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しあわせバトン

一粒のしあわせ

作者: 三稜 諒

 最近お気に入りのケーキ屋さんのマドレーヌとポットに入れてきたコーヒー。

 もうだいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ寒い風が吹く三月の公園で、レジャーシートを敷いてのお茶会。

 お相手は昨日言葉を交わしたばかりの那智くん。

 

 なんでこんなことになっているんだか……。



***


 ──ちょっと、女の子がこんなとこで寝ちゃだめだよ?

 もう、うるさいな。

 ──だから、ここおれんちの玄関先で……。

 うー、喉かわいた。水ちょうだい。

 ──しょうがないな、あとで文句言うなよー?

 よいしょ、と担がれて部屋に入れられた──ような夢を見た気がするが、恐らくそれは現実だったのだろう。今朝起きたら超絶呆れ顔をした那智が目に入ったので。


「え、えと……ここ、どこ……?」

「あんたはうちの玄関先で寝こけてたの!それで親切なおれが一晩泊めてさしあげたというわけ。だから、ここはおれんち」

「う、は、はい……スミマセン」

 二十五にもなって酔って道端に寝るって。

 言い訳をするわけではないが、こんな経験初めてである。

 しかも、若い子に介抱されるという残念さ。

「待って。ここが君の家ってことは……ご両親は?みたところ、ワンルームみたいだけど……一人暮らし?」

「一人暮らしだけど?」

 何か問題でも?と、言いたげな顔で見られた。う、そりゃそうですね。すみません。

「で?そろそろ自己紹介していただきたいんですが?」

「え、あの、えーと……佐野碧、です」

「ふぅん。おれは相川那智。ちなみになんか勘違いしてるみたいだけど、二十八だから」

「えぇ!年上なの!?」

「──勘違いしてんの分かっちゃいたけど、むかつくな!」

 どうやら童顔を気にしているらしい。え、だって全然見えない。というか、正直学生だと思ってた。

「まぁいいや。で、あんた……碧ちゃん?どんだけ飲んだの?」

「えぇと、日本酒を三合ほど……」

 そう。日本酒を飲んでしまったのだ。甘めで飲みやすく、つい杯がすすんでしまった。

「自分の酒量の限界くらい知っとけ」

 ごもっともです。うー、いつもは気をつけてるんだけどなぁ。

「と、説教はこのくらいにしときますかね。あんた仕事の時間大丈夫?今日まだ金曜日だけど」

 あわてて腕時計を見る。うわ!遅刻する!

「お、お邪魔しました!」

「はいストーップ」

「え」

「はいよ、朝ごはん。会社についてからでも食べな」

 コンビニの袋にサンドウィッチと苺牛乳が入っていた。なんて至れり尽くせり。

 お礼もそこそこにお暇する。幸い彼の家は近所だったようだ。急いでシャワーを浴びてすぐ会社に向い、なんとか始業五分前に席につくことに成功した。



 その翌日、ボヌールでマドレーヌを六つ購入し、あらためてお礼とお詫びに那智宅へ向かったのである。

 すると那智は「わざわざどーも。天気がいいから外で食べようか」と言い、続けて「コーヒー飲める?」と確認してきた。飲めると答えるとポットにコーヒーを入れて「はい」と碧に寄越したのである。

 渡されるまま素直にポットを持ち、那智の家から五分程度の公園に到着した次第だ。

「はー、やっぱり外で食べると美味しさ三割増だねぇ」

 のほほんとマドレーヌ片手にコーヒーをすする那智くんを眺める。はー、ほんと可愛い顔してるなぁ。これで二十八とはね……。

「碧ちゃんは何の仕事してんの?」

「え、事務ですけど」

 そう、とだけ返って来た。え、聞いといてそれで終了?

「あの、那智さんは……」

「那智さんはヤダなぁ」

「え、じゃあ相川さん?」

「もっとやだ」

「なんて呼べば……」

「なんか他にないの?」

「……じゃあ那智くん」

 手ぇ打った、と笑ってから「職人」と返事が返って来た。

「何の職人さんか聞いてみても……?」

「さぁてねぇ。それより碧ちゃん、このマドレーヌ美味しいねぇ」

「そうなんです!最近見つけたお店なんですけど、お気に入りなんです。ふんわりした舌触りでバターもあまりしつこ過ぎないし!」

 よかった。やっぱりここのマドレーヌ絶品だよね!

 他のケーキも食べてみたいんだけど……まだ食べたことがないんだよねぇ。だって、いままで出会った中で一番美味しいマドレーヌだったんだもん。まだ堪能したりない!

「そっか。お気に入りか」

 と、笑顔が優しくなった。あれ?変なこと言ったかな。

「碧ちゃんのお気に入りを教えてもらったお礼に、おれのお気に入りも教えちゃおうかな?」

 いくよ、と手をひいて起こされた。

 え、どこに行くの?

 起こしてもらってそのままつながれた手からそっと目を逸らす。なんだか恥ずかしいな。

 昨年彼氏と別れてから特に新しい出会いもなかったので、手をつないで歩くことなど久しぶりだ。若干緊張しながら歩いているとぼすっと那智の背中にぶつかった。

「あ、ごめん。着いたよ?」

「──え、ここ……」

 カランとドアベルの音を鳴らして那智が店内へ入っていく。

 手はつないだままのため、碧も一緒に中に入ってショーケースの前を素通りしていく。那智はレジの前にいる女性に軽く会釈をし、レジの脇を抜け調理スペースに向かっていく。

 ……え、那智くんこっちは入っちゃダメでしょ?!

 慌てて手を引こうとするが、那智は手を放してくれない。


「よ、優生」

 は?

 ケーキに生クリームを飾っているコックコートの男性がこちらを向く。

「あれ?どうしたの。こんな時間に珍しい」

 男性は手を止め、こちらに向かって歩いてきた。

「お前のマドレーヌを絶賛してる子、連れてきたんだよ」

「そうなの?うれしいな。ありがとうございます」

 こちらに向かって微笑まれた。なに、この人すっごいかっこいい。

「ぁああの、那智くん?」

「あれ、弟」

「は?」

「でさ、優生。おれのやつ一個貰ってい?」

「いいよ、レジ横に置いてる」

「サンキュ」

 今度はレジに向かってに戻り、横に陳列された商品を一つ取って、途中レジの女性に「コーヒーお願いします」と言って席へ向かう。

 え、なに?状況がつかめない。弟さん?あのマドレーヌを作った人が?!

 すると今度はつないでいた手を離され、「はい」とラッピングされた小箱を渡された。

「食べてみて?」

 と、椅子を引かれた。

 そして椅子に座って碧はラッピングを外し、小箱を開けた。

 ──落雁?

 席について間もなく、コーヒーが運ばれてきた。

 正方形の枡に、二段で四つずつ並べてある可愛い梅の形の落雁を一つ摘んで口に入れると、じわりと柔らかい甘みが広がった。

 半ば溶けるように消えた甘みがまだ口に残った状態でコーヒーを一口含むと、コーヒーの苦味が残りの甘みをさぁっと消していく。

 何コレ。美味しい。

 落雁なんて初めて食べたけど、こんなに美味しかったの?

「──美味しい」

「よかった。それ、おれのお気に入り」

 笑顔の那智が満足そうにコーヒーを飲んでいた。

「それ、那智が作ってるんですよ」と、優生が言った。

「え」

「和菓子職人」

 そして那智からは先ほど答えてもらえなかった何の職人かの答えが返って来た。

「えぇ?!」

「何をそんなに驚いてるのさ?さっき職人ていったじゃん」

「兄が和菓子でおれが洋菓子。どっちも菓子屋なんです。だからお互いの店にちょっとずつだけど、商品置いてるんですよ」

「まぁ、おれの店は親父のを継いだからボロいんだけどさ」

 と笑った。


 その後、碧の新しいお気に入りに和菓子屋「鈴懸堂」の落雁が追加されたのは言うまでもない。



***


「で、碧ちゃん。告白とやらはいつしてくれるの?」

 にやにや笑いながら那智くんがとんでもないことを言い出した。

「へ?」

「へ、じゃないでしょ。昨日自分から言い出したくせに」

 ───え、何言ったっけ。

「……まさか、また記憶飛ばしてるんじゃないだろうね?」

 昨日は、美味しいワインが手に入ったからって那智くんがおうちに誘ってくれて……途中から記憶がない。



***


 『ねぇねぇ那智くん。いいこと教えてあげよっか?』

 『うん?なに?』

 『明日ねぇ、那智くんに好きですって告白するんだぁ』

 『え、それを今、おれに言っちゃうの?』

 『あ!そうだった。……内緒だよ?』

 『はいはい。いいこと教えてくれたから、お礼あげるよ。口あけて?』


 那智くんは苦笑いしながら甘い砂糖菓子を一粒とって、あたしの口に入れてくれた。


よっぱらい女子率がやたら高いシリーズなことに気づきました。

これからもどんどんやらかした娘が出てくるかもしれません…。

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