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3-46

 エフェメラのまっすぐさから逃げられず、ディランは吸い寄せられるようにエフェメラを見た。一度見てしまったら、もう目は離せなかった。


「うん――きれいだよ、すごく」


 ディランがあまりに自然に言ったので、エフェメラは額から首まで瞬時に真っ赤になった。頬を両手で覆い俯く。あまりに嬉しくて照れ臭くて、空高くまで飛んで行ってしまいたい気持ちになった。


「わっ、フィー! 羽出てるよ!」


 ディランが慌ててエフェメラのそばに来た。


「はい、いまならお月さままで飛んでいけそうで……」

「わかったから! 早くしまわないと!」


 ディランが焦って周りを確認する。エフェメラはすぐに羽をしまった。ディランはほっと息をつく。


「羽って、うれしい時に勝手に出るものなの?」

「そういうわけでは。基本は自分で制御できます」

「安心した……」

「もしディランさまにも羽があったら、いまから月夜のお散歩をするところですのに」

「それがスプリア流なの?」

「はい。恋人同士が盛り上がったら、誰もいない夜空をお散歩するんです。そして朝まで一緒に過ごすのだと、昔ラッシュお兄さまに教えてもらいました」

「……へえ」

「ディランさま、あの……」


 エフェメラはディランの胸に寄りかかった。


「今夜は、一緒のお部屋で寝ませんか?」


 ディランが唾を飲み込む気配がした。


「だめ、ですか?」

「え……っと……」


 エフェメラは上目遣いでディランを見上げ、ねだるように服も掴んでみた。大胆な衣装とともに気持ちを鼓舞し、いつもより積極的に頑張ってみる。ディランは反射的に後ろへ下がろうとして、だがかかとが石にとられて背中から倒れた。


「わっ」

「きゃっ」


 草の香りがした。つられて倒れたエフェメラが目を開けると、ディランの顔が間近にあった。二人の目が合う。互いの唇がすぐ近くにあった。


 口づけは結婚式にしたきりだ。夫婦ならば毎晩おやすみの口づけをする人もいるだろうに、もう四ヶ月もしていない。エフェメラは目を閉じた。アラべリーゼから、女性からも口づけをしていいのだと教わった。狙い落としたい相手には自分から行動すべきだと、助言された。だから凄まじく恥ずかしかったが、エフェメラは自分からそっとディランに顔を近づけた。


 だが唇が触れ合う前に、両肩にディランの手が添えられた。体を起こされる。エフェメラは閉じかけていた瞼を開けた。ディランは複雑そうに眉を歪めていた。口づけを拒否されたと理解したエフェメラは、羞恥で顔を赤くした。


「ご……ごめんなさい……っ」


 掠れた声で言い立ち上がる。あまりに恥ずかしく、そして哀しかった。とにかく早くこの場から消えてしまいたくて、エフェメラは回廊へ駆け出した。しかしディランが追いかけてきてすぐに手首を掴まれた。


「フィー!」


 手を解くには、ディランの力が強過ぎた。エフェメラは振り向くことができないまま体を強張らせる。


「ごめん」


 一人になるまで堪えようと思ったのに、謝られて涙が溢れてしまった。何も言われないほうがずっとましだ。どうしてディランは、さらに惨めな思いをさせるのか。


「違うんだ、フィー。君と……キ、キスをしたくないって、わけじゃないんだ」


 思わず振り返る。涙を流すエフェメラに対し、ディランは情けない顔だ。エフェメラが逃げないことを確認しながら手を離すと、言葉を続ける。


「こういうことをするなら、君にちゃんと、話しておきたいことがあるんだ。今日、デートの最後に言おうと思ってたことなんだけど」

「わたしに好きだと伝えることですか?」

「……え?」


 ディランが間の抜けた顔をした。あまりに場違いな間抜け面で、エフェメラは泣いているのがばからしくなってしまった。高台広場で告白されるのだとばかり思っていたのに、まさかただの勘違いだったなんて、どうして信じられよう。


「あ、違うよ。そういう話をしようとしたわけじゃなくて……――ま、紛らわしかったかな。ごめん」

「……」

「あの、えっと……、俺の仕事に関する話をしようと思ったんだ」


 エフェメラは不機嫌さを隠さずに顔を背ける。ディランがものすごく必死なのは伝わってくるが、なんだかもうすべてが嫌になってくる。


「……お仕事のお話が、どうしてわたしとディランさまの仲に関係があるのですか?」

「それは、聞けばわかってもらえると思う。でも、この場で話すようなことではないから、ちゃんと落ち着いた場所で」

「わかりました。ではお部屋ででも」

「あ、でも、いまからは無理なんだ。俺、これからちょっと用事が……」


 「あって……」と続けるディランの顔は青い。自分がどれほど空気が読めないことを言っているのかは理解しているらしい。


 エフェメラは胡乱うろんな目でディランを見つめた。ディランがこれ以上ないほど気まずげに目を逸らす。それを気にせず見据えていると、エフェメラはディランの後方の柱の陰に隠れる、同じく気まずげな顔の男児の姿に気づいた。水色の髪で、薄緑色の帽子をかぶり、何とも言えない表情でこちらを見ている。


「ニック?」


 ディランが驚いて振り返る。覗き見ているのは夕方に別れたばかりのニックだった。ニックは申し訳なさそうに柱の陰から出てくる。


「なんか、ごめん。見ちゃいけないものを、見ちゃったっていうか……」

「いつからいたの!?」

「エフェメラ姉ちゃんが、ディラン兄ちゃんを押したおした辺り……かな」


 エフェメラはぼっと顔を赤くした。


「お、押し倒したんじゃないわ! あれは、事故で……!」

「ああ、うん……」


 二人で倒れたところから見られていたということは、エフェメラがディランに口づけをしようとして拒否された場面も見られていたということだ。エフェメラ恥ずかし過ぎて悶えたくなった。真っ赤なエフェメラを差し置き、ディランが冷静に訊く。


「ニック。どうしてここにいるんだ?」


 ニックは別の話題にすがるように答える。


「ハロルドが、夜出かけるって言うから、ソフィア姉の――知り合いのとこに泊まれって、言われたんだ。それで宮殿まで来て、ついでに二人にちょっとだけ会っておこうかなって思って、来たんだけど……もうちょっとおそく来たほうが、よかったよね……」



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