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3-37

「わあっ! エフェメラじゃないか!」


 ギボウシはエフェメラの前まですっ飛んで来ると、感激しながらエフェメラを抱きしめた。


「すごいや! やっぱりまた会えた!」

「ギ、ギボウシさんっ」


 知人とはいえいきなり異性に抱きしめられて、エフェメラは目を白黒させた。ギボウシはすぐにエフェメラを離したが、手は握ったまま無邪気に笑顔を浮かべる。


「エフェメラは、本当に行く先々で現れるんだね。これはもう、運命だ!」

「わたしも、驚いたわ。ギボウシさんこそ、いろいろなところにいるのね」


 初めて王都サンドルで出会った時の印象と変わらず、変わった人だ。独特な服装のせいだろうか、どこか浮世離れしているように感じる。


「僕のほうが驚いたよ。まさかウィンダルで会うなんて。エフェメラはてっきり、サンドリームで暮らしてるんだと思ってた」

「暮らしているのはサンドリームよ。いまは、旅行に来ているの」


 エフェメラは店主の怖い顔を見ながら躊躇ためらいがちに訊く。


「また、お金に困っていたの?」

「あはは……。恥ずかしいんだけど、実はそうなんだ。僕、定職に就いてないから、金欠とは切っても切れない関係っていうか……。でも構わないよ。またこうしてエフェメラに会えたから、お昼ご飯くらいなくても」


 笑顔のギボウシの腹からは、しかし空腹を主張する音がした。ギボウシが乾いた笑顔で誤魔化していると、後ろで呆気にとられていたディランが存在を思い出させるように声を出す。


「知り合い?」


 ギボウシは初めてディランに気づいたようだった。エフェメラは頷く。


「はい、ギボウシさんです。アプリーリスに王都で知り合った、えっと……お友達です」

「友達……」


 ディランはエフェメラに触れるギボウシの手を気にするように視線を落とす。ギボウシは手を離すと、ディランに右手を差し出した。


「ああ、連れがいたんだね。初めまして」

「……どうも」


 ディランが警戒したまま握手を返そうとする。するとギボウシがディランの顔を見て何かに気づく。


「あれ? 君……」


 ギボウシの反応に、ディランは怪訝になる。理由を尋ねる前に、店主がディランとエフェメラに声を投げてきた。


「おい! あんたらそいつの知り合いか? だったら代わりに金払ってくれよ。もう料理を用意しちまったんだ」


 ギボウシが申し訳なさそうな顔をする。ディランは気が抜けたように肩を下げ、「いま払うよ」と店主に返した。ギボウシは破顔した。


「え、いいの!? ありがとう! 君、良い人だね!」


 ディランはギボウシの笑顔を疑うような曖昧な表情だ。それからエフェメラに言う。


「俺たちも、ここで食べようか。その……せっかく友達と、会ったんだし」


 エフェメラは頷いた。二人で屋台から好きな料理を買い、ギボウシと一緒の席につく。ほかの客席には、仕事休憩中の男性や若い男女などが数名座っていた。


「――それで、あの日はエフェメラに二回も助けてもらったんだよね。歌で宿代を稼ぐのを手伝ってもらって、それから僕が捕まったおりを壊してくれて。檻を壊す時なんかすごかったね。天井にさがってた檻を、どっかーんって、容赦なくさ。あれは、本当に死ぬかと思ったよ。檻の隅に寄ってて正解だった。エフェメラって、外見と中身が合ってないよね。外見は上品で大人しそうなのに、中身はなんというか……大胆なんだ」


 普通の人の三倍の速度で料理を食べながら、ギボウシは楽しげに話す。エフェメラは道端で歌ったことや鉄の檻を壊したことをディランに知られるのが恥ずかしかった。


「だ、大胆だなんて……あの時は、状況が状況だったというか」

「いざって時に何をするかが、その人の本質だと僕は思うよ。――あ、お姉さん。お水をもう一杯もらえますか」


 ギボウシは席の掃除をしていた従業員から渡された水を美味しそうに飲むと、また大量の料理を食べ始めた。エフェメラとディランはごく普通の一人前の料理を食べている。


 ディランはギボウシをまだ警戒しているようで、口数が少ない。だがよく考えれば気持ちはわかる。良い人そうなのでつい普通に接していたが、エフェメラもギボウシについては知らないことばかりなのだ。


「ギボウシさんは、もしかして、いろいろなところを旅しているの?」


 ギボウシが一つの料理を平らげた時を見計らい、エフェメラは質問してみた。


「うん、そんなところ。大陸中を旅してる。サンドリームはもちろん、サマレもオウタットも、ここウィンダルも。大陸の西端から東端まで、北端のシャドの山から南端のジェンニバラドまで――って、山の中や森の中に本当に入るって意味じゃないけど、とにかく一年中旅してる」

「それは、すごいわ」

「物心ついた頃には、旅をしていたんだ。だから自然と行った場所も多いってだけだけどね。……両親が、旅をする人でね」


 ギボウシは懐かしむように言った。いまは両親が一緒にいないということは、大人になったから一人で旅をすることにした、ということだろうか。


「僕はほぼ一日おきに、いろいろな場所を転々としてるんだ。だから、知り合いもできなくてね。エフェメラとまた会えて、ほんとうれしいよ。これで四度目だね。僕の旅の仕方は特殊だから、同じ人に二度会うことってないんだけど……やっぱり、運命かな」


 ギボウシが機嫌よく言う。ディランはなんとなくつまらなそうな顔をした。


「知り合いもできないって――」


 エフェメラは問わずにはいられなかった。


「それでずっと一人で旅をしていて、寂しくはないの?」


 ギボウシが、木の匙を静かに置いた。やや声の調子を落ち着かせて答える。


「寂しいよ。でも、僕にはどうしても見ていなければならないことがあるんだ。だから、旅をし続けないといけない」

「見ていなければならないこと?」

「この大陸を、見続けないといけないんだ」

「大陸を……」


 ふた月前、スケッルス子爵家の邸内で会った時も、ギボウシは同じことを言っていた。


「あの、それはつまり、ギボウシさんの旅の目的は、いろいろな場所を見ることなの?」

「そう! 大陸すべてを見続けることが、僕の使命なんだ!」


 本気で言っているようなので、エフェメラは「そうなのね」と深く頷き返した。単なる観光好きとも違う。使命とは、つまり義務か。大仰な響きだ。話の流れからすると、両親に旅を頼まれたのだろうか。旅行記を作成していて、手伝って欲しいとか、続きを書いて欲しい、とかだろうか。


 どちらにせよ、ギボウシは不思議だ。ディランは彼をすっかり変な旅人と見なしたらしかった。いつの間にか警戒を解き、目の前の料理を片づけることに勤しんでいる。


「そういえばエフェメラ。『毒蛇の森』というお話を知ってる?」


 ギボウシの問いに、エフェメラは皿の上の米麺を突き匙に巻きつけながら首を傾げた。


「毒蛇の森?」

「教典のお話の一つなんだ。巻数は確か、六十……三、だったかな」

「……六十七だ」


 ディランが答えた。ディランは食事の手を止めていた。何故か動揺している。



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