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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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112/125

その112 戦いを始めよう



 夜が明ける。

 洞窟の入り口でそれを見ながら、あたりを見回す。

 東の山の稜線が、いまだ顔を見せない日の光を受けて、輝きはじめている。



 ――オニキスの狙いが、マニエス配下の幻獣たちなら。



 考える。

 オニキスが、私並に前世の意識を維持してるってことはない。

 前世の経験を、記憶じゃなく、記録として感じている、みたいなことを匂わせてたし。


 ただ、それでも憎しみは残っていた。

 彼女が私を避け、なおかつ直近にして最大の恨みを晴らそうとしてるなら。

 黄金竜の配下たちを求めてこの地を訪れ、当人不在のねぐらを探し続けているのなら。


 最後に行きつくのは、きっとここ――黄金竜マニエスの神域だ。



「ふわ……麿はもう寝てもいいでおじゃるか?」



 ペンギンさんがあくびをかみ殺しながら尋ねてくる。



「いや、別につき合わなくてもよかったんだけど……奥で寝てていいよ」


「そんな、つれないお言葉。麿は寂しくてグァグァグァ」



 だからなぜ途中で野生に還るのか。



「いいから寝てて。下手するとこの辺一帯崩壊しかねないから」


「麿のおうちでなにが起こるんでおじゃるか!?」


「……神話大戦?」


「ほむ? ほほう、神話大戦……なにやら雅な響きでおじゃるな?」


「やめて。興味持たないで。キミを守りながらアレを相手にするとか正直無理だから」


「大丈夫でおじゃろう。こう見えても麿は黄金竜マニエスでおじゃるよ。ピンチになればきっと無敵の力が目覚めたりとかするでおじゃる!」


「存在しない眠ってる力に期待しないで!」



 全力で突っ込む。


 結局、ペンギンさんは私のお願いを聞いて、大人しく奥に引っ込んでくれた。

 脅して無理やり避難させたともいう。巻き込んじゃったら寝覚め悪いし仕方ないよね。







 気がつけば、山の端から日が差してる。

 日に照らされ、昨日はよく見えなかった台地の惨状がわかってきた。


 散乱する幻獣の死体。

 無残に刻み散らされた惨殺体は、それを成した黄金竜の恐ろしさと、怒りの深さを感じさせる。

 種類は豊富で、複数の竜に、鳥類、山羊っぽいものまである。どれほどの期間放置されてるのかはわからないけど、腐ってる感じはしない。


 ほかにも転がってるものがある。

 小さい物が多くて、この距離じゃ目を凝らしてもわからないけど、たぶんあっちの世界の物。



「ネックレスに回収――しときたいとこだけど」



 すこし迷う。

 この台地が、私の世界と繋がったのはたしかだ。

 おそらく、霊地と幻獣の肉によって満ちた魔力など、いろいろと条件があるに違いない。

 それが再現可能かどうか、検証するには、現場の保存が必須だ。お肉の配置をすこしでも変えれば、二度と再現出来ないかもしれない。



「……でもまあ、迷うことじゃないか」



 オニキスを倒す。

 それが最優先事項だ。

 よけいな未練に気をとられて逃がしちゃったら、元も子もない。


 未練がないわけじゃない。執着は、むしろ強い。

 だからこそ、放ってはおけない。気持ちに区切りをつけておかなきゃいけない。



「この神域この台地にある、あらゆるものよ、ここに――この仮初の海に沈んで……!」



 念じて、命じる。

 ただそれだけで、台地に転がっていた無数の肉も異界の産物も、ネックレスの中に収まってしまった。



「まっさらで、まっ平らだ」



 きれいになった台地をながめながら、つぶやく。


 どこかで見た光景だ、と思った。

 記憶をたどって探すと、答えは見つかった。


 生贄の祭壇。

 西海の果ての、絶海の孤島。

 私にとっての、始まりの地だ。



「気がついたらあんな場所で、とにかくお腹が減ってて……目の前にあったドラゴンの肉に齧りついたっけ」



 いまでも覚えている、甘美な食体験。

 あれが私の在り方を決めた。



「それから、猫のアルミラが流れ着いてきたんだ……いま思うと、ただのしゃべる猫だと思ってナチュラルにセクハラかましまくってた気がする」



 ナデナデしたり胸を触ったり。

 アルミラさんごめんなさい。



「それから、船を作って島から脱出して……」



 思い返す。

 魔女オールオールに出会った。

 水竜アトランティエと戦った。

 エレイン王子を助けて、アトランティエ王国を復興に力を貸した。

 神鮫アートマルグを倒した。神鳥ドルドゥと出会った。赤の神牛ガーランを狩りに行った。


 神の料理人ロザンと出会った。

 体の芯が震えるほどの感動を味わった。

 料理というもののすごさを、身にしみて知った。


 それから、アトランティエの守護女神になった。

 ユリシスの守護女神になった。守るものがどんどん増えていった。

 牙の魔女トゥーシアに出会った。槌の魔女リーリンに出会った。影の魔女シェリルに出会った……そして、不死の魔女オニキスに出会った。


 それから、この場所で。

 自分が何者か、知った。


 そして今。



「――来た」



 南の空から飛来する影。

 それが、漆黒の竜だと確信できるほど近づくまで待って、私は洞窟を出た。


 この距離なら、たとえ逃げても飛んで追いつける。

 それを、相手も察したのだろう。黒竜は逃げることなく、台地に降り立った。



「やあ」



 近づいて、声をかける。

 漆黒の竜は、うっとうしそうに、尾を地面に打ちつける。



「……わざわざ追いかけてきたの? 正直あなたと戦いたくないんだけど」


「悪いけど、こっちにも戦う理由があるからね」


「理由?」


「ひとつはキミを止めること。もうひとつは、キミを食べること」



 まっすぐに語る。

 言葉を飾ろうと思えば、出来る。

 悪竜から世界を守る。そのために、滅ぼす。完全無欠の正義だろう。


 だけど、言葉で飾れば想いは濁る。

 想いを純化させるために、私は自分の欲を肯定する。

 私は、私の欲のために彼女を倒す。それでいい。私は――幻獣かみなんだから。



「……オニキスのいろんな経験のなかにも、さすがに人の姿をした者に食べられた記録はないわね……人以外になら食べられた事はあるけど」



 黒竜が、あきれたように言った。

 なんというか、しかたねーなこの人は、みたいな表情をされてる気がする……ドラゴンの表情とか読めないけど。



「黄金竜マニエスは? 配下の幻獣たちは?」


「みんな死んだよ。さっきまでは、この台地に散らばってたんだけどね」


「……死んだ?」


「うん。キミを――いや、魔女オニキスを奪われた黄金竜マニエスは、怒りにまかせて幻獣たちを殺し、自らも心の支えを失って死を迎え、光の繭になった」


「その、繭は?」


「私」



 自らを指差すと、オニキスは目を瞬かせた。



「状況から見て、私が黄金竜の生まれ変わりっぽい」


「……あなたが?」


「うん」


「オニキスが殺したはずの巫女アルミラを救い、オニキスが得るはずだったアトランティエ王国の守護女神となり、影の魔女シェリルとともに火竜王を追ったあなたが……オニキスに死を――“死のある生”を与えてくれるはずだった黄金竜マニエスだっていうの?」


「うん」


「あたしが恨みを晴らすはずだった幻獣どもをすべて殺して、勝手に死んだ黄金竜マニエスが、あなただっていうの?」


「だったら――」



 ――なんて、憎らしい。



 そう、黒竜はつぶやいた。

 瞳には、憎悪の炎がはっきりと宿っている。



「気が変わったわ。あたしの体を焼き焦がすこの恨み、炎に変えて全部あなたにぶつけてやる!」


「望む所だよ、オニキス――さあ、すべてに決着をつけよう!」



 たがいに魔力を解放する。

 黄金と漆黒の光が、台地を奔った。




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