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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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113/125

その113 漆黒の竜と戦おう



 黄金きんの光が奔る。

 漆黒の闇が膨れ上がる。


 私とオニキス。

 彼我の距離は約10m。

 その、ちょうど中間点で、光と闇がせめぎ合ってる。


 攻撃じゃない。ただの闘志。

 これは、そのほとばしりでしかない。

 それでも、台地は悲鳴を上げている。空が鳴いている。


 それも当然か。

 神と神。その最強クラス二人の戦いだ。

 かつて、高位の幻獣である水竜アルタージェと神竜アトランティエが戦った時には、海は荒れ、海岸には絶えず大波が押し寄せて、沿岸には人が住めなかったという。


 私たちが戦ったら、大山脈が消し飛んでも不思議じゃない。

 大げさに伝えられてるだけかもだし、そもそもそこまで戦いを長びかせるつもりはないけど……巻き込んじゃったらごめんねペンギンさん。大人しく成仏してください。


 心の中でお祈りして、魔力を強く込める。

 光が強くなる……が、闇は光の侵入を阻み続ける。

 よく見ると、オニキスの放つ闇。その境界は、ゆらゆらと揺らめいている。まるで炎のように。



 ――マズいかも。



 不吉な予感がする。

 黄金の光を浸食し続ける闇の炎。

 オニキスが無意識に放つ闘志が、炎を象るとすれば、彼女が放つ魔法は。闇の吐息は。



「喰らっちゃえ! あたしの憎悪!」



 黒竜の顎が大きく開く。

 口中に闇が生じ、それが漆黒の炎と化す――やばい!


 とっさに選択したのは攻撃。

 それも、考え得る最強の。



「黄金の――炎よ!」



 鉢合わせたふたつの掌。その狭間から、黄金の光が生じる。

 それは炎となって爆発的に膨れ上がり……黄金と黒、二色の炎がぶつかり合った、瞬間。



 ――地が割れた。



 せめぎ合う二色の炎。

 その左右から奔る衝撃波が、彼方の山を、たやすく割り砕く。



 ――なんて威力!



 大山脈に生じた大断裂に、冷や汗をかく。


 黄金の炎と拮抗する炎。

 間違いない。オニキスが放ったのは……



「……黒の炎」



 小さくつぶやく。

 概念において最上位とされる冥界の炎だ。

 彼女自身は冥界の性を持ってるわけじゃないけど……



「前世も、今も――あたしは生まれながらに真正の黒を帯びてた。だったら、火竜の生まれ変わりであるあたしが放つ炎が黒くても、おかしくないでしょ?」



 オニキスが目を細める。

 そうだ。大事なのは概念だ。黒の炎は最上位と定められている以上、炎の色が黒なら、それは最上位の威力を有して居なくてはならない。

 もちろん、人間に制御できるレベルじゃないんだろうけど……火竜の繭から生まれたオニキスなら、炎の制御はお手の物だろう。


 だけど、それはこっちも同じ。



「光の炎。おとぎ話だけの存在だと思ってたわ」


「そのおとぎ話に出てくる、黄金竜マニエスの生まれ変わりが私だよ。使えないはずがない」



 地味に布教工作とかして、黄金の炎を操れる設定を生やしてたしね。

 威力が読めないから冷や汗ものだったけど、私が黄金竜の生まれ変わりだってのなら、ぶっつけ本番でもなんとかなるって信じてた。魔力の消費も半端ないけど、それは敵も同じだ。



「憎いなあ!」



 愉しそうに吐き捨てる彼女の瞳には、私への憎悪が色濃く残っている。

 最初に闇の吐息を食らった時、憎悪も丸ごと吐き出して、毒が抜けたみたいな感じになってたけど。



「不思議かな? 女神タツキ」



 私の疑問を察したのか、黒竜が問いかけてくる。



「火竜神殿でああなっちゃったのは、存在が安定する前だったから。核となる意志が魔法といっしょに排出されるほど不安定だったから……今はちゃんと、あなたのことが憎いよ。憎くて憎くて……殺しちゃいたいくらい」


「安心したよ。存在が安定したのなら、地脈に潜る裏技も使えないんでしょ? 今度はぜったに逃がさない」


「逃げるつもりもないよ。たぶん逃げ切れないし」



 宣言する私に、オニキスは哂う。



「あなたは、黄金竜マニエスの生まれ変わりである女神タツキは、あたしがあたしのすべてを引き換えにしても――殺したい相手だから」



 瞬間。

 乾いた音を立てて、オニキスの足元が割れた。



「――っ、黄金の炎よ!」



 とっさにペンダントを口にくわえ、黄金の炎を身に纏う。

 直後、漆黒の炎が、足元から吹きあがった。



「くうっ!」



 黄金の炎は、黒の炎を寄せ付けない。

 しかし、ぶつかり合った二色の炎は、台地に大きな亀裂を生じさせた。


 そして服が燃えた。

 いつもなら私を守ってくれるはずの風竜の貫頭衣も全滅だ。命には代えられないけど、思い出の品が燃えて悲しい。羽根とかの小物を先に仕舞っといたのは、不幸中の幸いだ。



 ――ごめんね風竜エルクさんの翼。終わったらもう一着作らせてもらいます!



 ちょっぴり涙目になりながら、私は両掌を鉢合わせ、オニキスに向かって開く。



「お返しっ!」



 宝石を咥えてるので、もごもごしながら黄金の炎を放つ。


 黒竜は翼を広げて身を翻した。

 生じた空隙を、黄金の炎が高速で駆け抜けていく。

 炎の余波が黒竜の鱗を焼いたのか、オニキスが短い悲鳴を上げる。



 ――躱された! でも、ダメージはある!



「痛い痛い痛い――憎い憎い憎い!」



 吼え叫びながら、黒竜が突進してくる。

 鋭い爪を持つ前足が、大きく振り上げられる。



 ――そっちが爪なら!



 短く念じて、宝石から風竜の爪を取り出す。

 空中で爪をキャッチして、使うは必殺の攻撃魔法。



「――空破断エアリアルリッパー!!」



 横一文字。

 生じた大気の刃が、黒竜に襲いかかる。



「くっ」



 オニキスはとっさに頭を抱え、硬い竜鱗で身を守る。

 魔力で強化もされているのか、神鮫を、神牛の命を刈った大気の刃は、黒竜の鱗に傷をつけただけだった。



「痛い痛い痛い痛いイタイイタイ!」



 悲鳴が上がる。

 黒竜の動きが止まった。



 ――賭けるなら、今!



 魔力を集中する。

 台地に霧が生じる。

 霧は、亀裂だらけとなった台地に、またたくまに浸透していき。



「――霧の吐息ミストブレス!」



 黒竜を、その足元からしたたかに打った。



「ぎいっ!」



 中に放りあげられたオニキスが、翼を広げ、姿勢を制御しようとして。



「――霧の吐息ミストブレス!」



 二撃目が黒竜の翼をしたたかに打った。

 霧のある場所なら、どこからでも打てる。

 威力こそ低いが、必殺の一撃を叩き込むための牽制としては最高の魔法だ。



 ――アルミラの、アトランティエの得意魔法……意趣返しってわけじゃないけど!



「――霧よ!」



 ふたたび霧を生じさせながら、念じる。

 直後、黄金の髪を靡かせながら、まばゆい裸体の主が黒竜に襲いかかる。私だけど。



「くっ!」



 黒竜は、ままならぬ姿勢のまま黒い炎を吐く。

 それは一直線に飛んで行く私に、カウンターの形で直撃した……はずだった。



「陽炎」



 口の中で小さくつぶやく。

 神牛ガーランの使った、陽炎の魔法。

 黒の炎は私の横を通り過ぎていっただけだ。


 黒竜が驚き戸惑うその間に、私は風竜の刃を構えて肉薄する。



「――うわあああああああっ!」



 オニキスが絶叫する。

 私の眼前に、漆黒の炎が生じる。

 それは、とっさに対応できない私を否応なしに巻き込んで……



「はあ、はあ、はあ……」



 オニキスが息を切らす。

 体のあちこちが焼け焦げている。


 当然だ。黄金竜マニエスの転生体であり、伝承で補完した女神タツキとは違うのだ。

 黒の炎は最上位の概念を持つ冥界の炎だが、黒竜オニキスは冥界の竜ではない。己の炎に耐えられるようには出来ていない。


 だが、多大な犠牲と引き換えに、オニキスは女神タツキを冥界の炎で焼きつくした。



「……やった? やった! やった! あたしは死んでない! 生きて、まだ恨みを晴らしていける! 世界をこの黒の炎で覆って、みんなみんな冥府に落としてやれる!」



 ――わけがない・・・・・



 刹那、地を覆う霧の中から踊り上がった私は、黒竜の懐へ潜りこむ。

 黒の炎で焼かれたのはタツキさんフィギュア――神鮫アートマルグの“軍勢”の魔法で造り出した分身体だ。


 さきほど突いたのは、物理的な隙。

 加えて心理的な隙をついた、今度は確実な必殺の好機。

 手に持つは槌の魔女リーリンが竜の牙より創りだした地上最強の武器――竜槍ブレス。


 そこにありったけの魔力を込めて――穿つ!



「おおおおおおっ!!」



 吼える。

 魔力が狂い猛り、純白の竜槍が、鈴の音のような共鳴音を響かせる。



「――!!」



 オニキスが、声にならない悲鳴を上げた。

 鱗はすでにぼろぼろだ。オニキスに、ふたたび黒の炎に耐える力はない。

 いや、たとえ黒の炎を使ったとしても、私は黄金の炎でそれを防いでみせる。

 武器が燃え尽きても、身ひとつででも、黒竜の心臓をぶち破ってみせる……終わらせるんだ! ここで!



「――っおおおおおおっ!!」



 衝突する。

 手ごたえは無かった。

 あまりにも威力が集約され過ぎたためだろう。

 竜槍ブレスの穂先は抵抗なく黒竜の心臓を穿ち。

 腕が、肩の付け根まで潜りこんで――体が、黒竜の胸にぶち当たった。



「くっ」



 衝撃に、すこしだけ息を漏らす。

 大魔法の多用と最後の一撃で、魔力残量はすでに心もとない。



 ――でも、勝てた。ここで終わらせられた……



 オニキスは致命傷だ。

 魔力で浮いてはいるが、やがて地に墜ちるだろう。

 彼女は死ぬ。すでにそれは避けようのない事実だ。



 ――これで帰れる。みんなのところへ。



 そう、考えてしまった。

 彼女の執念を舐めていた。

 滅びても敵を殺す・・・・・・・・という破滅的な怨念を理解できなかった。


 だが、理解出来ていたところで。

 漆黒の胸に腕を突き込んだ、身動きの取れないその状況で、なにが出来ただろうか。


 ずぶり、と音がした。

 灼熱が、脇腹を焼く。気がつくと、オニキスの爪――漆黒のそれが、脇の下に突き刺さっている。



「――あ」



 声が、自然と漏れる。

 信じられない。突き刺さった――前足から一本だけ伸ばされた爪と、黒竜の顔を見る。


 黒竜の瞳は、すでに光を失っている。

 光を失いながらも、死にゆく黒竜は――哂った。


 けらけら。

 けらけら、けらけら、けらけら。


 けらけらけらけらけらけらけらけらけら。


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