2.初代と一族の秘密
「…うーん?」
沈んだ意識が引っ張り上げられる感覚。徐々に意識が覚醒してくると、身体を起こした。まだ寝ぼけた頭で周囲を見ると真っ白だった。真っ白。真っ白?そこで意識が完全に覚醒する。
「何よここ?天国かしら?」
上は何処までも真っ白な空。下は何故か沈まない銀色の水。まるで水銀のようだ。
気がつけば、衣装も黒い軍服では無くなっている。ゴシック調の黒いドレス。袖から出た手には黒い手袋。軍靴に似た作りの編み上げブーツも、ニーハイソックスも黒い。
それに驚き、動転しながら水銀の水面を覗き込む。そこに映っていたのは、
「若返ってる…どうなってるの?」
黒い曼珠沙華の飾りがついたこれまた黒いカチューシャ、それをつけた6歳位の小さな幼女の姿。衣装はともかく、顔は間違いなく自身の若い頃の物だった。心なしか、心まで若返ったような。
「しかも目も腕も元通りじゃない。有り難いけど不気味よね。」
切り落とされた腕も、抉られた目もまるで最初からあったかのようにそこにあった。動かしても違和感無く動く。
そこまで確認して、考え込む。ここは天国なのか、あるいは別の何かか?この服は誰が用意した?欠損は誰が治した?
様々な疑問が浮かんでは沈む。答えは出なかった。それでも他にできることもなく考え事をしていると、背後に気配を感じた。バッと立ち上がりつつ、振り向いて構えを作る。
「やあ、気づいたようだね。」
そこにいたのは、自身と同じ銀の髪に赤紫丨の瞳を持つ男の姿があった。鍛えているのがわかる細身ながら筋肉が詰まった身体は、自身が着ていたような黒い軍服姿だ。その男が穏やかな笑みを浮かべて立っている。
鈍っていたとはいえ、こうも容易く背後を取るこの男に、私は底知れぬ恐怖を感じた。他人に恐怖を感じるなんて、いつ以来だろうか。
「そんなに警戒するのは止めてくれないかな?私も登場の仕方が悪かったと思ってるからさ。」
一向に構えを解かない私に、目の前の男が苦笑して両手を上げた。それを見て、私も一応構えを解く。だが、目の前の男を信用した訳ではない。
「手厳しい事で…。まあ、そう育てた私の自業自得かな。」
「何を言っているの?貴方に育てられた覚えは無いわよ?」
育てた?何を言っているんだこの男は?
「そういえば名乗ってなかったね。私はシルグ・ベイン。名前でわかるんじゃないかな?」
「シルグ・ベインって…まさか。」
この男はシルグ・ベインと名乗った。その名は、呪われた血族の初代、その人の名だ。私が恨んでいる人物でもある。
「初代様ね?…ふーん?」
「信用してくれたかな?それじゃ…」
「逝丨ねッ!!」
「つぶうんッ!?」
助走をつけて全力で殴れば、初代様(仮)が変顔を晒し錐揉み回転しながら飛んでいった。
「スッキリしたわぁ!」
「スッキリしたわぁじゃないよ!殴ったね!息子にだけは殴られた事がないのに!」
「…寧ろ一族郎党ほぼ全員に殴られているのね。」
初代を恨んでいたのは自分だけではなかったらしい。というかほぼ全員から殴られているのか。
「はぁ、全く…。気を取り直して次だ。この一族の秘密を話そうと思う。いいかな?」
「一族の秘密?アルビノで短命、以外かしら。」
「そう、その通りだ。それについて話すよ。心の準備ができているなら、ね?」
そこまで念を押す程の秘密なのか。準備も何も、私はちょっとやそっとで驚く程人生経験を積んじゃいない。その秘密、聞いてやろう。首を縦に振って肯定した。
さて、何が飛び出すかね?
「さて、一族の秘密だけど。…ジェスティアって言葉に聞き覚えは?」
「…悪いけどないわぁ。何よそれ?」
「ジェスティアというのは、所謂異世界だ。私の生まれ故郷でもある。」
「はっ?」
異世界?つまり何か。私の先祖は異世界人だとでも?
「その通りさ。神隠しって知っているかな?人が忽然と姿を消す現象なんだけど。」
何、もしかして心を読んでる?神隠し、聞かない単語だけど。
「まあね。昔、文明が崩壊する以前は偶にあったんだよ。で、その一方で妖怪や鬼、吸血鬼の伝説もある。逆に現れるパターンもあるんだよ。」
…そこまでお膳立てされれば流石にわかる、わかってしまう。つまり、私の先祖、いやアンタは…。
「そう、さっき話に出した異世界ジェスティアから"飛ばされた"んだよ。その時に髪や目の色が変わってしまった。」
「私や息子はそれなりに生きたから大丈夫だと思って、子孫代々施設を守れなんて言っちゃったんだよ。…まさか俺の屍を越えていけ、な状態になるなんてね。」
「アンタのせいでどんな目に遭ったか…!悪気はなかったのはわかったけど、ミスにしちゃ余りにも大きすぎるわよ。…施設は遂に放棄されたけど、よかったのかしら?」
「それは仕方ないと思ってるよ。他の子孫から聞いた話、賊が度々襲撃してきていたんだろう?短命でなくても、いつかはそうなってたさ。」
「ならいいけど。…それにしても、それが一族の秘密かしら?」
それは確かに驚きの事実だけど、それを教えるためだけにいるのか、この男。
「いやいや!これからが本題だよ!…長々した話は嫌いそうだし、単刀直入に言おうか。…異世界ジェスティアで、もう一回生きてみないかい?」
「あら、私のタチをよくわかってるじゃない?…願ってもない話だけど、どんな世界よ?また世紀末は御免よ?」
「ジェスティアは剣と魔術の世界さ。文明レベルは中世。地球には人間しかいなかったけど、ジェスティアには様々な亜人や獣人もいるよ?」
「へぇ…。面白そうじゃない?」
少なくとも世紀末ヒャッハーな地球よりは万倍マシだ。あんな世界はもう御免だよ。
「よし、決定だね。…それじゃあ早々、魔術の一端に触れてみよう。ステータスと念じてごらん。」
魔術に触れる、ねぇ。…ステータス。そう心の中で唱えると、目の前にARのような画面が開いた。その内容は、私の頭を混乱させる物だった。