その1 ドラゴンのお肉は美味しい
――おなかすいた。
目が覚めて、まずそう思った。
ひどくお腹が空いている。
二、三日食事を抜いてたんじゃないかってくらいひどい。
寝起きはいい方じゃないけど、さっさとベッドから出て……冷蔵庫になにかあったっけ?
寝ぼけながら、体を起こす。
重たいまぶたを開き、部屋のドアがある方に目をやって――凍りつく。
目の前に、バケモノがいた。
緑の鱗に覆われた、翼を持つ竜。
まるで、おとぎ話のドラゴンそのもの。
おまけにもう一匹、巨大な蛇のような青い竜。
二匹の竜が、血を流し、絡まり合うようにして倒れていた。
「……なにこれ」
わけがわからない。
なんで目が覚めたら目の前でドラゴンが倒れてるのか。
そもそも部屋で寝たはずなのに、なぜか屋外だ。太陽がまぶしい。
まわりを見る。
見渡す限り、一面の海。
足元は、ごつごつした岩肌。
島と呼ぶのもおこがましいような、狭く、平らな岩礁の上に、二匹の竜が倒れてる。
くるる、とお腹が鳴った。
空腹はもう限界だ。
なのにまわりには、絶望的になにもない。
――目の前の、ドラゴン以外は。
おなかすいた。
ひもじい。我慢できない。
けだるい体を引きずり起こし、ドラゴンに近づいていく。
体にものすごい違和感があったけど、いまは気にしてられない。
ドラゴンは、ピクリとも動かない。
見れば、ドラゴンの胸に、深い傷が刻まれてる。
たぶん致命傷だ。ざっくりと割れた緑の鱗の下から、鮮紅色の肉が見えてる。
こくり、と喉が鳴る。
どうしようもないくらいナマの肉。
それも、牛とか豚とか鳥じゃない。
安全かどうかもわからない、ドラゴンの肉だ。
――けど、おなかはぺこぺこだ。
覚悟もなにもない。
ただ、食べたい。食べて空腹を満たしたい。
それだけの思いでドラゴンの傷口に顔を突っ込み、かぶりつく。
――っ!?
……言葉もなかった。
美味い。
鮮血が滴るほどナマなのに、生臭さなんかない。
肉の純粋な旨味、とろけるような脂肪の甘みが、えもいえぬ香気に包まれて、口の中を通り抜けていく。
「うまい」
夢中でかぶりつく。
この美味を味わっていたい。
痺れるような幸福に浸り続けたい。
もっと、もっと。
「……うまい」
感動で涙が止まらない。
肉を噛み、呑みこむ作業を止められない。
体中にまとわりついてくる血なんか、これっぽっちも気にならない。
心臓だろう。ひときわ歯ごたえのある肉塊を食べ尽くしたところで、やっと一息つけた。至福の体験だった。
「けぷ」
お腹を押さえる。
あれだけ食べたのに、まだまだ食べ足りない。
二桁、下手すると三桁キロ近い肉を食べたはずなのに、体はまだ肉を求めてる。
「う……がまんがまん」
ふらふらと肉に吸い寄せられそうになって、かぶりを振る。
自分の声がやけに高い気がしたけど、あと回しだ。
――冷静に、冷静に考えるんだ。
ここは無人島だ。
無人島というか、植物も生えてないちっぽけな岩礁だ。
水分も、食料も、確実に保証されてるのは水竜とドラゴンだけ。ムダに食べるわけにはいかない。
――がまん……だけど、水竜のほうも、ちゃんと食べられるか、味見しとかないと。
がまんしきれなかった。
自分に言い訳しながら、水竜に目をやる。
冴えた青色の鱗を持つ、でかい蛇みたいな竜だ。
どうも相討ちになったらしくて、ドラゴンのでかい鉤爪が、水竜の腹を切り裂いてる。こちらも致命傷だ。
こくり、と喉が鳴る。
こっちも、ぜったい美味しいって確信がある。
本能に従って腹の傷口に顔を寄せ、獣のようにかぶりつく。
肉汁が、口の中ではじけた。
「……ふふぁい」
肉にかじりつきながら、美味い、と声に出してしまう。
締まった肉質のドラゴンと違って、こっちはものすごく柔らかい。
それでいて、しっかり弾力もあって、かじりつく感触がすごく心地いい。
肉からこぼれる肉汁は大量かつ濃厚。
口を伝ってこぼれる肉汁をすすりながら、もう一口、もう一口と食べ続ける。止まらない。
――ああ、美味しい。美味しい。もっと、もっと食べたい。食べ続けたい。食べ尽くしたい……
あまりの多幸感に、頭の中が真っ白になって……そのまま、意識も白く溶けた。
◆
目を開く。
太陽がまぶしい。
波の音と潮の香りが、やけに身にしみる。
そのまま、大の字になって体を伸ばして、ため息をつく。
目が覚めたら自室のベッドの上、全部夢だった。
なんてことを一瞬期待したけど、そう甘くはなかった。
私が居るのは意識を失う前とおなじ岩礁で、視界の端にはドラゴンと水竜が倒れてる。
……骨と皮だけになって。
――ほわっつ!?
思わず体を起こして二度見した。
信じられない。
ドラゴンは10mほど。
水竜は、その三倍はある。
それが、きれいに骨と皮だけになっている。
「もしかして……全部食べちゃった?」
現実感のない推測だけど、それ以外考えられない。
その証拠に、体が血で真っ赤になって――
「ええええっ!?」
思わず悲鳴を上げる。
服がない――それはいい。
全身血で真っ赤だ――それも、まあいい。
胸がある。
男の証がない。
言い訳しようがないくらい女の体だ。
そして私は生物学上男だ。ついてたのだ。それがなくなってる。
「なんでだあっ!?」
あんまりな理不尽に、天に向かって全力で叫んだ。
新連載です。よろしくお願いいたします。しばらくは毎日更新予定です。
本日は第2話まで。第2話は21時に投稿予定です。