その110 ペンギンさんと話してみよう
「ペンギン……ほむ……グァーッ!」
野生に還るな野生に。
いきなり鳴きはじめたペンギンに、心の中で突っ込む。
そう、目の前にいる、黄金竜マニエスを自称する獣は、どう見てもコウテイペンギンだった。
サイズこそ私と変わらないくらい……150cm程度で、ペンギンとしては大きめだけど、それだけだ。
まあ、言葉をしゃべってる以上は、幻獣の類なんだろうけど……
頭に黄金色の卵の殻みたいなのを被っていて、同じ素材っぽいからを全身に張り付けてるだけで、地の色は普通のペンギンと変わらない白黒ちょっと黄色。というか黄金竜を自称するなら、せめてベースの色くらい金色であってほしい。
「すばらしいでおじゃる! ペンギンなるものがいかような呼称かはわからぬでおじゃるが、高貴なる麿にふさわしき呼び名だと、麿の魂が叫んでおじゃる!」
「まあ、ペンギンだからね」
というかペンギン知らないのかこのペンギン。
「というか、なぜペンギンなのに竜? というかなぜこんな暖かいとこに?」
尋ねると、ペンギンは「ほほほ」と笑う。
「知らぬのも無理ないでおじゃる。麿だって己が出自を知ったときは驚き震えたものでおじゃる……グァッグァッグァッ!」
だからなぜ唐突に野生に還る。
焼き鳥さんといい、鳥類はみんなそんな感じなのか。食べていいのか。
「出自?」
首を傾けると、なぜかペンギンも同じように首を傾ける。
かわいい……だめだ。相手がペンギンだからか、かわいい7:おいしそう3くらいで食欲が負けちゃう。
「そう、その昔……昔? 麿は冷たき風吹く氷の大地に住んでおった……みたいでおじゃる」
「あいまいだね」
「もはやかすかな記憶が残るのみでおじゃるからな。でも、そんな記憶の地もどこへやら、気がつくと麿はこの地に降臨してたのでおじゃる」
降臨て。
……と思ったけど、気づいた。
たとえば、地球の南極にいた一匹のコウテイペンギンが、この世界に飛ばされて――あの魔女オニキスのように、光の繭に取り込まれたなら。幻獣として生まれなおしたなら。
思い返す。
魔女オニキスは、黄金竜マニエスの姿をなんと言っていたか。
――黄金色の光に包まれた一頭の竜。
そう語っていなかっただろうか。
属性の光に包まれていた、ということは、黄金竜マニエスはすでに先が見えた老竜だったに違いない。
このペンギンが黄金竜マニエスの光の繭から生まれたのなら、己を黄金竜マニエスと自称したのも、つじつまが合う。
つじつまが合うだけで、なんというか、このとぼけたペンギンが黄金竜の生まれ変わりだとは、ぜんぜん思えないけど。ぜんぜん強そうじゃないし。
「キミは、マニエスの生まれ変わりなの?」
「で、おじゃる……けど、麿にもっと語らせてほしいのでおじゃる!」
めんどくさいなこのペンギン。
「目が覚めると、麿はあの台地の真ん中に立っていたのでおじゃる」
ペンギンが、洞窟の外に頭を向ける。
大きな岩がごろごろと転がる広い台地は、月明かりと、地上より浮かび上がる青白い光によって、淡く照らされている。
「見渡すと、まわりは死骸だらけでおじゃった。あまりの光景に、びっくりしておしっこちびち――いや、高貴なる麿は余裕綽々に、洞窟に逃げこん――麿の住まいにふさわしいのではおじゃらんかと、検分に行ったのでおじゃる」
びっくりしておしっこチビって半分腰を抜かしながら洞窟に逃げ込んだ、と……って。
「死骸?」
「ほむ。日が昇らぬとわからんでおじゃろうな。台地に転がる岩と見える塊。あれらすべて巨大な獣の死骸でおじゃる」
言われて、あらためて外を見る。
台地に無数に転がる、岩塊だと思っていたもの。
尋常じゃない数のあれが、全部死骸だというのか。
「ごめん、ちょっと確認してきていい?」
「ま、待つでおじゃる! 置いていかれるとさびし――ついて行って差し上げるでおじゃる!」
置いてくのもかわいそうなので、ペタペタと追いかけてくるペンギンに歩調をあわせて、一番近い塊のそばまで歩いて行く。
足元が、青白く光ってる。
触れるとよくわかる。これは魔力だ。
魔力が、地面から湧き上がってる……というより、この台地全体に、魔力が飽和してる感じだ。
理由は、すぐにわかった。
私自身が発する黄金色の光が、岩のような巨塊を照らす。
「竜の……頭……」
それは、巨大な竜の頭部だった。
ああ、あたり前だ。
一面に転がっているのが、すべて幻獣の死骸だというのなら、
この台地に魔力が飽和するのは当然だろう。
竜の頭に近づき、軽く叩く。
コツコツと、金属質な音が跳ね返ってきた。
光に照らしてみると、鱗の色は青緑。そこから連想されるのは。
「青銅竜、ワードン……?」
青銅の中に封じられていた魔女オニキスを、黄金竜マニエスに献上したドラゴンだ。
それが、バラバラになって転がっている……いや、あたりに転がる塊の量を考えれば、同サイズの幻獣が5、6体は死んでいる。
幻獣は自然死すると、光の繭を残す。
肉が残ってるってことは、彼らは殺されたってことだ。
もったいない。肉は、腐ってないのならあとで回収するとして。
「一体……ここでなにが……?」
つぶやき、足を迷わせて。
こつり、と、なにかがつま先にぶつかった。
かさかさと音を立てて転がったそれに、なんとなく手を伸ばす。
手が触れた瞬間――ドキリ、と、心臓が跳ねあがった。
「これは……」
推測は、確かに、した。
だけど、これほどはっきりした証拠を示されるとは思わなかった。
「どうしたでおじゃるか?」
ペンギンが、よちよちと歩み寄りながら、心配げに首を傾ける。
心臓が、早鐘のように鳴っている。
黄金色の髪が放つ光は、手の中にある物の姿を、容赦なく映す。
「カップ、ラーメン……」
それは、見慣れたラベルの……日本製の即席麺だった。




