和性が高い。

 こういう人間――魔法使いや魔女とか言われる存在が、さらに力を得ると、在り方が幻獣に近くなる。

 意志の続く限り生き続ける。そんな存在になってしまうかもしれないってのは、オールオールちゃんも言ってた。


 力と長寿を得る。

 それは、けっして幸福なことじゃない。

 だから私は、アルミラに薬を渡した時に、ひとつ、条件をつけた。

 エレインくん、ホルクさん、オールオールちゃん……彼女の幸福を願う三人の同意が無ければ、飲んじゃだめだと。



「タツキさんに助けを求められて……力が必要だと思いました」



 静かに、アルミラは事情を語る。



「幻獣魔獣の住処である大山脈。そこへ、ただ行くだけのことが、あまりにも難しかったんです。オールオール様に頼もうにも、あの方は遠く西の彼方アトランティエです。槌の魔女リーリン様は……あの方の不在は、ご多忙な影の魔女シェリル様の精神いのちに関わることですし……名持ちの魔女であるあの方々でさえも、大山脈では安全ではありません。危機にあるタツキさんをお助けすることを考えれば、やはり力不足は否めません」


「ニワトリさんは?」


「ローデシア南部諸侯の幻獣ににらみを利かせるあの方に動いていただくのは、極めて危険でした。ほかに手段がないのであれば、無理を押してお願いしたと思いますけれど――幸い、わたくしの手には、すべてを解決する丸薬しゅだんが残されておりました」



 にっこりと笑うアルミラさん。

 後悔とか後ろめたさとか微塵もなさそうに見えて、逆に心配になってくる。



「オールオールたちには」


「許可をもぎ取りましたわ。もともとどうやって説得しようかと思っておりましたので、いい機会でした」


「いい機会て」


「タツキさん」



 アルミラが、じいっと私を見つめる。

 布みたいな衣を羽織っただけなので、ちょっと恥ずかしいです。



「タツキさんは、わたくしの事を、わたくしの将来を思って、人として生きる道を残して下さいましたけれど……わたくしの望みは、願いは、ずっと変わっておりません」



 大切なものを抱くように、アルミラは胸に両手を重ね置く。



「――タツキさんのお側に居たい。タツキさんの力になりたい。それが、わたくしの願いですわ」


「アルミラ……」



 まっすぐな願いに、うるっとしながら……悟った。


 私は、知らないうちに求めてたんだ。

 人間として生活し、人間としての幸せを得て、人間としての一生を送る。そんな彼女の姿を。

 人として幸せに生きていく、私が無くしたそんな生活を、私のかわりに送って欲しかったんだ。だから丸薬を飲むのに条件をつけた。


 だけど、それは独りよがりだ。

 神の、人から外れた人間の、勝手な押し付けだった。

 オニキスを不死にした魔女オールワンとは逆の、だけど迷惑な好意だった。


 アルミラは、選んだんだ。

 勇者となることを。私の傍に居ることを。

 だから……たぶん私は、素直に喜んでいいんだろうと思う。

 これからの生を、ともに歩く友が、パートナーが、できたことを。



黄金竜わたしの力を手に入れたなら」



 浮かんだ涙を拭いながら、私は笑顔をつくる。



「ドラゴンだって、いっしょに食べられるかもしれないね」


「ええ。正直、ああ・・なっちゃうのは、破廉恥なのでアレなのですが……」



 ……そんなに破廉恥なんだろうか、食べてる時の私。



「でも、タツキさんといっしょなら」



 アルミラは、そう言って微笑む。


 そう、いっしょなら。

 人から外れて、神様になった。

 敵対する神獣を倒し喰らい、数多くの国を守る、守護女神になった。

 元の世界に渡る手段が見つかったとしても、元の私はもう居ない。もうだれ一人、私を私だと認めてくれない。


 私は独りだ。この世界に、同類なんて居ない。

 だけど、アルミラといっしょなら、寂しくない。

 アルミラといっしょなら、どこででも生きていける。



「うん、ずっと、いっしょに」



 アルミラの手を取り、握りしめる。

 絶対に離すもんかと、心に誓いながら。



「――でも、まずはご飯にしよう。アルミラ、キミに食べてほしいものがあるんだ……私の、遠い遠い故郷の食べ物が」



 ともに歩く幸せを、私は感じていた。




「ドラゴンさんのお肉を食べたい」におつき合いいただき、ありがとうございます。

次回エピローグになります。

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