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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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111/125

その111 風竜さんのお話を聞こう



 やばい。

 とっさに考えた時には、手遅れだった。

 どうしようもない感情の波が、準備も何も出来てない、無防備な心を浚っていく。



「――っ!」



 涙が、ほほを伝い落ちた。


 これは反則だ。

 単純にカップラーメンが懐かしいって話じゃない。

 カップラーメンを通して、日本での日常の記憶が、怒涛のごとく押し寄せて来てる。


 懐かしい。

 懐かしい。

 慕わしい。

 戻りたい。

 取り戻したい。

 帰りたい――会いたい食べたい見たい聞きたい感じたい!



「くぅっ!」



 必死で涙をこらえる。

 だめだ。我慢できそうにない。

 こんなとき、アルミラが側にいてくれたら。



「だ、大丈夫でおじゃるか……?」



 ペンギンが心配げに声をかけてくる。

 くい、と首を傾けるしぐさに、ちょっとだけ癒される。



「……うん、大丈夫……すこし落ち着いた」



 それでも、言葉を返すのには、少し時間がかかった。



「大丈夫」



 あらためて言う。


 動悸は、まだおさまらない。

 郷愁は、いまだ胸をかき乱している。


 でも、すこしだけ、落ち着いた。


 もう日本に帰れないのはわかってる。

 物理的に、じゃない。こっちの世界で抱えているものが増えすぎた。それを放り出して帰るなんて、出来るはずがない。その覚悟も、してたつもりだ。


 理屈の上では、自分なりにけりをつけてた。

 でも、感情は別物だ。日本との繋がりを、こんなにも意識させられたんじゃあ、我慢できるはずがない。



「ラーメン……これは、アルミラといっしょに食べよう。じゃなきゃ本気で、さびしさで死んじゃいそう」


「なにゆえそれほど恐ろしい食べ物を、食べようとしてるんでおじゃるか……?」



 ペンギンがプルプル震えながら、カップラーメンに恐怖の視線を送る。

 食べるとさびしさで死ぬ毒物じゃないんだけど……まあ、そんな謎の勘違いは置いとくとして。


 あらためて、あたりを見回す。

 一帯が、魔力で満たされている。

 こんな場所なら、どんな奇跡が起こっても不思議じゃない。


 だから、深く考えるのは後回しにしよう。

 いまは、黒竜と化した魔女オニキスを追うのが最優先だ。

 あの化け物を相手にしなきゃいけないのに、気持ちをここに置いて行くわけにはいかない。



「――と、理屈ではわかってるんだけどね」



 まあ、幸い朝まで時間はある。

 ペンギンさんから得られる情報は得ておこう。

 なんだかすぐに死にそうな儚さを感じるし。この自称ペンドラゴン。



「……ペンギンさん、キミがここに来た時には、もうこんな惨状だったんだよね?」


「そうでおじゃるな」


「じゃあ、自分が黄金竜マニエスだと、誰に教わったの? その人なら、この惨状の原因を知ってる?」



 問いかけると、黄金の殻を被ったペンギンは、優雅に手羽先でクチバシを隠す。



「ほむ。お答えするでおじゃるよ。その答えは……洞窟の中にあるでおじゃる」


「なら……案内してくれないかな」



 居るではなく、ある。

 その言葉に引っかかりを覚えながら、私はペンギンにお願いした。







 洞窟を、奥に向かって進む。

 ……んだけど、天井は高いし幅も広いしで、あんまり洞窟感が無い気がする。

 湿気も感じないし、足元はかなり平坦。暗すぎて、奥までは見通せないけど、イメージは飛行機の格納庫だ。


 よちよちと歩くペンギンに先導されて歩いてると、ゆるキャラグランプリの会場に入っていく気分になってくるけど。

 いままで出会った幻獣から選ぶなら、兎肉さんに一票差し上げたい。



「それにしても、暗いね」


「そうでおじゃるな。麿の輝ける神衣ころもが無ければ困ってたでおじゃろうの!」



 ものすごくうれしそうに胸を張るペンギン。

 でも、どう考えても私の髪の方が光ってます。いや、別に対抗するわけじゃないんだけど。



「……さて、そろそろでおじゃる」



 よちよちと歩いていたペンギンが、ふいに足を止める。

 横に並んで目を凝らすけど、なにもない。


 いや。

 洞窟の闇を、とつじょ緑が浸食し始めた。

 緑色はあっという間に広がっていく。まるで壁だ。


 ……いや、壁じゃない。

 緑の濃淡が、鱗をかたどる。

 翼を持つ、緑の竜。その姿に、見覚えがある。



「風竜……エルク」



 魔女オニキスを西部諸邦に解き放った。

 私がこの世界に流れ着いた場所――生贄の祭壇で死んでいた、黄金竜マニエスの僕。



「――よくぞ参られた。おそらくは黄金竜マニエスの生まれ変わりよ」



 洞窟中に響くような声で、風竜が語りかけてきた。

 ペンギンさんが得意げに胸を張るけど、いまはそういうのいいです。


 実体じゃない。おそらくは虚像だ。

 ご本人は、生贄の祭壇で私が食べちゃったし。

 たぶん特定の魔力に反応してメッセージを伝える仕組み――おそらくは魔術によるもの、だろう。



「私の名は風竜エルク。黄金竜マニエスに仕えし竜。このメッセージを聞いているということは、私はあなた様の傍に居ないのだろう。だが、黄金竜マニエス最後の従者として、お伝えする」



 そう言って、風竜エルクは伝える。


 黄金竜マニエスについて。

 彼の支配する大山脈の営みについて。

 魔女オニキスを得てからの不協和音について。

 そして、黄金竜マニエスと、その配下たちの間に漂う不穏を察した風竜エルクは、元凶たる魔女オニキスを、火竜フラムに預けたこと。


 このあたりは既知の情報だ。

 そして話は、私の知らない領域にさしかかる。



「黄金竜マニエスの元に帰った私は、異常に気づいた。我が同胞たる幻獣たちが、ことごとく無残な屍を晒していたのだ……原因はすぐにわかった。血の海と化した台地の中央に、黄金色に輝く光の繭があったからだ」



 それが意味するところはひとつしかない。

 黄金竜マニエスは、あの台地で死んだのだ。

 驚くべきことじゃない。黄金竜マニエスの生まれ変わり、なんて話が出てる時点で、それは予測できた。



「――もとより、残された時間がわずかだとは知っていた。しかし、その時が、これほど早いとも思っていなかった」



「原因はある」と、風竜エルクは語る。



「認めたくないことだが、あの女……オニキスは、我が主の心に深く食い込んでいたのだろう。ゆえに、彼女を奪われた主は、怒りのままに同胞たちを殺し、失意の内に光の繭と化してしまったのだ」



 とんでもない。

 いまさらだけど、どれだけ災厄振りまいてんだあの厄魔女。



「ひょっとして、我が主は、こう考えていたのではないかと思う。避けようのない己の死を、オニキスのために役立ててやろうと。光の繭をオニキスに与え、哀れな彼女に、新たな生を……“死”の存在する生を与えてやろうと。思えばオニキスも、そのことを言い聞かせていたのかもしれない。我々が彼女に感じていた不信の原因は、彼女が主の死を願っていたことが原因だったのかもしれない」



 風竜エルクの声には、心なしか寂しさがある。

 それは、主――黄金竜マニエスの孤独と慈悲を汲み取れなかった己への無力感ゆえか。


 ともあれ、ことは起こった。

 時間はもう、巻き戻せない。

 黄金竜マニエスは死に、風竜エルクが見守る中、新たな幻獣が生まれようとしていた。



「私が発見した時には、すでに光の繭は安定していた。おそらくは核となる生物を取り込んでいたのだろう。しかし、ひとつの不安があった」



 風竜は語る。

 その不安とは。



「台地のいたるところに、見たこともない物が散らばっていたのだ」


「見たこともない?」



 思わず尋ねる。

 が、映像は反応を返してくれない。ただ淡々と言葉を続ける。



「おそらくは、異界の産物であると推測される。大山脈――大陸を走る地脈の収束点に、九体もの幻獣の血肉がばらまかれたのだ。異界と繋がっても、なんら不思議ではない。だが、異界の生物が黄金竜の繭に取り込まれたことに関しては、一抹の不安を覚えた」



 異界の生物。

 話が。様々な場所で聞いた話が、ひとつに収束していくのを感じる。



「光の繭は、かなり小さな状態で安定していた。おそらくは人か、それに類するものに違いないと思った。新たな主が、生まれ変わる前の意識を保っているかどうか、わからない。しかし、新たな幻獣王にふさわしい方であることを願いながら、私はあなた様の誕生を待った」



 この世界で、ほかに見たことがない黄金色の髪を、私はなぜ持っていたのか。

 ドラゴンの肉を食べたからって、都合よく美少女の姿に変わるものだろうか。むしろマッド料理人ロザンさんのように、ドラゴンの姿に近づいて行くんじゃないだろうか。



「だが、事件が起こった。強者たちとその頂点たる黄金竜マニエスを一度に失い、大山脈が荒れ始めた。幻獣は相争い、それはこの神域にまで及んだ。まさにあなた様が誕生されるその時、とある下賎がそのお命を得んと襲いかかってきた。生まれたばかりのあなた様は驚き、地脈に潜ってしまわれた」



 黒竜と化したオニキスが使った手段だ。

 生まれたての――魔法に近い状態の幻獣だから許される一発芸みたいなもので、地脈が地上に顔を出す、限られた霊地にしか出られない……だったか。



「西に逃れられたのはわかった。私は地の果ての霊地――生贄の祭壇にまでも足を運び、しらみ潰しに探すつもりだ。だが、万一のときのために、ここに言葉を残すことにする」



 一息置いて、風竜は語りかけてくる。



「我が王よ。黄金の髪持つ・・・・・・美しき我が主よ。不運にしてお側に侍る事叶わずとも、あなた様がよき王に育っておられれば、幸いです。なによりも、あなた様の幸せを祈っております」



 すべてが、繋がった。

 この神域から地脈に潜った私は、半ば無意識に、生贄の祭壇まで逃れたのだ。

 そこで、おそらくは水竜アルタージェに襲われかけて、追いついてきた風竜エルクに守られ、しかしエルクはアルタージェと相討ちになった。


 それから、どれくらい時間が経ったのかわからないけど、私は意識を取り戻した。


 それが、この世界での、私の始まりだったんだ。







「――と、いうわけで麿は黄金竜マニエスの生まれ変わりなのでおじゃる!」



 感傷に浸ってると、ペンギンさんがものすごいドヤ顔で胸を張った。


 ……えーと。

 これ絶対ペンギンさんのことじゃないよね。

 ペンギンさんが被ってる黄金の殻。たぶん私が入ってた光の繭の残滓なんだろうけど、その魔力に反応して出てきたメッセージ見て、ペンギンさんが勘違いしちゃっただけだよね。


 まあ、いまさら私こそが黄金竜マニエスの生まれ変わりです、なんて主張する気は、さらさらないけど。



「ペンギンさん、ありがとう。この場所に導いてくれて」



 私は、ペンギンさんに頭を下げる。

 勘違いした変な子だけど、この場所に連れて来てくれたことは、本当に感謝してる。



「そ、そんな、あらためて礼を言われると照れるでおじゃる」



 くねくねと恥ずかしがるペンギンさん。

 かわいい……ってのは置いておいて。


 私は、自分と彼女の間に、またひとつ、大きな因縁が絡みついたことを実感する。

 思えば不思議なものだ。最初は、自分とは直接関係ない、友達アルミラとの物語だったはずなのに……いまは、私と彼女こそが、物語の中心に居る。



「追いつけるのが明日になるか、明後日になるか、わからないけど……」



 虚空を見すえながら、私はつぶやく。



「すべての運命に決着をつけよう……オニキス」


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