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3-05

   ×××


 今年の春に結婚した、第三王子とスプリア王国の王女が国外旅行をするという情報は、すでに王都中に知れ渡っているらしかった。使用人たちに見送られ城門を出てからずっと、街のみながサンドル王家の紋章が入った豪華な箱馬車と、その安全を守る隊列に注目していた。


 エフェメラが窓から外を覗くと、「あれがスプリアの王女さま?」と女の子が楽しげに喋る声が聞こえた。手を振ると、嬉しそうに手を振り返される。そんなやりとりが何回もあった。


 これもサンドル王家が市民からの信頼を集めている証拠だろう。王都の平和な街並みと笑顔に、故郷のスプリア王国を思い出す。エフェメラは自然と笑みをこぼした。


 腕が疲れてきた頃、エフェメラは窓から身を退き窓幕を下ろした。そして向かいの椅子に座るディランを見た。ディランはずっと本を読んでいて、一度も窓のそばには寄らなかった。


「ディランさまは、手を振らなくてもよいのですか?」

「あまり顔を出したくないからな。それに、こういうのは王太子であるイーニアス兄さんとか、市民の催しにも顔を出すリチャード兄さんなんかがこなしていれば、十分だから」

「十分、なんて……」


 ディランが公の場で顔を見せるのは本当に稀で、大きな式典やどうしても外せない夜会の時だけだ。そのため貴族でもディランの顔を知らない者は多く、結婚式で初めてディランを見た貴族も多かった。


 ディランがしっかりと姿を見せないから、『第三王子は出来の悪い王子』だと好き勝手に噂される。エフェメラは、本当はディランは真面目で優しいのだとみなに知って欲しかった。


「ディランさまのことが気になっている方は多いと思いますよ。実際に、すごい数の方が馬車を見てますし」

「俺に注目してるわけじゃない。こんなに注目するのは、噂に名高いスプリア王国の美しい姫を、一目見たいからだろ」


 さらりと言われた言葉にエフェメラが固まっていると、ディランは失言に気づいて本から顔を上げた。エフェメラは頬を赤くしていた。


「美しい……」

「いや、いまのは、君がその……一般的にそう思われてるって意味で」

「あ……そう、ですよね」

「ああ、いや……それだけでも、ないんだけど……」

「……」

「……」

「ローザとヴィオーラもいるんだよ?」


 ずっとエフェメラの隣に座っていたローザが言った。ローザは歯が浮いたような顔をしている。隣には不機嫌なヴィオーラもいる。今日の二人は、いつもの侍女服の上に外出用の可愛らしい肩掛け外套を着ていた。


「もちろん! 二人がいることは、わかってるわ」

「いえ。エフェメラさまは、ぜったいにローザとヴィオーラのことを忘れていたと思います」

「まったく、はっきりしない王子ね。ガルセクだったら、いまのところはずばっとほめてたわ」


 気まずそうに横を向くディランに、エフェメラは申し訳ない気持ちになった。


 初め、ローザとヴィオーラは使用人用の馬車に乗る予定だった。だがほかに乗る者もいないからと、王族用の馬車に乗ることをディランが勧めてくれたのだ。だから二人がいることでディランの居心地を悪くさせたくはない。


「ヴィオーラったら、ディランさまに何てことを言うの?」

「でもエフェメラさまだって、ほめて欲しいのではありません?」

「それは……」


 口ごもるエフェメラに、ローザが別のことを訊く。


「エフェメラさま。アーテルはいないんですか?」


 エフェメラはディランから聞いていた話を教えた。


「アーテルは、アルブスと一緒にお仕事なんだそうよ」

「そっかぁー」

「あんなすけべ男、いなくていいわ。二度と羽はにぎらせないんだから」


 清々としているヴィオーラと違い、ローザは落ち込んでいる。ローザはアーテルに懐いていたため寂しさがあるらしい。エフェメラはローザの頭を撫でた。


 するとふと、ディランがエフェメラを見ていることに気がついた。目が合う。ディランはエフェメラの表情を窺っているらしかった。エフェメラが小首を傾ぐと、ディランがぽつりと言った。


「あいつは、金貨一枚を一晩で使い果たすような男だ」

「……はい……?」


 いきなりなんだろうと思ったが、ディランはまた本を読み始めてしまった。ディランは本当によく本を読む。勉強のために本を読まなければならないと話していたと、エフェメラはローザから教えてもらっていた。


 公都ウィーダまでの移動の間、ずっとディランと話していたいと思っていたが、勉強の邪魔をするのも気が引ける。だからせめて、ディランが集中し切る前に、エフェメラはこれだけは伝えておこうと思った。


「ディランさま」


 ディランが本から視線を上げる。エフェメラは柔らかくほほえんだ。馬車の上部にある窓からは、流れる細い雲が僅かにあるばかりの青空が美しく見えている。


「楽しい旅行にしましょうね」


 ディランがぼんやりとした顔をした。その後やや目を伏せて、「うん」と小さく頷いた。


   ×××


 馬車は〈南の大街道(ノトスセビリ)〉をひたすらに南下した。まずは国境(くにざかい)の南の大都市、フェブルアーリ市を目指す必要がある。


 大陸の中央に広がるサンドリーム王国に対し、ウィンダル公国は大陸南西にある。そのためサンドリーム王国のほぼ中央に位置する王都サンドルからは、フェブルアーリ市に着くまでに馬車で八日、そして国境を越えた(のち)、大陸沿岸部にある公都ウィーダまではさらに三日の時間を移動に要する。およそ半月の道程だ。


 南の大街道(ノトスセビリ)は、王都サンドルとフェブルアーリ市をまっすぐつなぐ、誰もが知る大街道だ。途中に十二公爵家が治める大都市が三つもあり、エフェメラとディランはそれぞれの公爵が開いた晩餐会に参加した。公爵たちとは結婚式でも会ったらしいが、エフェメラは曖昧にしか顔を覚えていなかった。そのため、やはり相手はほとんどディランに任せてしまった。


「幸いなことに、サンドリームで公爵位を持つ人たちは、みな優秀な人たちばかりだ。王と十二人の公爵は、上下関係はあるけれど、互いに(いさ)め合う関係と言っていい。王が道を誤り国が傾きそうになった時、公爵たちは王を正し支える、切っても切れない関係だ。とは言っても、君が特別意識する必要ないけど」


 移動途中、ディランがそんなことを教えてくれた。エフェメラは政治のことはよくわからない。だがこうしてディランの隣に立ちながら、少しずつでも学んでいきたいなと思った。


 王都を発ってから、大きな問題もなく八日が経過した。エフェメラたちを乗せた馬車は予定通りフェブルアーリ市に到着し、領主のユーノー公爵への挨拶も無事に終えた。先の三人の公爵への挨拶を経験したせいか、あまり緊張しないで応じることができた。


 フェブルアーリ市は、国内では王都に次いで大きな都市で、観光名所もたくさんあるという。だが日程の関係で観光する時間は作れなかった。馬車が進むにつれ小さくなっていく街を見ながら、エフェメラは目を細くする。そういえば、フェブルアーリ市はサンドリーム王国の最南端なのだから、ここからならスプリア王国が近い。


「――ディランさまは、フェブルアーリにも来たことがあるんですよね?」

「うん」

「もしかして、サンドリームのすべての町に行ったことありますか?」

「全部ではないけど、九割くらいは。食事をしただけの町とかもあるけど」

「すごい……。わたしも、いろいろなところへ行ってみたいです」

「行くといいよ。ただし、ちゃんと護衛兵を連れ立ってだけど」


 迷うそぶりもなく返され、エフェメラは頬を小さく膨らませた。


「そういう意味ではなくて……。ディランさまと一緒に、いろいろなところへ行ってみたい、という意味です」

「……」

「……」

「ローザとヴィオーラもいるんだよ?」


 ローザがにやにやしながら言う。エフェメラは頬を紅潮させたまま、「も、もちろん、わかってるわ」と返した。



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