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3-30

 ディランは答えない。だが剣で脅してくる気配はもうなかったため、ミナモは文句を続けた。


「船ん中、ぜーんぶ見せちまってさ。自分の間抜けさに呆れるよ。これでも商家で生まれ育ったから、人となりを見る目はあると思ってたんだけど……ちょっと自信失くすな。あのニックってガキも、エフェメラって子も、みーんな共犯だったってわけか」

「違う」


 ディランは反射的に強く否定した。無駄な情報を与えても得はないが、勘違いさせたままにすることはできなかった。


「彼女は……違う。ニックも。二人は、何も悪いことはしていない。……俺が勝手に利用しただけだ」


 ミナモはやや驚いてディランを見つめた。そこへサザが戻ってきた。


 ミナモは紙に三人の絵を描き始めた。背格好や特徴について、達筆な字で説明も加えてくれる。


「どうだ! これで文句ねーだろ!」


 ミナモは自信満々に三枚の紙をディランに差し出した。受け取りながら、ディランは眉をひそめずにはいられなかった。その絵はまるで子どもの落書きだった。人間の絵らしいことだけはわかるが、参考にできそうなのは横に添えられた説明書きだけだ。


「……あの。この船で、一番絵がうまい人は?」

「あたしだけど」

「……そう」


 ほかの者に頼んだにせよ、絵描き屋でもない限り程度は知れたものかもしれない。これ以上要求はせず、ディランは三枚の紙を服にしまった。そしてもう得るものはないと判断し、シーニーとブラウを連れ船を降りた。


「なあ! あんたのその青い剣、いい剣だな!」


 甲板から三人を見ていたミナモが、ディランの背中に声を投げた。


「硬いし、よく斬れる。なのに飾っておいたほうがいいってくらい、きれいだ。よかったらその剣、あたしにくれないか? 代わりにあたしにやれるもん、なんでもやるからさ」


 ミナモの隣にいたサザが渋い顔をした。「なんでもやるとか簡単に言わないでください」とぼやく。ディランは船を見上げた。


「これは、俺個人のものじゃないんだ。悪いが諦めてくれ」

「なんだ。そーなのか?」


 青く反射するこの剣は、ディランが生きている間だけ借りているものだ。ディランが命を落とした後は、数十年後に次の第三王子に引き継がれる。


 ミナモは残念そうに唇を尖らせていた。しかし唐突に「あっ」と声上げた。


「そういや、もう一個大事なこと思い出した! 交渉相手の男が、ぽろっと出してた名前があったんだ。さん付けしてたから、もしかしたらあいつらの首領かもしんねー」


 ずいぶん大事なことを忘れていたものだが、ミナモの性格からして本当に忘れていたのだろう。


「その名は?」

「確か、『ハロルド』だ。この国では珍しい名前だったりするのか?」

「いや。特に珍しくはないかな」

「ははっ。じゃー探すの大変だな。見つからねーこと祈ってるよ。あたしの、大事なお客さまだからな」


 ミナモが明るく笑ったのを最後に、ディランとシーニーとブラウは暗い路地へ姿を消した。


「――……なーんか、あいつに好意的じゃありません?」


 三人の姿が見えなくなった後、まだ船べりから動こうとしないミナモに、サザはつまらなそうに言った。


「まー、悪いやつじゃ、ねーんじゃね?」

「はあ? どこがっすか。こっちはすっかりやられちまったってのに」


 サザはミナモの首筋を見る。あの青年がつけた傷は、本当に浅い傷だった。血はすでに乾いている。おそらく痕も残らない。


「……気に入らねえ」

「ははっ。サザお前、負けたのが悔しいんだろ。あたしも悔しい」

「笑って言うことじゃないっすよ……」

「実際強かったからな。あたしらとは覚悟が違ったよ。――あいつには、あたしらを本気で殺す覚悟があった」

「……」

「ただそれは、どうしても守りたい何かのために――って、そんな感じがしたけどな」


 サザにはいまいちわからなかった。だがミナモは人を見る目がある。だから多分間違っていないのだろう。


「よっし! ひとまずあたしの部屋の扉の修理だ! 壊れてたろ?」

「まずは痺れてるみんなの手当てでしょ」

「朝になれば勝手に治るって言ってただろ。放っとけ放っとけ。どうせできることもねーし」

「いや、吊り床に運ぶとか……。まあさっき船内で見た感じ、動けないからってみんなすでに床で気持ちよさそうに寝てましたけど」

「なにぃ!? あたしらが必死に戦ってたってのに、のんきに寝てたのかよ!」


 「叩き起こす!」とミナモが叫びながら船内に入っていく。サザはミナモを追って、慌てて船べりを離れた。


「お嬢! その前に、帯直して、髪結ってください!」


   ×××


 真夜中、エフェメラは不意に目を覚ました。普段は一旦眠ってしまえば朝まで起きることがないので珍しいことだった。


 寝惚けた頭のまま再び眠ろうと寝返りを打つ。すると隣にまだディランの姿がなかった。ウィンダル模様が刺繍された窓幕の隙間から窓の外を確認すると、空はまだ真っ暗だ。夜明けの気配はない。


 だが感覚からして、寝台に入って時間が経っていないというわけでもなかった。ディランはエフェメラが眠ってからすぐ帰ってきているだろうと思っていたが、もっと遅い時間だったのかと心配になり体を起こす。


 すると、部屋の扉が開く音がした。足音は寝室に向かってくる。燭台の火はすでに消えているため部屋は真っ暗だ。人影が近づいてくることだけはわかる。


「ディ、ディランさま……?」


 少し怯えながらも、エフェメラは寝台を下り足音へ近づいた。数歩の距離まで近づいてようやく、エフェメラはディランの姿をしっかりとらえた。


「ディランさま! おかえりなさい」

「……フィー? まだ……起きてたんだ」

「ついさっき目が覚めてしまって。――いつも、このような遅い時間までお仕事をされていらっしゃるのですか?」

「いや、いつもは……」


 否定の言葉は尻すぼみになる。声の端々から、疲れが相当あるように感じられた。


「お疲れさまです。いま何かお飲み物でも――きゃっ」


 そばまで来たディランが、急にエフェメラに抱きつくように倒れてきた。エフェメラはディランが預けてくる重さに耐えきれず、床に倒れディランの下敷きになった。


「ディ、ディランさまっ!?」


 エフェメラのふくよかな胸にディランの顔面が乗っていた。ディランはそのまま苦しそうに息をしている。


 エフェメラは激しく混乱した。真夜中、二人っきりの部屋でいきなり押し倒されるということは、つまり、つまり、とふた月ほど前に読んだやや過激な恋愛小説『夜空の花の王子様』の濃厚な場面を思い出す。


「ディ、ディランさま、あ、あの、わたし、そんな……」


 エフェメラは弱々しくディランに抵抗した。


「いきなりのことで、こ、心の準備が……っ」


 だがディランはエフェメラの抵抗を無視する気らしい。まったく上から退いてくれない。エフェメラはさらに頭をゆだらせた。


「あのっ、いやと言うわけではないんですっ! わたしは、ディランさまが大好きですから、う、うれしいくらいで……ただそのっ、いきなり過ぎて、その、えっと――……」


 ようやく、エフェメラはディランの様子がおかしいことに気づいた。あまりにも反応がなさ過ぎる。言葉を返さないばかりか、手も動かそうとしない。


「……ディランさま?」


 エフェメラはディランの顔を見た。ディランはエフェメラの胸に埋もれ苦しそうにしている。だが苦しそうにしているのは胸のせいだけではないようだった。


 エフェメラはディランの体の下からどうにか抜け出た。拍子でディランの体が横に傾く。ディランの意識はほとんどなかった。目を閉じ、ただつらそうに呼吸を繰り返している。顔に触れてみた。熱い。それも驚いて手を離してしまうほどだ。


「大変……大変だわ。だ、誰か……!」


 ディランはひどい高熱だった。エフェメラは血の気が引く思いで、助けを呼ぶために部屋を出た。



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