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3-45 祈りの終焉

「や、やっぱり無理ですっ。こんな恰好でみなさんのところへ行くなんて!」

「あら。こんな恰好だなんて、わたくしにとっては、普段着のようなものですのに」

「それは、そうかもしれませんが……っ」


 露わになっている腹部や胸元を必死に隠そうとするエフェメラを見て、アラべリーゼが楽しそう笑う。


「大丈夫です。とってもお似合いですわ。これで今夜のディラン王子の視線は独り占めですわね」


 『独り占め』という言葉に、失いかけたエフェメラの決意が戻ってくる。エフェメラは体を隠していた手をそっと退けた。


 今夜の宴のために選んだ服は、アラべリーゼから借りた公国の正装衣装だ。肩は剥き出し、胸も薄手の布で覆っている程度、腹部も丸見えで、ふわりと広がるスカートは前開きになっているため両脚が見えてしまっている。


 女性的な魅力を男性に見てもらうための、この上ない衣装だ。首や腕、足についた宝飾品も、うなじが見えるよう高く結い上げた髪も、すべてが妖艶さを計算し作り上げたものだと思えてくる。


「……ディランさまに、はしたないと思われないでしょうか」

「思うわけありませんわ。ディラン王子だけのために着ているのですから」

「そう、ですよね……!」


 エフェメラはしっかりと顔を上げた。何と言っても今日は旅先での最後の夜だ。結局今月はずっとディランと部屋が別になってしまっていた。今夜こそは一緒の部屋で過ごしたい。デート効果もあるいまなら、いい雰囲気になればきっと両想いになり、もしかしたら一線を越えるなんてこともあるかもしれない。


「わたし、がんばります。今夜であつあつ夫婦になってみせますーっ!」

「その意気ですわ」


 アラべリーゼや数人の女官たちに拍手で応援された後、エフェメラとアラべリーゼは宴が開かれる大広間へ向かった。すると廊下でガルセクと会った。ガルセクはエフェメラを見るやいなや顔を真っ赤にし、激しくうろたえた。


「エフェメラさまっ。そ、そのお召し物は、いったい!?」

「ああ、ガルセク。やっぱり、おかしいかしら……?」

「あ、いえ! そのようなことは。大変おきれいです! ただその……エフェメラさまにしては、非常に珍しいお召し物と申しますか、普段は決して着ないような、その……」


 ガルセクは目のやり場に困っているらしく、視線をいろいろな方向へ動かしている。だがその端々は露出している胸や腹部などを気にしていて、エフェメラはまた恥ずかしくなってきた。とっさに言い訳が口をつく。


「えっと、ウィーダで過ごすのも今夜で最後だし、こういう格好をしてみるのも、楽しい思い出になるかな、なんて」

「そう、なのですか」

「それよりっ。ガルセクはどうしてここへ? もしかして、わたしに用事?」

「ええ、はい。今日の昼、明日からの帰路について隊長殿と話してきたのですが、今夜みなで飲まないかと誘われまして」

「あら、それはいいわ。ぜひ行ってきたら?」

「ありがとうございます。それで、ローザとヴィオーラのことなんですが……」


 ローザとヴィオーラはエフェメラの侍女ではあるが、まだ五歳だ。エフェメラが二人の保護者のような存在であり、また、ガルセクもよく手を貸してくれている。エフェメラがサンドリーム王国で暮らすようになってからは、夜会などで遅くなる時は、いつもガルセクが二人の面倒を見ていた。


「ああ、そうね。寝る前にわたしが二人の様子を見ておくわ。安心して」

「すみません。ありがとうございます」


 ガルセクは恭しく一礼をし、その場を去った。エフェメラはアラベリーゼとともにまた歩き出した。


 大広間にはすでにみながそろっていた。続々と料理が運ばれ、手前の卓ではアラベリーゼ以外の二十三名の公妃たちが談笑している。ディランはシュトホルムや大公補佐官たちと話していた。すでに酒を飲み始めている。


「あ、二人とも来たね」


 シュトホルムが赤ら顔で笑う。


「遅かったから、先に少しだけ飲んじゃったよー」


 さらにエフェメラの服装に気づき。表情を明るくした。


「わあっ! エフェメラ姫、かわいいね」


 シュトホルムは太い胴回りを揺らしながら、エフェメラのそばに飛んできた。エフェメラは曖昧にほほえみながらシュトホルムの視線を受け止める。


「いいねえ、いいねえ。アラべリーゼが貸してあげたの?」

「はい。お揃いにしてみましたの」

「うん、すっごく似合ってるよー。ねえ、ディラン王子?」


 エフェメラは頬を染めながらそっとディランを窺った。ディランはエフェメラを見て目を丸くしたまま動きを止めていた。だがそれは、エフェメラに見惚れていると言うよりは、道を歩いていたら二足歩行の猫に出くわした、という類の驚き顔だった。エフェメラはガルセクのような反応を期待していたので残念に思った。


 ディランはすぐに我に返り、「ええ、そうですね」とシュトホルムに返した。シュトホルムに勧められ、エフェメラはディランのすぐ隣に座った。


 向かいに座る大公補佐官たちは頬を染めエフェメラを見ている。だがディランはエフェメラが酌をしてもろくに目も合わせようとしなかった。エフェメラはふてくされたくなったが、始まった音楽や踊りにすぐに気をとられた。


 エフェメラたちが明日の朝には出発することもあり、宴は早めに切り上げられた。最後、アラべリーゼがまた水槽の中で歌ってくれた。ひと月前の出来事が昨日のように思い出される。そしてエフェメラはまた夢を見た。楽しくて嬉しい思い出で満ちた、幸せだけが詰まった夢を見た。


「――ディランさま、怒っているんですか?」


 ディランと二人で部屋へ帰っている間、エフェメラは思い切って聞いてみた。ディランはやはりエフェメラを見ないまま返した。


「え、なんで?」

「宴の間、わたしとあまりお話をしてくれなかったからです。いまも、こちらを見てくれませんし……この服装を、怒っているのですか?」


 小さな中庭に面した回廊には二人以外誰もいない。賑やかだった宴の席の熱が少しずつ体から冷めていく。


 回廊は月明かりが多く射すため灯りが焚かれていなかった。回廊の壁も床も、蒼ざめた光に染まる中、ディランは返す言葉に悩むように立ち止まる。


「怒ってはないよ。サンドリーム内だったらその恰好は驚かれるだろうけど、ここはウィンダルだ。それにアラべリーゼ公妃に勧められたのなら断るのも悪い。――……ただ、ほとんど裸みたいな格好だし、俺個人としては、あんまり着て欲しくなかったってだけだよ。その、ほかの男もいるんだし」


 ディランの声は自信なさげに尻すぼみになっていったが、エフェメラはすべてをしっかり聞き取った。ディランの考えに驚きつつも、大事にされているのだと思え嬉しくなる。


「なら、ほかの男の方がいないなら、いいのですか? ……ディランさまの、前だけなら」

「それは、えっと、そういう意味でもなくて――……君が、心を許した相手の前にだけにするべきだって、いう意味で……」

「では、まったく問題ありません」


 迷いないエフェメラの言葉に、ディランが動揺したのを感じた。それを気にせず、エフェメラは回廊から飛び出し中庭へ躍り出る。


 月光を浴びた庭の小さな池の波紋が、周りに植えられた水仙スイセンの花に青く反射していた。水仙の花の間に立ち、エフェメラは正面からディランを見る。


「この服、ディランさまのためだけに着てみたんです。だから、ちゃんと見て欲しいです。……どうでしょうか。わたし、いつもより魅力的に見えますか?」



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