その103 永遠の魔女の物語
むかしむかし、あるところに少女がいました。
戦乱つづきのひどい時代でした。
少女のまわりには、死がありふれておりました。
ずっと飢えていました。
生きているのが精いっぱいの、そんな暮らしでした。
でも、少女は、そんな時代だからこそ、笑顔で生きていこうと、無邪気に思っていました。
そんな日々が、生ぬるい、上げ底の辛苦でしかなかったとも知らずに。
◆
ある日のことです。
少女は運命に出会いました。
運命は少女の形をしておりました。
ぞっとするほど美しい、銀色の髪の少女でした。
ぞっとするほど虚ろな、感情のない少女でした。
ひと目で見入りました。
ひと目で魅入られました。
少女の魂は、彼女と出会った瞬間、墜ちてしまいました。
彼女は魔女でした。
人ならざる者の血が混じった化物でした。
でも。
それでも少女は、彼女のことが好きでした。
物語の世界から飛び出してきたような彼女に、憧れていました。
少女の住む村に、ひととき、腰をおろした彼女に。少女はずっとくっついていました。
別れるまでの時間を、すこしでも無駄にしたくなくて、必死でした。
最初人形のようだった彼女は、だんだん感情らしきものを見せてくれるようになりました。
それがうれしくて、魅力的で、少女は彼女のことがもっと好きになっていきました。
「人の寿命は短い」
あるとき、彼女は言いました。
「キミはこのボクが、はじめて友情を感じた相手だ。キミとの関係が、一瞬で終わってしまうのは、いかにも残念だ」
少女はうれしくてたまりませんでした。
彼女が、自分に好意を示してくれて。彼女が自分の存在を大事だと思ってくれて。
だから、気づきませんでした。
「――もしキミが望むなら、ボクはキミを魔女にしたいと思う。この人造の魔女オールワンの名にかけて、キミをボクとおなじ存在にしてあげよう」
魔女という、超越した存在が向ける、ちょっとした好意は――人間にとって、破滅に等しい絶望だということに。
「あなたと、永遠を歩めるのなら」
少女はそう願い。
永遠の存在になりました。
その魔力のすべてを存在の維持に使い。
ほかにはなにも出来ない、不老不死にして無能の魔女に。
でも。
それでも少女は幸せでした。
彼女と一緒に居られるなら、それ以外はなにも要りませんでした。
だけど、時代は戦乱の世でした。
少女の住む村は、ある日当たり前のように破滅しました。
幻獣と幻獣の戦い。その余波に巻き込まれて。村を守ろうとした魔女すら凪ぎ払って。
なにも無くなった焼け野原で、少女は一人生き残りました。
半身とも呼べる存在を失って、少女のちっぽけな世界は意味を失いました。
あとに広がったのは真っ暗な深淵。底なしの絶望。そして、永劫に等しい時間。
飢えた。
死ねなかった。
渇いた。
死ねなかった。
奪われた。
死ねなかった。
斬られた。
焼かれた。
磔られた。
梟られた。
埋められた。
痛く、苦しいだけだった。
――あたしは、なぜ生きているんだろう。
生には絶望し尽くした。
普通の魔女ならば、とうに終わっているはずなのに、彼女は生き続けている。
そのうち、馬鹿らしくなった。
どうせ死ねないのなら、楽に生きたいと思った。
強者に抱かれた。
神職を誑かした。
権力者に阿った。
不思議なことに、強いものほど、心に隙のある者ほど、彼女に惹かれた。
だけど、だからだろうか。
強者は彼女に溺れて怠惰に落ちた。
神職は信仰と情愛のはざまに揺れて破滅した。
権力者は彼女を求めて争い憎みあい滅ぼしあった。
やがて、彼女が求めずとも、みなが彼女を求めるようになった。
魅入られたように。
悪い呪いのように。
運命に操られたように。
――国堕とし。
絶望に彩られた信仰が、大陸中に浸み渡った頃……なにもかもに疲れた。
いつだって安寧はわずかの間で、破滅の運命はすぐに追いついて来る。
――そして、彼女は決定的な運命に囚われた。
その王子は完璧だった。
心にわずかの瑕疵もなく、知勇に優れ師友に恵まれ愛する女を妻とする――彼女に付け入る隙のない男だった。
生きた絶望と化した彼女を、王子は絶望的な方法で封じることにした。
「青銅の坩堝に、国堕としを投じよ。鋳固めて封じてしまえば、もはや逃れること能わぬ」
灼熱に焼かれながら、彼女は封じられた。
それから百年、彼女は青銅の中で生き続けた。
はじめて訪れた、安寧の時だったかもしれない。
青銅に蝕まれ、再生の余地を封じられた身体は、もはや痛みを感じることも出来なくなっていた。
まどろみにも似たおぼろな意識の中で、時は過ぎる。
あるとき、ふいに光が見えた。久々の日の光だと。安寧の時は過ぎ去ったのだと、そう思い、目を開いた。
――黄金色の光に包まれた一頭の竜が、目の前に居た。
◆
一息にそこまで語って。
オニキスは、疲れたのか息をついた。
長い話だった。
呪いの込もった話だった。
少女とは、もちろんオニキスのことだろう。
現在に繋がる、その直前までの、救いのない話。
同情しようとは思わない。
私は彼女に好意を持てないから、彼女の人生がどれほど苛烈であっても、いままでの行いを、「仕方ない」と許したくない。
ただ、凄まじい話だと思う。
アルミラも、影の魔女シェリルも、ただ言葉を失っていた。
話には、まだ続きがある。その事に、一片の救いも見いだせない。
だけど、ここで話を止めるわけにはいかない。
彼女が最後に登場させた存在の名は、聞き捨てにするには巨大すぎる。
そこまでと、現在に続くまでの間に、私にとっても見過ごせない何かがある気がするのだ。
だから、私は促す。
「続きを聞かせて、永遠の魔女オニキス。キミと、黄金竜マニエスの話を」




