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ドラゴンさんのお肉をたべたい  作者: 寛喜堂秀介


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101/125

その101 オニキスの死を確かめよう



 天を衝く紅蓮の炎が納まると、影の魔女シェリルは王剣・竜麟烈火プロメアを地に向けた。

 大義のためとはいえ、王をその手にかけた精神的負担からか、少女の顔には、すこし疲れが見てとれる。



「大丈夫?」


「おかげ様で」



 心配で声をかけると、黒髪の少女は静かに笑顔を返した。



「――途中、急に体が楽になりましたが、女神様の御業でしょう?」


「たぶん。祝福しちゃったっぽい」


「どうりで……女神様。感謝を」



 少女は、言葉少なに礼を告げた。







「……と、王妃オニキスだ。遺体を確認しに行かないと」


「女神様、すこしお時間を頂戴してよろしいですか? 群臣を押さえていたとはいえ、王を討った以上、事態の収拾に手をかけねばなりません」



 シェリルが、申し訳なさそうに言う。



「忙しいんだったら、私が見て来ようか?」


「いえ、それは……不安定な内宮を女神様お一人で歩かせるわけには……わかりました。急ぐ処理だけ、何人かに言伝して参りますので、すこしだけお待ちを」



 言って、彼女は内宮門のほうにてってって、と駆けていく。

 しばらくして、シェリルは騎士団長ほか騎士団の人たちを連れて戻ってきた。



「内宮はまだ安全ではありませんので、内宮の臣にはひとまず禁足措置をとらせます」



 シェリルが説明する間にも、武装した騎士たちが、内宮のあちこちに散っていく。



「禁足って、部屋から出ないようにってこと? 牢に入れたり、処罰したりはしないの?」


「真っ当に職責を果たそうとする人間を処罰する法はありません……が、次代の王を考えた場合、先王に対する過剰な忠誠心は、職責を果たすに不適格と判断いたします。精査して不適格者には暇をとらせましょう」



 なるほど……まあ、それが妥当だよね。

 かわいそうな気もするけど、かわいそうだからって、次の王様の安全を脅かしていいものじゃないし。



「……忠をもって不適格とされた人間が、わたしからの配慮を求めるとは思えませんが……困窮する者があれば、迂回して支援いたしましょう」



 顔に出ていたのか、シェリルはそうつけ加えた。



「そういえば、そろそろアルミラが出ても大丈夫?」


「問題ありません。巫女アルミラのことは、すでに騎士団にも伝えております」



 おお、さすが根回しが早い。


 アルミラを携帯ハウスから出すと、さっそく王妃の部屋に向かうことにする。



「こちらです」



 シェリルの先導に従い、火竜王が背にしていた正面の建物に入る。

 しかし、王妃の部屋だという左手すぐの部屋には、目的の人物は居なかった。



「……いません、わね」



 アルミラが、気勢を削がれたように声を落とす。



「火竜王は王妃オニキスを殺めた、とおっしゃっておりました。であれば、現場は竜洞の間――王の部屋かもしれません」


「じゃあ、そっちに行こう」



 中央を渡り、右手すぐの部屋に入る。


 王の私室は、そんなに広くない。

 ただ、四方にカーテンが巡らされ、調度も一見して豪華なものだ。

 そんな部屋のど真ん中。刺繍の施された赤い敷物の上に、なお赤く。鮮血が広がっていた。



「血の量から見ても、たぶん致命傷……だけど」


「誰も……いませんわね」



 思わずアルミラと顔を見合わせる。

 影の魔女は敷物を一瞥すると、床をたどりながら、奥向きのカーテンを持ち上げる。


 あらわれたのは、白い壁面。

 ただし、その一部が赤く濡れている。



「……誰かが隠し扉を使ったようです」


「隠し扉?」


「ええ」



 うなずいて、黒髪の少女は赤く濡れた壁面を押す。

 すると壁面が割れて、隙間から真っ暗な闇が、顔を覗かせた。

 すごい、継ぎ目なんて全然見えなかった。すさまじい職人技だ。



「オニキスが生きてて、ここから逃げた?」


「とは、考えにくいですね。なにせこの出血です。魔女でも生きていられないでしょう。ましてやあれは常人です。王妃の遺骸が辱められぬよう、火竜王が手配したと思われますが……」



 私が首を傾けると、シェリルは床に視線を向けながら答えた。

 まあ、常識的に考えて致死量だし、そう考えるのが順当か。



「でも、オニキスって本当に常人なの? アトランティエでも、どう考えても死んでるって状況で生きてたけど」


「すくなくとも、あれからは魔力を感知できませんでした。アトランティエの件でも、運がよかっただけだと言っておりましたが……」



 私の問いに、シェリルも困ったように首を傾けた。



「でも、誰かがオニキスの死体を持ち出したのなら、確認しとかなきゃだよね」



 九割がた死んでるとしても、ここで確認しとかなきゃ気味が悪い。

 それに、ここまで来たんだから、因縁の相手の最後は見届けときたい。



「でしたら、すこしお待ちを。ここから追うとなれば、時間がかかります。その旨を騎士団長に伝えておかないと、無用の混乱が生じます」


「時間がかかる……この通路、どこに通じてるの?」


「火竜神殿ですね。ほかに外宮――剣の宮殿にある王剣の間と、東の園、それから城壁の東棟にも通じておりますが、さらに隠された通路を通らねばなりません」


「よかったら、私たちだけで行こうか?」



 私の提案に、黒髪の少女は首を左右に振る。



「隠し通路の分岐と、そこを通った痕跡は、わたしでなければわからないでしょう。なにより、不測の事態が生じている以上、わたしも確認しておかねばなりません――巫女アルミラ。よろしければ、あなたの通信羽根をお貸しいただけないでしょうか? こちらでの不測に備えて、騎士団長に預けておきたいのです」


「え、ええ……かまいませんわよね、タツキさん?」


「うん。それが一番よさげかな?」



 確認するアルミラに、了承の意を示す。



「では……」



 と、アルミラから羽根を預かると、黒髪の少女は一礼して部屋を出た。

 騎士団長がすぐそこにいたんだろう。シェリルはほとんど時間をかけずに戻ってきた。



「――お待たせしました。参りましょう」


「お待ちくださいまし」



 言って、ふたたび隠し扉に向かうシェリルを、アルミラが呼びとめた。



「気をつけてくださいましね。奥に敵が潜んでるかもしれませんわ」



 ああ、敵が待ち構えてて、暗がりからブスリといかれる可能性もあるのか。



「じゃあ、私が行こうか? 斬られても大丈夫だし」


「いや、本気で国際問題なので、わたしに先に行かせてくださ――」



 シェリルが言い終える前に、私はさっさと扉を開いて中に入る。



「まっ、待つのだわ!?」


「誰が見ているわけでもなし、遠慮しないでいいよ。キミに万一のことがあったら、目も当てられないから」



 シェリルがすっごいあわててるけど、聞かない。

 この状況で彼女まで倒れちゃったら、ものすごい勢いで国が傾く。

 杞憂かもしれないけど、そんな可能性を考えたら、鉄壁な私が前に出た方が、心臓に優しい。



「よし、行こうか……」



 扉の先は、降りる階段になっていた。

 壁面に照明などはなく、ひどく薄暗い。

 私の髪が輝いてるから、明かりには不自由しないけど。



「足元に気をつけて」



 言いながら、ゆっくりと階段を降りていく。

 しばらく降りると、水平な地面にたどり着いた。


 通路は、奥に向かってまっすぐに伸びている。

 道幅は、人一人なら、通るのに不自由しない程度。

 私の髪の、ほのかな輝きを頼りに、通路を進んでいく。



「……ふむ」



 途中何箇所かで、背後のシェリルは壁を探った。



「……剣の宮殿や城壁への通路を使った形跡はありません。ここを通った者は、火竜神殿に出ているはずです」


「よし、行こう。二人とも、気をつけて」



 脱走者の痕跡が見えないことに、少しだけ、焦りを覚えながら、私は振り返って二人に声をかけた。







 階段を上り、天井を持ち上げると、光が差し込んできた。

 ひょこりと顔を出すと、正面に、見覚えのある火竜神殿の威容。


 と、神殿の正面に、人が倒れてるのが見えた。

 女だ。黒髪で、赤いドレスの一部が赤黒く染まってる。たぶん血だ。ってことは、おそらく王妃オニキスその人。



「よっ……と」



 隠し扉を完全に開いてしまって、地上に出ようとした、その時。



「やああああっ!」



 叫びとともに、白い刃が閃いた。


 視線をやると、若い少年だ。

 刃は、杖から発した魔力の刃。

 振り下ろされる速度はそれなりに速いけど……正直なにもしなくていいレベル。



「――がっ!?」



 まあ、魔力の刃が私に届く前に、シェリルさんの影の一撃が入ったけど。

 横頭部に打撃めいた影の一撃をくらった少年は、完全にノックアウトされてしまう。



「冷や汗をかきました……ご無事ですか?」


「おかげさまでね……シェリル。あれがオニキスで間違いない?」



 外に出ると、あとから出てきたシェリルに尋ねる。

 少年のことも気になるけど、重要じゃないし後でいいだろう。気絶してるし。



「ええ、まず間違いなく」



 言いながら、みんなで倒れたままの女に歩み寄る。


 女は、仰向けに倒れている。

 深紅のドレスは、袈裟がけに斬り下ろされたためだろう。大きく破れてる。

 その下に見える肌には、深く生々しい刀傷が刻まれており、そこから大量に出血があったのか、ドレスは重く濡れている。

 刀傷に対して、服の破れがすこし大きい気がするけど、よく考えたら斬られた人って見たことないな。こういう感じになるんだ。



「……間違いありません。アニスですわ」



 アルミラが、静かにつぶやいた。

 因縁の相手だ。心穏やかでいられないはずだけど、アルミラの表情に感情の揺れはない。

 本当にどうでもいいと感じてて、だから何の感情も浮かんでないなら、それはそれでちょっと怖いけど。



「う……」



 ふいに、女が声を上げた。



 ――あり得ない。



 アニス=オニキスの傷は、素人目に見ても致命傷だった。

 いや、奇跡的に内臓や重要な血管に傷を負ってなかったとしても、流した血の量を考えれば、出血多量で死亡確定だ。


 そして、断言してもいい。

 さっきまでこの女は、間違いなく死んでいた・・・・・・・・・・

 呼吸などしていなかった。顔色は土気色で死人のそれだった。


 だというのに。

 女は、呼吸を再開した。

 心臓は脈動し傷口からふたたび血が流れ始め、その傷口も、ゆっくりと、だが確実にふさがっていく。



「――くっ!?」



 アルミラが、猫足立ちで身構える。

 影の魔女シェリルは、あまりのことに絶句している。


 そして女は目を開いた。

 暗い暗い、深淵のような漆黒の瞳だった。





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