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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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103/125

その103 永遠の魔女の物語



 むかしむかし、あるところに少女がいました。


 戦乱つづきのひどい時代でした。

 少女のまわりには、死がありふれておりました。


 ずっと飢えていました。

 生きているのが精いっぱいの、そんな暮らしでした。

 でも、少女は、そんな時代だからこそ、笑顔で生きていこうと、無邪気に思っていました。


 そんな日々が、生ぬるい、上げ底の辛苦でしかなかったとも知らずに。







 ある日のことです。

 少女は運命に出会いました。


 運命は少女の形をしておりました。

 ぞっとするほど美しい、銀色の髪の少女でした。

 ぞっとするほど虚ろな、感情のない少女でした。


 ひと目で見入りました。

 ひと目で魅入られました。

 少女の魂は、彼女と出会った瞬間、墜ちてしまいました。


 彼女は魔女でした。

 人ならざる者の血が混じった化物でした。


 でも。

 それでも少女は、彼女のことが好きでした。

 物語の世界から飛び出してきたような彼女に、憧れていました。


 少女の住む村に、ひととき、腰をおろした彼女に。少女はずっとくっついていました。

 別れるまでの時間を、すこしでも無駄にしたくなくて、必死でした。


 最初人形のようだった彼女は、だんだん感情らしきものを見せてくれるようになりました。

 それがうれしくて、魅力的で、少女は彼女のことがもっと好きになっていきました。



「人の寿命は短い」



 あるとき、彼女は言いました。



「キミはこのボクが、はじめて友情を感じた相手だ。キミとの関係が、一瞬で終わってしまうのは、いかにも残念だ」



 少女はうれしくてたまりませんでした。

 彼女が、自分に好意を示してくれて。彼女が自分の存在を大事だと思ってくれて。


 だから、気づきませんでした。



「――もしキミが望むなら、ボクはキミを魔女にしたいと思う。この人造の魔女オールワンの名にかけて、キミをボクとおなじ存在にしてあげよう」



 魔女という、超越した存在が向ける、ちょっとした好意は――人間にとって、破滅に等しい絶望だということに。



「あなたと、永遠を歩めるのなら」



 少女はそう願い。

 永遠の存在になりました。

 その魔力のすべてを存在の維持に使い。

 ほかにはなにも出来ない、不老不死にして無能の魔女に。


 でも。

 それでも少女は幸せでした。

 彼女と一緒に居られるなら、それ以外はなにも要りませんでした。


 だけど、時代は戦乱の世でした。

 少女の住む村は、ある日当たり前のように破滅しました。

 幻獣と幻獣の戦い。その余波に巻き込まれて。村を守ろうとした魔女すら凪ぎ払って。


 なにも無くなった焼け野原で、少女は一人生き残りました。

 半身とも呼べる存在を失って、少女のちっぽけな世界は意味を失いました。


 あとに広がったのは真っ暗な深淵。底なしの絶望。そして、永劫に等しい時間。


 飢えた。

 死ねなかった。


 渇いた。

 死ねなかった。


 奪われた。

 死ねなかった。


 斬られた。

 焼かれた。

 はりつけられた。

 くびきられた。

 埋められた。

 痛く、苦しいだけだった。



 ――あたしは、なぜ生きているんだろう。



 生には絶望し尽くした。

 普通の魔女ならば、とうに終わっているはずなのに、彼女は生き続けている。


 そのうち、馬鹿らしくなった。

 どうせ死ねないのなら、楽に生きたいと思った。


 強者に抱かれた。

 神職をたぶらかした。

 権力者におもねった。

 不思議なことに、強いものほど、心に隙のある者ほど、彼女に惹かれた。


 だけど、だからだろうか。

 強者は彼女に溺れて怠惰に落ちた。

 神職は信仰と情愛のはざまに揺れて破滅した。

 権力者は彼女を求めて争い憎みあい滅ぼしあった。

 やがて、彼女が求めずとも、みなが彼女を求めるようになった。


 魅入られたように。

 悪い呪いのように。

 運命に操られたように。



 ――国堕とし。



 絶望に彩られた信仰が、大陸中に浸み渡った頃……なにもかもに疲れた。

 いつだって安寧はわずかの間で、破滅の運命はすぐに追いついて来る。



 ――そして、彼女は決定的な運命に囚われた。



 その王子は完璧だった。

 心にわずかの瑕疵もなく、知勇に優れ師友に恵まれ愛する女を妻とする――彼女に付け入る隙のない男だった。


 生きた絶望と化した彼女を、王子は絶望的な方法で封じることにした。



「青銅の坩堝るつぼに、国堕としを投じよ。鋳固めて封じてしまえば、もはや逃れることあたわぬ」



 灼熱に焼かれながら、彼女は封じられた。

 それから百年、彼女は青銅の中で生き続けた。


 はじめて訪れた、安寧の時だったかもしれない。

 青銅に蝕まれ、再生の余地を封じられた身体は、もはや痛みを感じることも出来なくなっていた。


 まどろみにも似たおぼろな意識の中で、時は過ぎる。

 あるとき、ふいに光が見えた。久々の日の光だと。安寧の時は過ぎ去ったのだと、そう思い、目を開いた。



 ――黄金色の光に包まれた一頭の竜が、目の前に居た。







 一息にそこまで語って。

 オニキスは、疲れたのか息をついた。


 長い話だった。

 呪いの込もった話だった。

 少女とは、もちろんオニキスのことだろう。

 現在に繋がる、その直前までの、救いのない話。


 同情しようとは思わない。

 私は彼女に好意を持てないから、彼女の人生がどれほど苛烈であっても、いままでの行いを、「仕方ない」と許したくない。


 ただ、凄まじい話だと思う。

 アルミラも、影の魔女シェリルも、ただ言葉を失っていた。

 話には、まだ続きがある。その事に、一片の救いも見いだせない。


 だけど、ここで話を止めるわけにはいかない。

 彼女が最後に登場させた存在の名は、聞き捨てにするには巨大すぎる。

 そこまでと、現在いまに続くまでの間に、私にとっても見過ごせない何かがある気がするのだ。


 だから、私は促す。



「続きを聞かせて、永遠の魔女オニキス。キミと、黄金竜マニエスの話を」






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