その109 大山脈に行ってみる
空を駆ける。
目指すは大陸から西部を断絶する大山脈。
西部でも東端に位置するローデシア王都フランデルからなら、大山脈まではそれほど遠くない。
地が暗い。
曇り空な上に、出発に手間取ったせいで、日もすでに傾ききってる。
南東――大山脈中央部に逃げた黒竜オニキスを追うのも、そろそろ限界かもしれない。
「リーリンちゃんでも連れてきたらよかったかなあ」
思わずぼやく。
あの幼女の感知能力なら、オニキスを探すのももっと楽だったかもしれない。
「まあ、みんなを巻き込まないために一人で来たんだから、それじゃ本末転倒だけど」
言っても仕方ない、とため息をつく。
魔女オニキスの生まれ変わりである、黒竜オニキス。
あの冗談のように強い竜を相手にしようと思ったら、アルミラはおろか、影の魔女シェリルや槌の魔女リーリン――おそらくは人間最高峰の実力者ふたりでも足手まといでしかない。
それに、政変の事後処理もある。
本来なら、火竜フラムの後釜としてローデシアの守護女神になることになっちゃった私も、居なきゃいけないんだけど。
幸い、というべきか、国内の安定化を図る過程で、私の出番はすこし先になるらしく、オニキスの追跡を優先させてもらった。
ただ、万一西部に逃がした時、感知するためと、火竜フラムが死んだことによる、国内の幻獣の暴走を避けるため、祝福だけは先にやった。
そのせいでまた魔力を消耗しちゃって、回復のために食事をとることになって、黄昏の空を飛ぶことになってるんだけど。
まあ、そんな事情で、アルミラも納得して残ってくれた。
携帯ハウスを借りていっしょに、とも考えたけど、もし敵の攻撃でハウスごと消し飛んじゃったら大惨事だ。
アルミラだけじゃなくて、ねーねーからのプレゼントを消滅させられたシェリルまで精神的に死んでしまう。
「元気なお帰りを、お待ちしておりますわ」
アルミラの祈りを背に受けて、私はオニキス追討に向かった。
◆
「……うわ、本格的に暗くなってきた」
見下ろせば、大地はほとんど闇だ。
かなり高度を取ってることもあってか、灯火のひとつも見えない。
まあ、そろそろ大山脈に差しかかったころだ。どの道、人が住んでるような場所じゃないけど。
「今日のところはこの辺が限界かな」
高度を落としながら、着陸地点を探す。
西の果てからかろうじて投げかけられる薄い光を頼りに、雨露をしのげそうな場所を探す。
地が近くなって、はじめてわかった。
すでに大山脈の中を飛んでいたらしい。見渡す限り、峻険な山々が軒を連ねている。
「大山脈、か」
よく言ったものだ。
こんな光景が、大陸の北端から南端まで続くのなら、そう呼ぶしかないだろう。
「幻獣の地って話だけど……そんな感じでもないなあ」
あたりにそれっぽい気配はない。
まあ、私を避けてるってのもあるだろうけど……なんというか、山自体が、死んだように大人しい感じだ。
「うーん、どこかに洞穴とかないかなあ……本格的に真っ暗になってきたし、妥協してそのへんで寝ようかな――と」
見つけた。
洞窟だ。
しかもデカイ。
山の中腹に大きく開いた洞窟の口は、軽く20mはある。
やや下ると、城でも建ちそうなくらい広く、平坦な台地があり、なんというか、神殿的な雰囲気がある。
「……これはあれか、ひょっとして幻獣の住処だったりするのかな?」
オニキスを追っかけてる手前、もめ事は勘弁なんだけど……もう辺りを飛びまわれるような明るさじゃない。
「仕方ない。洞窟の中はあからさまにダメな感じだし、軒先を借りとこうか……オニキスも、案外この辺に居たりして」
無くはないと思ってる。
たしかに、オニキスが一番恨みを持ってるのは、彼女が生まれた大山脈の向こうに違いない。
でも、ほかにも恨んでる相手がいる。
他ならぬ、彼女自身から聞いた話だ。
オニキスが、大山脈の主、黄金竜マニエスに仕えていたころ、彼女はマニエスの配下の幻獣たちに虐げられた。
封印という名の安寧から解かれた後……彼女にとっても記憶に新しい話だろう。まあ、生まれ変わったオニキスに、記憶の後先が実感としてあるのかは、怪しいとこだけど。
「まあそうすると、オニキスは、マニエスの配下たちの住処に行ってる可能性が高いんだろうけど……まさかここじゃないよね?」
思わず洞窟の奥を覗き込んでみる。
明かりなんてない。真っ暗な闇が広がってるだけだ。
私自体が薄ぼんやりと輝いてるから、手近なところは見えるけど……まあ、幻獣なんて居そうにない。
「よし、今日のところは寝てしまおう。探索は日が昇ってからだ」
決めると、洞窟の壁に背をあずける。
気分的には毛布とかが欲しいけど、夜風が気になるほど人間してない。
とはいえ、今日はいろいろありすぎた。
目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってくる。
ふっと意識が途切れて、どれくらい時間が経っただろうか。
強い風に服がはためく、その音で目が覚めた。
明るい。
外を見ると、満天の星。
強風が雲を吹き飛ばしてしまったのだろうか。月の光が煌煌と地を照らしている。
「――っ!」
絶句した。
眼下に広がる台地。
あちこちに、岩のごとき巨塊が転がっている。
その、あちこちから、まるで月光を反射したかのように、青白い光が浮かんでいる。
「……これは」
「命の灯でおじゃるよ」
と、洞窟の奥から声がかけられた。
「――誰?」
洞窟の奥の暗闇に視線を向けながら、誰何する。
いや、暗闇、ではない。その奥に、かすかに輝きがある。黄金色の輝きが。
「誰、と、問われては、答えなくてはいかんでおじゃるな」
輝きは、だんだんと強くなる。
しだいに、声の主の姿があらわになってくる。
けっして巨躯ではない。しかし全身を黄金で鎧われた姿には、神秘的なものを感じる。
口先は鋭角に尖っている。
目つきは鋭く、両の翼はなお鋭い。
しかし全体的なフォルムはずんぐりとして丸っこく、ふたつの水かきでよちよちと歩く姿は、えらくかわいらしい。
「麿は、麿こそが大山脈の主、幻獣の王、黄金竜マニエスでおじゃる!」
「いや、ペンギンでしょ、キミ」
謎の詐称に、あきれて突っ込む。
いや、そもそも竜じゃないよねキミ。




