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その10 幼女な魔女が来た



 日が傾きだした。

 水の都アトランティエに向かったアルミラは、まだ帰って来ない。



「……遅いなあ」



 小腹が空いたので、魚の塩漬けをタルから取り出して、かじかじしていると、また外に人の気配。


 ひょこりと甲板に顔を出して、様子をうかがう。

 こんどはチンピラだった。


 見た目は十代後半くらい。

 さっきのごろつき二人組より、かなり若い。でも一見してチンピラ。

 こっちが顔を見せたのに気づいて、チンピラは「よう」と手を挙げた。



「よう。アルミラの嬢ちゃんの連れの、タツキってのはあんたか?」


「そうです!」



 アルミラの知りあいらしい。あわてて船から降りる。

 私が近づいていくと、青年の目がまんまるになった。



「どうしたの?」


「……いや、嬢ちゃんから女神だなんだと話には聞いてたんだけどよ、マジで誇張なしの美人さんだったんで、度肝抜かれた」


「そういうほめられ方、うれしくないんだけど……」



 男に褒められてもうれしくないってのもある。

 だけど根本的な問題として、まだ自分で自分の容姿を確認してないってのが大きい。

 実感なんて全然ないのに“美人”とか“女神”とか褒められまくっても、すっごくもにょるのだ。



「おっと、機嫌損ねたんなら悪い」



 チンピラはからりと謝る。ちょっといい人だ。



「ひょっとして、アルミラが言ってた信用できる人ってあなた?」


「いや、そいつとは別人だな」



 チンピラはかぶりをふる。



「――だが、嬢ちゃんにはデケえ借りがあってな。困ってんなら力にならせろっつったら、嬢ちゃんが帰るまでの、あんたの護衛を頼まれたんだよ」



 納得した。

 まあ護衛なんてなくても大丈夫だけど、さっきのチンピラみたいなのの対処をやってくれるなら助かる。



「なるほど……アルミラはどれくらいに帰って来れそう?」


「いま、その“信用できる人”のとこだ。用事を済ませて歩いて帰ってくるなら、日が暮れるころになるぜ」



 チンピラはそう説明した。



「オレはホルクだ。無事なようでなによりだぜ」


「タツキです。よろしく……まあ、トラブルが起こらなかったわけじゃないけど」



 後半はぼそりと言う。

 まあ、野生のアニキと三下をそっと自然に返したことは、特別伝えるような事じゃない。



「ん?」


「なんでもないです」



 微妙に怪しまれたので、モナリザの微笑みを返した。

 学校の怪談みたいに目が泳いでた気がするけど気のせいです。







 アルミラの帰りを、チンピラ――ホルクといっしょに待つことになった。

「船内で待ってていいぜ」って言われたけど、人の世界に降りてきたばかりの私は、好奇心いっぱいなのである。



「そういえば、ホルクさん。アルミラが会ってるのってどんな人?」


「嬢ちゃんの師匠みてえな人だよ。オレはあの人苦手なんだけどよ」



 尋ねると、ホルクは頭をかきながら答えた。

 表情から察するに、苦手というか嫌いというか、そんな感じ。



「師匠? なんの?」


「魔術とか、まじないとか、そんなやつだ」



 そういえば、アルミラは魔術とかにくわしそうだった。

 使えないとは言っていたけど、いまは、とも言っていた気がする。なにか事情があるんだろう。



「ホルクはあんまり師匠さんのこと、好きじゃない?」


「ああ」



 私の問いに、ホルクは即答した。



「――信用できるっちゃ信用できるさ。なにせあの女は金でしか動かねえ。義理も人情もあったもんじゃねえ」



 眉をひそめながら、ホルクが“師匠”の悪口を続けていると。


 ふいに、風が騒いだ。

 直後、一陣の風とともに、声が流れてくる。



「――えらい言いようだね、チンピラ。あたしにだって仁義はある。金を貰った人間は裏切らないよ」



 女の声、いや、少女の声?

 幼いけど存在感のある声だ。


 思わず風上を見る。

 誰も居ない……いや、はるか彼方に人の影。

 黒のフードを目深に被った人間が、風に乗って滑るように近づいてくる。


 それは、私の目の前で止まった。

 フードの奥からのぞく顔は、一見して幼い。

 幼女と呼ぶか、少女と呼ぶか、迷うところだ。


 長い髪は、美しい銀髪。

 淡いブルーの瞳は、この世とは違う世界を見てるような、茫洋とした感じだ。



「――ババア」



 と、口にした瞬間、チンピラがしびびび、と痺れた。

 ごくごく弱い電撃っぽい。



「こんな幼い娘をつかまえて、ババア呼ばわりはおよし」


「なに言ってやがる。金の亡者の若造りババアがががががっ!」



 ふたたび、しびびび。

 そんなに強い電撃じゃないけど、体がびくんびくん跳ねてるのですごくヤバ気に見える。


 と、銀髪幼女の懐から、茶褐色の子猫が飛び出してきた。



「タツキさん、帰って参りましたわ!」


「アルミラ、お帰り。この人が……」


「ええ、魔女オールオール様ですわ。この方なら、船のこともなんとかしてくれますわ!」



 魔女。

 あらためて、銀髪の幼女――オールオールを見る。

 幼女からは無視できない何かを感じる……ってことは、たぶんすごい使い手なんだろう。



「話には聞いておったが……とんでもないヤツを連れて来たもんだね、アルミラ」



 幼女は私を見ると、深いため息をついた。

 わざとらしさを演出したかったみたいだけど、ただかわいいだけだった。



「――どこぞの野良神様かい? とんでもない力の主じゃないかい」



 神、と言われたので、勝利の女神ニケのポーズで応じる。

 通じなかった。しかも怪訝な顔をされた。しかめ面もかわいい。



「……まあ、あんたがどこのどなた様だろうと、興味はないさ。貰った代金分、しっかり働かせてもらうだけさ」



 言って、銀髪幼女は微笑む。

 微笑は天使そのものなのに、言葉の内容はシビアだ。


 微笑を収めた幼女はドラゴンシップに向き直る。

 ちゃり、と金属がこすれる音。懐から取り出したのは、青みを帯びた宝石がついた、銀の鎖のネックレス。



「さあ、世にもまれなる竜の船よ、このあたし、陋巷ろうこうの魔女オールオールの声に応えておくれ」



 幼い少女の高い声が、大気を震わせる。



「これなるは海、いと小さき港……世にもまれなる竜の船よ、さあ、お入りなさい」



 ゆっくりと、ドラゴンシップに語りかける声は、抗いがたい力を帯びている。



「――縮め・縮め・縮み・縮んで――さあ、この手においで……」



 船が、幼女の声に応えて、どんどん縮んでいく。

 縮みながら、ふわりと浮きあがり、彼女の手元に吸い寄せられて――宝石の中に消えていった。



 ――すごい! 魔法だ!



 感動していると、魔女オールオールは私に向き直り、ネックレスを差し出した。



「はいよ、持っておきな」



 やっぱり、天使の微笑と口調がかみ合ってないのはさておき。


 私はネックレスを受け取った。

 一見、ただのネックレスに見える。

 ただ、宝石部分をよく見ると、中にドラゴンシップが浮かんでいるのが見える。



「え、と、これって出すときはどうしたらいいんですか?」


「アルミラに頼みな。できの悪い弟子だけれど、それくらいはできるさ」


「ありがとうございます」


「礼なら要らないよ。もう貰ってるからねえ」



 天使の微笑を浮かべて、銀髪幼女は懐から竜の鱗を取りだす。



「――風竜の鱗。部位も状態もいい。これだけで一財産だよ。報酬としちゃ破格さね」


「オールオール様、ありがとうございますわ! あとは、わたくしを!」



 と、横からアルミラが声を上げる。

 横というか足元からだけど。



「ああ、わかってるよ……しかし、あんたにかけられた呪は厄介だね。まさかかえすわけにもいかないし、ひとまず黒水晶の護符アミュレットに移すのが上策かね……」



 と、オールオールはまた呪文を唱える。

 魔女はそれから、飾りのついた黒水晶の護符をアルミラの前に置いた。



「これで護符との縁は繋がった。あとは触れて念じるだけで、呪いは護符に移るよ。物陰ででも――」


「ありがとうございますわ! オールオール様!」



 幼女の言葉を最後まで聞かず、アルミラはそそくさと護符に触れる。



「あ、こりゃ、そそっかしい子だよ!」



 オールオールが止める間もない。

 護符に触れたアルミラの体が、一瞬にして膨れ上がった。


 茶褐色の毛並みが、肌色に。

 手足がすらりと伸び、頭の毛は、色は変わらず、長く長く伸びていく。


 顔の造作が、人の、美しい少女のそれに変わって。



「わたくし、復活ですわー!」



 全裸の美少女が、仁王立ちでそこに立っていた。

 たゆん、って音が聞こえた気がする。


 私には、全部見えた。

 ありがとうございます。ありがとうございます。



「――うを、目が、目が!?」



 と、ホルクが悲鳴を上げる。

 オールオールの魔法だろう。視界の端に捕えた彼の顔は、闇に包まれてた。ナイスセーブ。



「……」



 自分の状況に気づいたのだろう。

 アルミラは、顔を真っ赤にしてぷるぷる震え。



「きゃーですわーっ!」


「なんだ、なにが起こってんだ!?」



 悲鳴を上げるアルミラ。

 状況がわからず、声を上げるチンピラ。

 魔女オールオールが、やけに可愛げのあるため息をついて、懐から宝石を取り出す。

 ばさばさ、と、宝石から出てきたのは服だ。何種類かの服が、幼女の足元に折り重なっていく。



「まったく……ほれ、服だよ。持って来させておいて、忘れるんじゃないよ」


「うう、ありがとうございますわ……あ、タツキさんも服、どうぞですわ」



 まだ真っ赤になりながら、アルミラは私にも服を勧める。

 声はアルミラで姿は人間なので、すごい違和感がある。かわいいからいいけど。



「あ、そういえば服、勝手に借りててごめん」


「いいんですわ。でもその服だと街中で目立ちますので、こちらを着てくださいまし」



 アルミラに渡されたのは、いま着てるギリシャ風のよりもっと洋服に近い感じの服だ。



「ありがとう、アルミラ」


「その髪も、目立ちますので頭巾を被って下さいましね」


「了解」



 金髪ブロンド、といえば聞こえはいいけど、ほんとに輝くような黄金色なので、すっごく目立つのは理解できる。

 このレベルの金髪って洋画とか動画とかでも見たことないし。



「ちょ、服! 衣擦れの音が聞こえる! ババア、言われなくても離れて待ってるからこの暗いのをなんとかしやがれ――あばばばば!?」



 強めの電撃を食らったのか、ホルクがぶっ倒れるけど、さすがに自業自得な気がする。



「それにしてもアルミラ、人間だったんだね」


「はいですの。申し訳ありません。タツキさんが違う世界の方だって聞いた時に、お伝えしておくべきでしたわ」



 アルミラが頭を下げる。

 いや、まあいいんだけど、この分じゃ水の都も猫パラダイスじゃないな、きっと。ちょっと悲しい。


 というか、よく考えたらアルミラのこと、猫だと思ってセクハラしちゃってた私の方が謝るべきかもしれない。



「……さて、これであたしはお役御免だろう。帰るよ……アルミラ、せっかく戻って来たんだ。せいぜい生きな」



 銀髪幼女がよいちょ、と腰を伸ばす。

 老人の真似を無理してやってるみたいで、妙にかわいい。



「――あと、竜の鱗一枚は貰いすぎだからね、お釣りがわりに金貨を受け取りな。銭袋ごとくれてやるよ。あと、いま鱗を換金されちゃ値崩れしかねないからね。目立つと厄介だし、しばらくは持っとくんだよ。もし金が入用(いりよう)なら、あたしに言うんだ。当然買いたたかせてもらうが、ちゃんと金に換えてあげるよ」



 オールオールがアルミラに言い聞かせる。

 なんというか、素直になれないおばあちゃんみたいな言動である。幼女なのに。


 ……というか。



「ホルクさん、あれ、ドライとか金づくなんかじゃなくて、ただのツンデレなんじゃ……」


「……ツンデレってなんだよ。というかまだ目が見えねえよ」



 ぶっ倒れているチンピラに話しかけたけど、同意は得られなかった。





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銀髪ツンデレロリババア魔女っ子!
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