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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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105/125

その105 終わりの話を聞いてみよう



「……どうしたの、巫女様? そんな、うわぁ……みたいな顔しちゃって」



 動揺するアルミラを見て、オニキスが不思議そうに尋ねる。


 まあ、なにも知らないオニキスからすれば、そんな反応になるだろう。

 まさか彼女を黄金竜の元から連れ去った風竜エルクが、はるか海の果て、生贄の祭壇で私に食べられちゃったとは思うまい。


 ……いやほんとになにがあった大山脈。

 これは、本格的に現地に行って調べる必要があるなあ。



「――女神様、目的も果たしたことですし、そろそろ戻りましょう。オニキスの身柄は、封印の支度が整うまでは、女神様にお預けいたします」



 考え込んでいると、影の魔女シェリルが口を開いた。

 言われてみれば、いまは政変の真っただ中だ。こんなところで悠長に考え込むまえに、するべきことはいくらでもある。



「そうだね。考えるのは王宮に戻ってからにしよう……あとオニキスは、シェリルの携帯ハウスで預かってくれないかな?」



 いまさら彼女がそんなことで精神ダメージを受けるとは思わないけど、カオスの海と化してる私の収納ネックレスに放り込んでおくのは、ちょっと気が咎める。収納してるブツがブツだから厄の連鎖とか起こったらヤだし。



「承知しました。オニキス、女神様のご慈悲に感謝することです」



 シェリルはうなずくと、オニキスを携帯ハウスに収納する。

 まああの中、抜群に住み心地いいしね。外の様子なんかも画像で見れるし。



「さて……襲ってきた少年を回収して、戻りましょうか」



 黒髪の少女が、そう言って隠し通路に足を向けた、その時。

 くぐもった叫び声が、火竜神殿の奥から聞こえてきた。



「――ねーねー!?」



 シェリルが、一切の迷いもなく駆けだした。

 反響してわかりにくいが、あの高い声は彼女の姉、槌の魔女リーリンに違いない。



「アルミラ!」


「はいですわ!」



 アルミラとうなずきあって、シェリルの後に続く。

 洞窟めいた神殿を奥へ奥へひた走り、ようやく祭壇の間が見えてくる。



「姉様っ! ご無事ですか――っ!?」



 先行していたシェリルが、祭壇の間に入って――固まった。

 直後。追いついた私は、彼女の視線をたどって、絶句する。



「あ、あれは……」



 アルミラが、呆然とつぶやく。


 火竜神殿。

 その主たる火竜フラムが、つい先ほどまで居たはずの祭壇が、光の繭に包まれていた。


 朱の光糸で編まれた繭。

 火竜フラムを包んでいたそれは、密度を増して夕焼けの太陽のように輝いている。



「フラム様ーっ!」



 と、赤毛の幼女が叫ぶ。



「――姉様、ご無事で」


「シェリル! フラム様がおかしいのだ! いきなり光に包まれて、フラム様の気配が無くなっちゃったのだ!」



 シェリルが声をかけると、リーリンちゃんは、涙目で彼女に取りすがる。


 言われてみれば、火竜フラムの気配がない。

 その上、繭からは、圧倒的なやばさを感じる。



「みんな、すこし離れた方がいい」



 みんなに警戒を促しながら、通信羽根に魔力を通す。

 繋ぐ先はアトランティエだ。



「もしもし、私だけど」


「タツキ殿、ご無事なようでなによりです」



 通話に出たのはエレインくんだ。



「うん。政変は大丈夫。だけど、ちょっと想定外の事態が起きてて……そっちにオールオール居る?」


「心配して羽根の前から動いてませんよ――痛っ!? やめてください! 照れ隠しに電撃はシャレになってませんから!!」



 むこうでなにが起こってるのか、容易に想像がつくから困る。

 まあ、ちゃんと居たみたいでよかった。



「よかった。オールオール、ちょっと聞きたい。火竜フラムが光の繭を残して消えた。ヤバさを感じる。ちょっと説明が欲しいんだけど」



 返答は、しばらく返って来なかった。

 ややあって。



「……そうか」



 ぽつりと、銀髪幼女はこぼした。

 一人で納得してないで、ちゃんと説明してください。



「まず、その繭には不用意に近づくんじゃないよ。取り込まれるからね」



 心の中の突っ込みに応えたわけじゃないだろうけど、銀髪幼女が注意を促す。



「取り込まれる?」


「ちゃんと避難したかい? アルミラは無事かい? ……なら、いま、あんた様の目の前で起こっているであろう現象の正体について話すよ。いいかい、落ち着いて聞くんだよ?」



 銀髪の魔女は、しばし、間を置いてから、語る。



「火竜フラムは死んだ。その光の繭は、その残滓さね」



 絶望のような沈黙が、あたりを支配した。







「うそなのだ! フラム様は死んだりなんかしないのだ!」



 リーリンちゃんが叫ぶように抗議する。

 彼女とて長く生きた身だ。数多の死を見てきたことだろう。

 でも、たぶん彼女にとって、火竜フラムは特別な存在なのだ。


 火竜フラムは、彼女が生まれた時から、変わらず在り続けた。

 父を、兄を、身近な人々をはるか昔に見送った彼女にとっては、唯一残った親のような存在だったんだろう。


 だから、こんなにも、心が揺さぶられている。



「知っての通り、幻獣種は魔法に近い存在だ。その命を繋ぎとめるのは、肉体以上に、己の意志と契約だ」



 銀髪の魔女は説明を止めない。

 ただ、少女への遠慮からか、心なしか声が小さくなる。



「――自己を支える意志が弱まれば、幻獣はその膨大な魔力を、己の内にとどめていられなくなる。並の幻獣種なら、そのまま地脈に溶けて終わりさ。だが竜種などの、極めて強力な幻獣の場合は違う。放射される魔力は属性の色彩を帯びて輝き、幻獣の周りに繭状に留まる。幻獣の意志が弱まれば弱まるほど、それは強く巨大になっていき……ついには主を呑みこんで完全なる繭となる。いまあんた様が見ているものだよ」


「だめなのだ! いやなのだ! フラム様死んじゃいやなのだ!」


「姉様! 姉様! 落ち着いてください!」



 癇癪を起したように叫ぶリーリンちゃんをあやすように、シェリルは彼女の小さい体を抱き包んだ。

 赤髪の幼女は、しばらくもがいてたけど、やがて大人しくなる。その目には、大粒の涙が浮かんでいる。



「……姉様。泣いていては、フラム様が悲しまれます。わたしも、泣いている姉様を見るのは、悲しいです」


「だって、だって……」


「目をつむって下さい。フラム様のことを思い浮かべて下さい。想像の中のフラム様は、笑ってらっしゃいますか?」



 シェリルの問いに、リーリンちゃんは目をつむったまま、首を横に振った。



「――フラム様が亡くなられた事は、本当に悲しいことです。でも、姉様が笑っていないと、姉様の中のフラム様は、いつまでも悲しい顔のままです」


「それは……いやなのだ……」



 ぐしぐしと、袖で涙をぬぐいながら、赤髪の幼女はかぶりを振る。



「だったら、笑いましょう。フラム様も、わたしも、笑顔の姉様が大好きなんですから」


「……うん! わかったのだ!」



 涙を振り切って、リーリンちゃんは笑った。

 泣き笑いのような笑顔に、シェリルはもういちど、リーリンの小さな体を、強く抱きしめる。



「いっしょに偲びましょう。フラム様との思い出を、いつまでも忘れないでいましょう。そうすれば、フラム様は、わたしたちの中で生き続けられます……生き続け、られるんです……」



 ――ああ、これは。



 気づいてしまう。

 心の支えを失い、魔力を損なったシェリルは、姉よりも先に死ぬ。そんなシェリル自身の想いが込められた、これは言葉なのだと。


 まあ、リーリンちゃん、彼女に対してはめっちゃドライだったけど、それは言わないでおこう。

 いや、あれもシェリルは死なないって信頼からの反応だったのかもしれないけど。


 台無しなことを考えながら、ふと思いを馳せる。

 銀髪の魔女の説明通り、火竜フラムの体は、光の繭に包まれていた。

 そして、シェリルやリーリンちゃんが、そのことに違和感を覚えている様子はなかった。

 彼女たちが当たり前と考えるほど長い期間、火竜フラムは弱った意志で、その肉体を支え続けてきたのだ。



 ――それは、なんのためにだろう。



 朱に輝く光の繭を仰ぎ見る。

 圧倒的な存在感を持つそれは、ただ、静かに、在り続ける。







「ああ、まさか。まさか、こんな場所に立ち会えるだなんて……」



 と、声がした。

 思わぬ声に、ぎょっとする。


 オニキスだ。

 携帯ハウスに収納していた彼女が、いつの間にか出て来ている。



「オニキス」


「女神様、無断で出てしまってごめんなさい。だけど、我慢できなかったの」



 うれしいような、かなしいような。

 泣き笑いの表情を浮かべながら、永遠の魔女は語る。



「ずっと探し続けてきた。マニエスから話を聞いたときは、もしかしてと思った。だけど、上手くいかなかった。とうとう逢えなかった」



 その真っ白な指先を、光の繭に伸ばして。

 その漆黒の瞳を、まっすぐに向けて、永遠の魔女は言った。



「――あれが……あれこそが、あたしの“死”よ」




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