4.転生と歩兵戦闘車
引っ越しが忙しく、かなり間が空いてしまいました。ボルガ博士、お許し下さい!
光に包まれて、気がつくと先程の白い場所ではない事に気がついた。一面の草原に、ぽつぽつと木が生えている。元の世界では戦火で失われた緑が目に眩しい。そして、その緑に線を引くように、赤茶けた地面が剥き出しになった箇所がある。所謂街道とは、これのことなんだろう。上を見上げれば、元の世界よりも澄んだ真っ青な空と太陽が見えた。
前、上と来たら、次は後ろだと振り向けば…
「うわっ!?」
思わず飛び退こうとして、足をもつれさせて尻餅をついた。急に6歳児の身体になった事で、制御がうまくできない。早急に改善が必要だけど、今はそれはいい。今重要なのは、明らかに異質な物体が鎮座している事だ。私がよく知る、しかしこの世界には無い筈の代物。
アルゴス。私と死に場所を共にした、あの歩兵戦闘車がいたのだ。
数瞬の間を置いて、落ち着いた私は丨それ《アルゴス》を調べる事にした。雪よりも真っ白な車体に、一回り太くて長い主砲。間違いなく初代の車両だ。しかし、何故ここにあるのだろう?疑問を感じつつ暫くそれを見ていると、目の端にAR状のウィンドウが開いた。
名称:M141A1CC(W)
分類:乗り物
種別:歩兵戦闘車
説明
歩兵戦闘車"M141A1のシルグ専用車、それを模して産み出された一種の魔法生物。丨知的道具でもある。外観や性能はモデルと同等だが、エンジンが無いために静か。武装の弾数も日が変わる時に回復する。零細戦神「シルグ」の祝福により授けられた物。所有者はレガーナ。
「な、何よこれ…知的道具に魔法生物とか、本当に異世界ね…。」
魔法生物はともかく、知的道具とは、どうしたらいいのだろうか?と考え、とりあえず話しかけてみる。
「…もしかして、私の声が聞こえてたりしない?」
そう話しかけてみる。しかしこの光景は、端から見れば物に話し掛ける変質者だ。いや、今の姿は子供だから、変質者ではないか?と思った所で、無音で砲塔が旋回し、此方を向いた。
「わっ…本当に反応したわぁ。…じゃあ、はいの時は砲を縦に振って、いいえの時は砲塔を横に振ってくれる?」
その言葉に、やや遅れて砲を縦に振るアルゴス。言葉の認識に少しかかる様子だが、インテリジェンスだけあって本当に柔軟で頭がいい。しかもどこかの誰かみたいにひねくれてもいない。これはいい。
次は中だ、と後ろに回り、後部ドアを開こうとするが…。
「ふぬっ!ふんっ!とどっ、かなっ、いっ!」
そう、今の私は子供だ。大人を想定して設計されたこの車両だと手が届かない。ジャンプしても無駄であった。どうしたものか…。ーああ、そうか。
「後ろのドアを開けてちょうだい!」
そう声を張り上げれば、少しの間の後にガシュン、というロックが外れる音がなり、その後勢い良く、しかし静かに扉が開いた。最初からこうすれば良かったのだ。
「本当に賢いわねぇ…。で、後ろにはっ、と。」
ジャンプして後ろによじ登り、中を見回す。向かい合わせに座る、3人掛けの長椅子が両脇にあり、空いている中央の床に何やら大きな麻袋のような物が置いてある。この袋は一体…。
名称:シルグの贈り物
分類:詰め合わせ
種別:プレゼント袋
説明
零細戦神「シルグ」からの贈り物。外側は、この世界では一般的な麻製の袋。
「なーるほどねぇ。それなら開けても大丈夫そうね。…中身は何かしら?」
早々袋の中身を確認する。最初に目についたのは短剣。当然金属製だけど、それにしては軽い。握りを確かめつつあちこちから眺めると、これもウィンドウが出た。どうも、物を暫く注視することで詳細を見られるようだ。
名称:標準的なルミナダガー
分類:武器
種別:短剣
説明
ルミナでできた両刃の肉厚な短剣。制作評価は4。銘は無い。
「うーん…短剣だって事しかわからないわぁ。まあとりあえず、他はどうかしら?」
私が丸々入ってしまう程大きなこの袋、当然中身はまだまだある。私は一つ一つ鑑定しながら取り出していった。
名称:標準的なルミナバックラー
分類:盾
種別:小盾
説明
ルミナでできた円形の小盾。制作評価は4。
名称:標準的な森甲蟲の鎧
分類:防具
種別:軽鎧
説明
胴鎧、篭手、腰当、装甲靴で構成された鎧一式。スモールアルマ・アリローの甲殻を使用している。制作評価は4。
名称:最高品質の木の携帯短弓
分類:遠隔武器
種別:短弓
説明
木でできた短弓。持ち運びが簡単な上に、簡易的ながら照準器まで付属する凝った作り。制作評価は8。
名称:やや粗悪な木の矢
分類:矢弾
種別:矢
説明
木の胴に石の鏃をつけた矢。制作評価は3。計200本所持。
名称:やや粗悪な携帯食料
分類:食料
種別:保存食
説明
野菜や肉を煮込んだスープを乾燥、固体化したもの。制作評価は3。計21個所持。
名称:やや粗悪な水
分類:飲料
種別:水
説明
木の水筒に入った、ただの水。制作評価は3。計21個所持。
名称:やや粗悪な空の麻袋(特大)
分類:容器
種別:袋
説明
沢山の物が入る、巨大な麻製の袋。制作評価は3。
「こんな感じかしら。鎧なんて初めて着たわぁ。案外軽いのね。」
先程の私の格好は、白い空間で着ていたのと全く同じドレス姿だった。町歩きにはいいかもしれないけど、少なくとも軍用車両に乗る格好ではない。という事で、この深緑の鎧を着込んだ。しかし、なにせ初めてだ。着るのに時間がかかった。
着てみると、案外動きやすいことに気づく。板金鎧に近いが、軽くて関節もよく曲がる。手もミトン状ではなく指が全て分かれていて、必要に応じて指先だけ外す事もできた。これなら暫くは作業着や軍服の代わりに使っても大きな不便は無いだろう。
「さーてと!荷物も確認したし、移動しましょうか。」
武器を背中に背負い、残りの荷物を麻袋に纏めて後ろに放り込む。口頭で指示すれば、ドアは勝手に閉まった。本当に便利だと実感もそこそこに、前へと回り込む。車内は残念ながら前後で区切られていて中からでは前には行けないのだ。
前に回り込んだら、今度は運転席前の扉を開けてもらう。
「…登れないわぁ。」
しかし船型の車体故に車高が高いこの手の車両は、当たり前だが6歳児が使うようにはできていなかった。大の大人でもよじ登って入るような運転席だ、今の私では登れない。どうしたものか。…いや、そうだ。
「…ふんっ!」
一瞬集中して足に力を込める。それだけで私の身体は高く跳び上がり、うまく運転席に入れた。
「意識すると、明らかに違うわねぇ。魔力を消費する身体能力の強化ねぇ…。」
とりあえず、乗る事ができた。立って乗れば、運転もできる。これなら大丈夫だろう。
「それじゃあ行きましょうか。…周囲の警戒はよろしくね?」
砲尾が上下に動くのを後目に、クラッチを入れた。キュラキュラと無限軌道の音を鳴らしつつ、街道へと出た。
「あ、あっちに街が見えるわ。…行ってみましょうか。」
こうして、1人と1輌は異世界で歩み始めたのだった。
慌てて書いたせいでタイトルから番号が抜けていたので、修正しました。