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3-36

 エフェメラはディランと一緒に瑠璃ラピスラズリに触れた。ディランがエフェメラの言葉を待つ。エフェメラは顔を赤くしながら深呼吸をした後、口を開く。


「えっと、ですね。ず、ずっと、ずっと……」


 『ずっと二人で一緒にいられますように』と、エフェメラは言いたかった。だが言葉にしようにも、あまりに照れ臭くて頭がくらくらした。だからエフェメラは口をぱくぱくと動かした末にこう言った。


「ず、ずっと……世の中が、平和でありますように……!」

「うん、いい願いだな。『祈り』の壁画にぴったりだ」


 ディランが納得して目を閉じる。そして平和を祈り始める。エフェメラは激しく脱力しながらディランを真似た。


 ウィーダ大聖堂の次は、街の広場へ向かった。白い水仙スイセンの花が咲いている噴水の前に二人で立つ。エフェメラは鞄からまたこっそりと羊皮紙を取り出した。内容を確認しディランを振り向く。


「後ろから噴水へ穴銅貨を投げて、入ったらお願いが叶うらしいです」

「へえ」

「どちらが少ない回数で入れられるか競争し……――あっ!」


 エフェメラが顔を青くしたため、ディランが首を傾げる。


「どうしたんだ?」

「あ、穴銅貨を忘れてきました……」


 ちゃんと用意し枕元に置いておいたのに、忘れた。エフェメラが固まっていると、ディランが自分の硬貨袋を開いた。


「銅貨までしか崩してないな。穴銅貨じゃなきゃだめなのか?」

「いえ。銅貨でも、大丈夫です」

「じゃあはい」

「あ、ありがとうございます……!」


 エフェメラは噴水に背を向け、銅貨をぽいっと後ろへ放った。斜め後ろの地面に銅貨が落ちる音がした。的が外れた銅貨を拾い、角度を変えてまた放る。今度は噴水の向こう側まで飛んでいった。


 エフェメラは駆け足で銅貨を拾いにいった。やや息を切らせて戻ってきて、ディランを見上げる。


「ど、どうぞ、ディランさまも、やってみてください。結構、難しいんですよ?」


 だがディランは一発で噴水に銅貨を入れた。エフェメラは思わず拍手をした。それからもう一度自分もやってみた。今度は近くにいた老人に銅貨が当たった。


 それから何度も試したが、銅貨は犬に当たったり自分の頭に降ってきたりと、一向に噴水の中へ入ってくれない。


「……もう、三十回投げたけど……」

「も、もう一回だけ! 次こそは、入れますからっ!」


 エフェメラは泣きそうな顔でディランに言い、また噴水に背を向けた。生まれてこの方、これ以上頭を使ったことがないのではないかというくらい真剣に、投げる角度や力加減を計算する。そしてまた銅貨を放ろうとした瞬間、銅貨を握っていた手に誰かの手が添えられた。手助けするように一緒に動いたその手は、ディランの手だった。


 銅貨は青空に吸い込まれるように綺麗に飛んだ。やがて噴水の水音に加え、水中へぽちゃんと銅貨が落ちる音がした。


「うん。今度は、入った」


 間近で、ディランが優しくほほえんだ。不意打ちだった。ディランを見上げたまま、心臓をわし掴みされたようにエフェメラは固まってしまった。


「次も、どこに行くか決めてる?」

「……あ、は、はいっ。えっと……」


 エフェメラは頬を火照らせたまま鞄から羊皮紙を取り出した。次の移動場所を確認していると、ディランが羊皮紙を覗き見た。


「あっ! だめですっ!」


 エフェメラは慌てて羊皮紙を背中に隠した。羊皮紙の一番上に、『ディランさまとのあつあつ極秘デート計画』と書いてあるため見られるのは恥ずかしい。だがディランは中央に箇条書きしてあったたくさんの行きたい場所候補を見たようだった。


「ごめん。でも、すごい数だな」

「いえ、これはっ。……いいなと思った場所を、ひとまず書いただけで、全部行けるとは思ってなくて……。大丈夫です! どうしても行きたいところだけを、すでにちゃんと選んできていますので!」

「いいよ」

「……え?」

「全部、回ろうか」


 言われた言葉がすぐには信じらず、エフェメラは「え、でも」と戸惑う。だがディランは柔らかく笑み、エフェメラの手をとる。


「行こう」


 ディランが手を引き歩き出す。エフェメラはぽかんとしながら頬を染めた。


 夢のような展開に頭が追いつかない。だが嬉しくて仕方がなくて、エフェメラは体と太陽の熱でめまいを起こしそうだった。


   ×××


 近場から効率よく回ったおかげで、エフェメラが行きたい公都ウィーダの名所は、昼過ぎには半分以上消化できていた。


 ディランは普段よりよく話した。会話は弾み、笑い合うことも多かった。恋人たちが普通にするようなデートができていた。ディランと初めてデートができていると実感する。あまりに楽しくて、エフェメラの気分はずっと高揚し通しだった。


「――階段井戸は、ほかの場所でもたまに見かけるけど、やっぱりウィーダのものが一番巨大で造りも凝ってるな。実際に下まで下りたのは初めてだったから、すごくいい経験になった」

「井戸というよりは、まるで一つの遺跡みたいですね。普段は井戸として使わないようですが、水は、とてもおいしかったです」

「何杯も飲んでたもんな。長生きできる水だっけ。フィーは、五百歳くらいまで生きるの?」

「あ、あれは! 階段が長くて、喉が乾いていて、飲み過ぎてしまっただけで……長生きしようと欲張ったわけではっ」

「ははっ、そっか。すごい勢いで飲んでたから、てっきり」

「ふ、普通に飲んでましたよっ!」


 ディランが笑う。エフェメラは怒ったように返したが、まったく不愉快ではなかった。今日のディランは本当にいつもと違う。


 だが本当は、こちらが本来のディランなのかもしれない。いつも冷静で卒なく仕事をこなす王子としてのディランは、もしかしたら作られた姿なのかもしれない。


「そろそろ昼食の時間だな。食べるものは決めてる?」

「いえ。そういえば、食事のことは考えていませんでした」

「じゃあ俺が決めていい? 食べたくないものだったら、遠慮せず言ってくれればいいから」

「は、はい! ありがとうございますっ」


 次の目的地も踏まえ、ディランは近場の賑わう通りに入った。建ち並ぶ食事処はどこも一番の混雑時を過ぎ、席が空き始めているところだった。


 ディランが向かう店は、数年前に一度入って美味しかったという飯料理店らしい。だがその店に着く前に、エフェメラはふと道の途中で足を止めた。聞き覚えのある声を聞いた気がしたからだ。


「金がないなら帰れ! ただで飯はやれねーよ!」

「そんな! 僕、昨日の昼から水しか飲んでないんです!」


 そこは屋台形式の店が複数並ぶ屋外食事処だった。好きな屋台から自分で料理を買い、席が並べられた天幕の中で自由に食事をする、という形式の食事処だ。普通の食事処と比べ自分で料理を運ばなければならないが、選べる料理の種類が豊富で値段もお手頃なのが魅力的だ。


「んなこと知るか! こんなに用意させといて、金がねえなんて、ふざけやがって! 働いて返すってんなら考えてやらんでもねえがな!」

「それはちょっと……僕、あんまり時間はなくて」

「じゃあ帰りな」

「そんな! 無慈悲な!」

「ギボウシさん?」


 思わずエフェメラは声をかけた。つば広帽子に緩く結んだ銀色の長髪も、持ち歩いている古びた竪琴も、二ヶ月前に会った時と何も変わらない。ギボウシはエフェメラを振り向くと、琥珀色の瞳を輝かせた。



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