表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/125

その114 竜の呪いに抗おう



 哄笑が頭に響く。

 肉声じゃない。声を発する力は、オニキスには残されていない。

 だけど、私の脇腹に突き立った爪。そこに込められた魔力から、オニキスの意志が伝わってくる。



 ――決めてたの。逃げられないってわかったときから。



 薄暗い喜びに満ちた意志が、伝わってくる。



 ――ぜったい、あなたを道連れにしてやるって。



 けらけら、と、哂い声が脳内に響く。

 思考にまとわりつく哄笑は、しかし、しだいに弱くなっていく。

 オニキスから、命の残り火、その最後の一片が消えようとしている。


 突き刺した腕から、それを感じて。

 どくり、と、おぞましいなにかが流れ込んできた。



 ――や……ば、い……



 かき乱される意識を、必死で繋ぎとめる。


 傷自体は致命傷じゃない。

 半ば魔法の領域にある私の命には、届いていない。


 だけど、突き刺された爪先から流れ来る、暴力的な悪意が。

 冒涜的な呪いが、絶え間なく私の意識を犯し、冒し、浸蝕おかしつづける。


 動けない。

 思考が乱れる。

 存在が解かれていく。

 抗うことに、意識を繋ぎとめることに精いっぱいで、指一歩動かせない。


 いや、動けないだけじゃない。


 最初に視界が消えた。

 つぎに触感が消えた。

 嗅覚が、聴覚が消え……最後に時間が消えた。


 あるのは意識だけ。

 浸蝕し続ける漆黒の悪意に抗う。

 それだけは、かろうじて出来てる。


 そのまま、どれくらいの時が過ぎたんだろうか。

 数秒ってことはないだろうけど、年単位で過ぎてても驚かない。

 そんな狂った時間感覚のなか、アルミラを、アトランティエを、この世界で出会ったみんなのことを考えながら、意識を保ち続けて。


 ふいに、音が聞こえた。


 音だ。

 消えたはずの聴覚が、ぺし、ぺし、という音を確かに捕えた。



「――大丈夫でおじゃるか?」



 ――ペンギンさんの声だ。



 そう考えた、瞬間。

 世界が色を取り戻した。

 あらゆる感覚が戻ってきた。



 ――うっ!



 脇腹の痛みが、さらに意識を覚醒させる。

 意識のせめぎ合いは、なんら有利になったわけじゃない。

 だけど、ペンギンさんが与えてる感覚が、不思議と意識を奮い立たせてる。



「ごめん、ペンギンさん、ちょっと叩き続けといて。じゃないと意識を繋げてられない」


「ほむ?……こうであるか?」



 ぺち、ぺち……



 なんでお尻を叩くのか。

 裸だから完全にお尻ペンペンだ。


 いや、この際なんでもいい。

 ペンギンさんにこれ以上のことは期待できないし、まだ死ぬわけにはいかない。



 ――ここは、賭けに出る。



「んっ」



 口の中から、ペンダントを取り出す。

 宝石と飾り台以外燃え尽きちゃってるから、もはやペンダントといっていいものかわからないけど。



「ペンギンさん、もっと強く!」


「わ、わかったでおじゃる!」



 なんだかとんでもないプレイをしてる気がするけど、私は必死だ。

 お尻から伝わってくる衝撃と、脇腹の痛みに縋りながら、意識を振り絞り、念じる。


 宝石から出したのは、通信羽根。

 念じるのは――呼びかける先は、たった一人。



「……タツキさん?」



 アルミラの声だ。

 そう思うと、力が湧いてくる。

 思考を乱し続ける悪意に、抗える。



「――タツキさん、ご無事ですの? 連絡も通じないし、心配しておりましたのよ?」


「ごめん、死にかけてる……アルミラに、無理を言っていいかな?」



 はっ、と、息を呑んで。

 アルミラは「お聞きしますわ」と返す。



「――助けて」



 言葉なんて飾らない。

 精一杯の声で、私は助けを求める。



「助けて、アルミラ。私は……みんなと生きたい」


「任せてくださいましっ!!」



 力強い返事が返って来る。



「――この、命に代えても……わたくしが、タツキさんをお救いしますわっ!!」







 時間が過ぎる。

 どれくらい過ぎてるのかわからないけど、ペンギンさんが時々ぺちぺちしてくれてるから、なんとか意識は保っていられる。


 黒い意識は、いまだ私を蝕み続けてる。

 オニキスの、私に対する悪意が、黄金竜に対する怨嗟が、世界に対する呪詛が。絡みついて離れない。


 オニキスは――世界すべてに悪意を向けた黒竜は、なにも成せないまま滅びた。

 その執念が、私を堕とそうと意識をかき乱し続ける。やがて、意識がぶつ切りになりはじめた。


 そのたびに、心が削られていくのがわかる。

 このまま続けば、早晩、私の意識は闇に染まるだろう。


 だけど、あきらめない。

 アルミラを頼ってしまったんだ。

 ほとんどの幻獣が滅びたとはいえ、大山脈は危険な地だ。

 だけど、危険を冒して、アルミラは来てくれるだろう。そしてアルミラは、きっとたどり着く。



 ――アルミラに。命をかけて助けに来てくれるアルミラに、私の死体なんか見せられない!



 心を高ぶらせる。

 意志を固く固く守る。

 手放さない。なにひとつ。

 私の心は、オニキスなんかに渡しはしない!


 抗う。

 意識にまとわりついた闇を振り払う。

 だけど、オニキスの執念は衰えを見せない。

 それでも、侵食する闇に抗い続ける。一分でも、一秒でも長く、待ち続けるために。


 五感はすでにない。


 私は、起きてるんだろうか。

 それとも寝転んでるんだろうか。


 抗うために叫んでるんだろうか。

 それとも唸り続けてるんだろうか。


 わからない。

 ただ、意識はまだある。

 まだ……まだ……



 ――あ。



 ふいに、心に光が差した。

 黄金に例えられるそれは、漆黒の呪いを外から切り裂いて。



「お――おおおおおおおおおおおっ!!」



 吼えた。

 呪詛が緩んだ、その機会を逃さず、全力で魔力を込め、闇を吹き飛ばす。


 視界が戻る。

 いつのまにか、膝立ちになってたらしい。

 両手を広げ、仰ぐ空は、涙が出るほどにまぶしくて。



「タツキさん……」



 声が聞こえる。

 視界の端に太陽がのぞいた。


 いや、太陽じゃない。

 太陽と見まごうまでの、黄金色の髪。


 その持ち主は。

 見慣れた顔の、大切な友達は。

 アルミラは、心配げに様子をうかがってる。


 その髪はどうしたんだとか。

 どうやってここまで来れたんだとか。

 どうしてオニキスの――竜種の呪詛に対抗できたんだとか。

 いろいろと疑問はあったけど……もう、意識を保ってられそうにない。


 だから私は、本当に必要な言葉だけを告げて、意識を手放す。



「――ありがとう、アルミラ……信じてた」


「――光栄ですわ。タツキさん」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ