その11 アニキリターンズ
銀髪幼女な魔女、オールオールは、来た時同様、風に乗って去っていった。
その魔法っぽい不思議な移動をながめていると、目くらましが解けたホルクが、ふう、と息をついた。
「どうやら上首尾なようだし、オレも帰らせてもらうぜ」
「ん? 水の都に戻るんじゃないの? いっしょに行かないの?」
踵を返すホルクを呼びとめる。
すると彼は頭をかきながら、困ったように言った。
「すまん。見ての通りろくでもねえ野郎なもんで、目立つわけにもいかなくてな。あんたと歩くと、どうやっても目立っちまう……じゃあな、オレは下町の“金の鱗”ってえ酒場の二階をねぐらにしてる。困ったことがあったら声をかけてくれや」
そう言ってホルクは立ち去ってしまう。
黄金の髪を隠して服も普通になってるんだから、目立つ要素なんてないと思うんだけど……まあ引きとめたって仕方ないか。
「わたくしたちも行きましょう! ですわ!」
ホルクを見送ってから。
アルミラは、言って黒水晶の護符に触れた。
すると、茶褐色の髪の美少女は、同色の毛並みの子猫へと変化する。
「あれ? 猫に戻るの?」
「はい。護符から猫化の呪いだけ引き出したんですわ。元の姿だと目立ちますので!」
アルミラは猫の姿でぎゅっとする。
「目立つとマズイの?」
「はいですわ。わたくし都でやらかしちゃってますので――まあ処罰はもう受けましたので、問題ないといえば、ないんですけれど」
ぎゅっとした手がずるずると下がる。
なにやらかしたんだこの子猫。
「ひょっとして、猫になっちゃってたのもそれが原因?」
「ですわ」
「大丈夫? 都に行くのがマズイなら、別の街に行った方がよくない?」
提案したけど、アルミラは首を横に振る。
「ありがとうございます。でもわたくし、余所の街のこと、あんまり知らないんですのよ。その点生まれ育った水の都なら、いろいろ御案内できますし、タツキさんのお力になれます!」
しっぽをぴん、と張って主張する子猫。
なんだか悪い気もするけど、まあ、なにかあったら守ればいいか、と気楽に考える。
「ありがとう。じゃあ水の都に行ってみようか」
「はいですわ! ……タツキさん、オールオール様のネックレスを貸していただけますか?」
「うん。はい」
頼まれて、ネックレスをアルミラに渡す。
アルミラはネックレスを口でくわえて、地面に落ちていた彼女の服に、宝石を触れさせる。
すると服は、宝石の中に吸い込まれるようにして消えていった。
「おお、すごい。魔法だ」
「はい。オールオール様に魔力封じを解いていただいたおかげで、この状態でも使えるようになりましたわ!」
「へえ……魔女さんみたいに呪文とかは要らないんだ?」
「ドラゴンシップは、それ自体がすっごい魔力を持ってますので、あれだけ段取りを踏む必要があるんですわ。というか、あんな真似、オールオール様以外の誰にも出来ませんわ!」
あの銀髪幼女、地味にすごいことをやってたらしい。
というか純粋にすごい。
ロマンがある。見ただけで心がうずうずしてくる。
「いいなあ……私にも魔法教えてくれないかな?」
「タツキさんがお望みなら、紹介いたしますわ。ただし、勝手に練習しないでくださいましね? うっかり町が崩壊とかいやですので、座学からしっかり教えていただきますから」
アルミラはすごく警戒してるけど、たぶんそれはおおげさじゃない。
風竜の翼の時も、加減間違えると嵐が起きそうって言ってたし。
◆
それから、てくてくと都に向かい、歩いていく。
入江から続くなだらかな坂を上り、広い街道に出てすぐ、都は目に入った。
巨大なお城と、それを囲う城壁。
さらに、一段低い壁が、城や港を含む町の一部を大きく囲んでいる。
そして、壁の外にも街並みが広がり、そこまでは歩いて
2、30分ってところか。
日はだいぶ傾いている。
都の方から来る人や馬車もほとんどなく、逆に都に向かう流れは、まだまだ多い。
そして……行き交う人々が、みんな私をじろじろ見てる気がする。
というか祈ってる人までいるのは、なにかの冗談だろうか。
「アルミラ、みんな私のこと見てない? 私って不審?」
「不審じゃないですわ。そして目立つのも納得ですわ。タツキさん、すごくお美しいんですもの」
肩に乗せた子猫に耳打ちして尋ねると、彼女はそう答えた。
納得はいかないけど、そりゃチンピラ――ホルクもいっしょに行くの嫌がるよね、と納得しながら、頭巾を目深にかぶって都への道を急ぐ。
しばらく行くと、街道のど真ん中に仁王立ちしている男の姿が見えた。
いやな予感がした。
その直感の正しさを、証明するように。
男は、私を見ていきなり大声をあげた。
「――待ってたぜ! お嬢ちゃんよぉ!」
見覚えがある顔だ。
船で待ってた時に絡んできたごろつきの、兄貴分の方だ。
その後ろには、10人を越えるガラの悪い男たちが控えている……あ、三下君も居た。
「がははっ。ノラップ一家に舐めた真似しといて、ただで済むと思うなよ!」
笑いながら、こっちをにらみつけるアニキ。
その勢いに、あたりからさっと人の影が消える。早業!
「タツキさん?」
「うん。なんか船で待ってる時に絡んで来たごろつき」
アルミラのもの問いたげな視線に、端的に答える。
「不愉快ですわね。主にタツキさんに対するいやらしい視線とか不愉快ですわ! 去勢ですわ!」
物騒なこと言う。
思わず股間に寒気がした。もう無いのに。
「なんだぁ、喋る猫? 重罰者かオイ?」
「無礼者! ですわ!」
アニキの言葉に、アルミラは尻尾を膨らませて怒鳴りつける。
同時に、アルミラの前面に水の膜が生まれ――爆発的に広がった。
「おわああっ!?」
霧の爆風に、ごろつきたちがまとめて凪ぎ払われる。
――おお、魔法だ! 攻撃魔法だ! テンション上がる!
「げえっ、魔法使いか!? ――っちくしょう、舐められてたまるか! 野郎ども、いくぜぇっ!」
吹っ飛ばされたアニキが、および腰ながら、ヤケのように叫ぶ。
それに応じて、子分たちもよろよろと立ちあがり、走って来た。
「しつこいですわ! マジで水の槍で股間射抜いちゃいますわよ!?」
だからおっそろしい発言を連発しないでほしい。
アルミラは飛び退って距離を取りながら、ふたたび魔法でごろつき達を吹っ飛ばす。なかなか冗談の様な光景だ。
なんて、のんびり魔法に見とれていると。
「――ヒャッハー! 捕まえたぜえっ!」
ふいに、背後から野太い声。
――ん? 捕まってた?
いつのまにか回りこんでいた子分が、背後から抱きついてきたっぽい。
確認しようと振り返ると、その動きが振り払う感じになったのか、男が吹っ飛んだ。
……うん。取扱注意なので、頼むから気楽に抱きついてこないでほしい。こっちがひやひやする。
「タツキさんになにしてくれちゃってますの!?」
アルミラが、怒り心頭の様子で追撃の魔法を直撃させた。哀れだ。
「こ、こいつ!?」
「テメエら、ナメんじゃねえ! 女の方は力強えぜ!」
ひるむ子分たちを、アニキが叱咤する。
力強いとか、そんなレベルじゃないんだけど、そこまでは理解してないみたい。
うーん。
下手に手加減しないで、本気で脅した方がいいのかもしれない。
「――アルミラ、私に乗って」
「タツキさん?」
不穏な空気を感じたのか、アルミラは素早く私の肩にしがみついて来る。
それを待って、私は街道から外れて走る。かなりゆっくりめに。
「逃がすか!? 野郎ども、追えっ!!」
追いかけて来るごろつき達。
しばらく走って……立ち止まる。
このあたりなら、街道から十分離れている。派手にやったところで、問題ないだろう。
拳を握りこむ。
――せーの、どーん!
拳を振り上げ、勢いよく地面に打ちつける。
轟音。
破滅的な衝突音とともに、衝撃が広がる。
追い掛けてきたごろつき達が、たまらずたたらを踏む。
そして、私の足元には――半径20mほどの、でっかいクレーターが出来ていた。
「……」
自分でちょっと絶句した。
まだ加減してるんだけど、それでもこれか。
そして吹っ飛んできた岩にぶち当たったみたいで、アニキがぶっ倒れてる。
ほかのごろつき達は、目の前にいきなりできた信じられない光景を、それを成した私を見て、絶句してる。
「――どうする?」
私が尋ねると、それがきっかけになったんだろう。
ごろつき達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。
「ひえええ! 許して、許してくれえ!」
「……あら。気絶してるアニキ、置いて逃げちゃった」
我先に逃げてくごろつきたちの後姿を見ながら、頭をかく。
「まあ、こうなったら終わりですわ。ノラップ一家とやらも、二度と立て直せないでしょう」
アルミラは言うけど、私はそうは思わない。
野生のアニキは、きっと雑草のようにたくましい生命力を見せてくれるに違いない。
「……じゃあ、私たちも行こうか」
「はいですわ!」
「そういえばアルミラ、さっきの魔法すごいかっこよかった! 私も魔女さんに教わったら、使えるようになるかな?」
「はいですわ。水竜アルタージェの力を得ているタツキさんなら、苦もなく使えるはずですわ!」
「おお、楽しみ!」
そんな会話をしながら、都への道をふたたび歩きだす。
水の都アトランティエは、もう目の前だ。