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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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107/125

その107 竜のはじまりに立ち会おう



 漆黒の竜だった。

 瞳は、オニキスの名残を残すような漆黒。

 全身は、光を拒絶するかのような闇色の鱗で鎧われている。

 サイズは、いままで見たどの竜よりも小さい。体長5メートルほどだ。

 だけど、発せられる圧と背筋が凍りつくような感覚は、この竜が別格の強さを持っていることを示している。



 けらけら。



 童女のような声で、漆黒の竜は笑う。



 けらけら。

 けらけら、けらけら、けらけら。


 けらけらけらけらけらけらけらけらけら。


 笑い声が響く。

 それが、実体を伴っているかのように、脳を揺さぶる。


 体が強張ってる。

 心臓がばくばくと脈打ってる。

 思考がうまく働かない。痺れたように動けない。生身で猛獣の前に居るような錯覚。



「生まれた」



 幼い少女のような声で、竜はつぶやく。

 漆黒の瞳が、歓喜の色に染まっている。



「生まれた。生まれた。あたしは生まれた! 生まれた! 生まれた!」



 おかしい。

 こいつは火竜フラムを元に再構築されたはずだ。

 なのに、肌で感じるヤバさは、火竜フラムより数段は上だ。



「キミは……何者……?」



 問いかける。

 漆黒の瞳を、ぎょろりとこちらに向けた竜は、すこし首を傾けて。闇色の牙をむき出し笑った。



「覚えている。覚えているわ女神タツキ。あなたの記録・・はここにある! 大陸西部の半ばを支配する新しき神! あたしが手に入れられなかったものをことごとく手に入れた女!」



 ただ文章を読み上げるように、竜は言い放ち、視線を移す。



「そちらも覚えている! 巫女アルミラ! すべてにおいて満たされた女! 破滅したはずなのに生き残り、なお満たされている運命に愛された女! 宰相シェリル! 力持つ魔女! あたしを抑圧し破滅させた女! 槌の魔女リーリン! 幼い精神こころのままに生きる幸せな女!」



 憎い、と、竜は呪詛のようにつぶやいた。



「憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!!」



 憎悪の雄叫びとともに、魔力が膨れ上がる。


 やばい。

 攻撃。

 避ける?

 無理だ。

 この規模。アルミラたちはおろか背後にある王都フランデルまで吹っ飛びかねない!


 なにが来る?

 炎? 光? 闇? 電撃? どうやったら防げる?


 霧か、大気の断層か――いや相性による対策じゃだめだ。

 すべてを守るために必要なのは――絶対に通さないという、強い意志!



「――守れ! 守れ! 守れ―っ!!」



 全力で魔力を込める。

 黄金色の魔力が、眼前に光の盾を形成する。


 竜のあぎとが開いた。

 漆黒の闇が、その口中に生じる。

 直後、闇色の吐息が奔流となって押し寄せてきた。



 ――重い!?



 まるで巨大な水の奔流を盾で支えているような、巨大な圧力。



「くっ!」



 歯を食いしばって、己を叱咤する。



 ――折れるな! 弱気になるな! 気合いでなんとかしろ! 後ろに居るのは誰だ! アルミラだろっ!



「――おおおおおっ!」



 盾が輝く。

 漆黒の奔流が霧散していく。

 やがて、盾にかかる圧力が消える。

 闇の吐息は、完全に消滅していた。


 ふう。

 なんとかなったか。

 おかげで魔力をごっそり持ってかれたけど……


 私は、あらためて祭壇に立つ竜を睨む。

 だというのに。



「……すごーい!」



 漆黒の竜は、感心したようにぺちぺちと手を叩きだした。

 こちらの深刻さが馬鹿らしくなってくるような、無邪気な声だ。


 なんだこの幼さは。

 異様すぎる。元になったはずのオニキスとは、まるで違う。



「やっぱ強いんだ。女神タツキ。憎いなあ!」


「キミは、いったい」



 あらためて問う。

 竜は、無邪気な声で答えた。



「あたし? あたしはオニキスの生まれ変わり。生まれたばかりの竜」


「……けど、キミとオニキスは、似ても似つかない」


「当然だよ。魔女オニキスを形づくっていた一番強い感情――“死への渇望”を、彼女は最後に手放しちゃったんだもん。残ったもので構成されたあたし、竜のオニキスがベツモノになるのは当たり前でしょ?」



 死への渇望は、死に接することで解消された。

 残った感情で。想いで構成された黒竜オニキスのあり様に、思う。

 こんなにも。こんなにも人が変わるほどに、魔女オニキスの死への渇望は、彼女を塗りつぶしていたのか、と。



「……オニキスは、竜になったキミを食べさせてくれるって言ってたけど」


「だから、いまのあたしは死にたくないんだって。食べられるなんてごめんだわ……でも、あなたとはもう戦いたくないかな」


「それは、なぜ?」


「戦っても、倒せる気がしないから」



 闇色の竜は、意外なことを口にした。

 戸惑う私に、彼女は語る。



「――さっきの攻撃、あたしの全力だったんだよ? それを、後ろの人間までまとめて守っちゃうんだもん。それに、存在が安定する前に、あなたへの憎悪を魔力といっしょに吐き出しちゃったからかな。あなたのこと、あんまり憎くなくなっちゃった――だから、いいかなって」



 やりにくい。

 子供子供したとことかむっちゃやりにくい。

 それでも放っておくわけにもいかない、と、身構えた、瞬間。



「じゃあね、女神様。バイバイ」



 とぷり、と、黒竜の体が影に沈んだ。



「ま、待って――」



 止める間もない。

 彼女の気配は、すでに霧消している。

 魔力の痕跡も追えない。どこへ逃げたのかもわからない。


 好き勝手やって逃げられた感じだ。

 正直助かったって思いもある。あんな物騒な相手、本音では二度と関わりたくもない。


 でも。

 私は、心の中で首を振る。



「私たちへの憎しみは、消えた……」



 空になった祭壇を見ながら、つぶやく。



「なら、ほかの者への憎しみは消えてないってことだよね。だったら、放っておけない」


「タツキさん……」



 気遣わしげなアルミラの声を背に受けて、私は誓う。



「私は黒竜を追う。みんなを守るために、必ずあの竜を狩って……食べる!」



 心なしか、視線が生温かくなった気がした。



みなさま、あけましておめでとうございます!

本年も、「ドラゴンさんのお肉をたべたい」に、よろしくおつき合いください!

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