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「さっきの話は、君が気にすることじゃないよ」


 ディランの声音は作ったように優しい。エフェメラは不満だった。ディランは詳しく話したくないのだ。仕事に関することなのは確かで、しつこく訊くのはきっとよくない。それでもハロルドとの会話を聞いてしまったからには、どうしても気になった。


「もしかして、ハロルドさんは、反乱をしようとしているのですか?」


 ディランは返答に迷うように数拍置いてから、誤魔化しはできないと判断したのか無言で頷いた。


「やっぱり……。だからあれほど二人で真剣に話していたんですね。……ハロルドさんを、捕まえてしまうつもりなのですか?」


 反乱を起こそうとする理由はしっかりしているように思えた。要件を聞かずに一方的に捕まえてしまうのは、酷いように感じる。


「いまのところ、予定はないよ」

「そう、ですか……」

「安心した?」

「はい。……でも、このままでもだめだとは思います。もし本当に反乱が起きてしまったら、多くの人が怪我をしたり、亡くなったりする可能性があるでしょうし……」

「そうだな。時間をかけて話し合い、互いの妥協点を探っていくべきだろうな」


 エフェメラが同意しようとした時、空に鐘の音が響き渡った。デートの終わりを告げる大聖堂の鐘の音だ。思わずエフェメラは小さく声を漏らす。楽しいデートが終わってしまった。


 懐かしさと寂しさを感じさせる鐘の音を聞きながら、エフェメラはわずかな期待を込めてディランを見上げた。行きたいところはまだ一ヶ所残っている。『宴に遅れてもいいから高台広場へ行ってしまおうか』なんて、ディランが言い出してくれはしないだろうか。


 だが鐘の方角を見ていたディランは視線を戻し、迷いなく言った。


「戻ろうか。主役が遅れるわけにはいかないから」

「……はい」


 ディランは高台広場とは逆方向である宮殿への道を進み始めた。エフェメラもそれについていく。


 今日が、いつまでも終わらなければいいのにと思う。だがそんなエフェメラの気持ちなどお構いなしに、太陽は徐々に海の向こうへ沈んでいった。


 宮殿に到着したのは陽が落ちて間もなくだった。宮殿の灯りはすでに灯っていて、入り口の白い柱の間にはアラベリーゼが立っていた。アラベリーゼは宴用の正装装束だ。薄明の空の下、灯りに照らされた紺碧の髪は美しく輝いて見える。


「おかえりなさいませ、お二人とも。楽しい一日を過ごせましたか?」

「アラベリーゼさん、待っていてくださったのですか?」


 エフェメラは駆け足で入り口への階段を上がった。アラベリーゼがディランの疑問の視線に気づき、エフェメラの両肩に手を添えながら言う。


「宴のお着替えのお手伝いをする、お約束をしていたのです。時間が惜しいので、エフェメラさんをお借りいたしますわね」

「はぁ……」

「すみませんディランさまっ。え、えっと――先に行ってますねっ!」


 エフェメラは恥ずかしげにしながらアラベリーゼとそそくさと宮殿の中へ消えた。何だろうとディランは思ったが、ふいに視線を横へずらすと、宮殿前に連なる大きな石像の一つに近づいた。


 周りには誰もいない。薄暗い前庭で、石像だけが下方から灯りに照らされている。その像へ向けてディランは口を開いた。


他人ひとのデートを観察するのは、楽しかったか?」


 わずかな沈黙の後、石像の土台の陰から気まずげな顔のアーテルが出てきた。ついで開き直った様子のアルブスと、額に冷や汗をかいたシーニーが出てくる。ディランは短く溜め息をついた。アーテルが頭の後ろに片手を当てながら、苦笑いをした。


「ばれてた?」

「当たり前だろ」


 三人は、朝からずっとディランとエフェメラのあとをついてきていた。追い払ってしまおうかとも考えたが、邪魔をする様子もないのでいずれ飽きるだろうと放っておいた。シーニーと目が合うと、シーニーは慌てて弁明した。


「ち、違うの、ディラン。私は、この二人が尾行するって言うから、おかしなことをしでかさないか心配で、仕方なく……」

「いや、すごく一緒に行きたそうにしてたじゃいたっ!」


 アルブスのつま先をシーニーが思いっきり踏みつける。アーテルは軽い調子で「悪かったって」と言いながら、にやにやとディランの肩に肘をかけた。


「で、どうだったんだよ。なかなかいい雰囲気だったじゃん。お前らが馬車使った辺りで見失っちまったけど、二人っきりになれたんだ。一つや二つ、大きなことがあったんじゃねえの?」

「……ああ。ほんとお前は、肝心な場面を見てないな」

「え……」


 自分で訊いておきながら、アーテルは明らかに戸惑った。ディランは再び溜め息をつきたくなった。だがいまはアーテルの色恋について考えている場合ではない。三人に向け、ディランは低い声を出した。


「『ハロルド』を見つけた」


 三人の表情ががらりと変わる。


「フィーと下町を歩いている時に、偶然会ったんだ。見逃しておく理由はない。――決行は、今日の夜中だ」


 できれば手を下したくなかった。だから、少しだけ話をした。そして翻意は叶わなかった。


「シーニーはブラウに連絡を、アーテルとアルブスは先に行って様子を探っていてくれ。俺と会ったことで何か行動を起こす可能性もあるから。宴が終わったら、俺も合流する」


 ディランはハロルドの酒場の詳しい位置を伝え、街へ向かう三人を見送った。空には星が瞬き始めている。月にはうっすらと雲がかかっていた。


 この国に変化はいらない。反抗思想も必要ない。サンドリーム王国の永遠とわの平和と繁栄のために、ウィンダル公国には従順なままでいてもらわなければ困るのだ。



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