1.プロローグ
初めまして。赤い楔という者です。
なろうの小説に影響されて、よせばいいのに血迷って小説を書き始めました。
勿論初投稿です。
文才もねぇ、勢いもねぇ、需要もねぇ。
そんなニッチな小説になると思いますが、よければゆっくり見て行ってね!
生まれ落ちて99年と364日。私は精一杯、生きた。生きて生きて、生き抜いた。呪われた血の一族としては、異例の長寿だ。
死期を悟った私は、着慣れた、よれよれの黒い軍服を羽織った。最近はずっと寝たきりだったが、死ぬ前になんとか見たい所があったのだ。
若い頃は随分無茶をやったものだった、とその下の身体の事を思う。
軍服の下は傷だらけだった。左腕も、右目も既に無い。かつて筋肉ダルマだといえた肉体は、寝たきり生活で失われた。今の私は、枯れ枝のようなものだ。
生まれ落ちて99.9年。私はその一生の殆どを武に捧げて生きてきた。キツく辛い訓練。病弱な筈のこの身体も、よく耐えたものだ。
そうやって鍛えた力と技術を武器に私は戦った。襲撃に次ぐ襲撃。私はその悉くを跳ね返し、この地を守ってきた。そうして守った家族も1人また1人と減り、気付けば私が最後の1人となった。とうとう私も、と思いながら、私は外に出た。そこが、私の見たかった場所の一つ。
そこに広がるのは、一面の荒野。草一本も生えぬ、死の大地。そこかしこにかつての文明の跡が残るそこは、200年時計を巻き戻せば、"日本"と呼ばれた場所であった。
どこかの国が撃った、たった1発の核。それが終わりの始まりであった。報復に次ぐ報復。核の撃ち合いの末に、人間の築いたガラス細工の文明は脆くも崩れ去ったのだ。
文明が滅び、長い核の冬が終わった後。残った僅かな人間は、かつての国の跡地に街を作り、文明の名残を発掘して暮らしていた。かつての暮らし等、見る影もなかった。…普通なら。
私が生まれたここは、その街から遠く離れた荒れ地のど真ん中。ここは外から見てもわからないように細工をされた入口を介して、広大な施設が地下に広がっている。数々の生産プラントと循環プラントが稼働していて、ここだけはかつての暮らしをまだ続けられた。
故にそれを狙って賊が次々と来た。此方の住人も、私の奮戦虚しく1人また1人と凶刃に倒れた。家族は少しずつ減っていった。その対策にこの入口を作り、閉じてからそれなりに経つ。
外を見てそんな光景が脳裏に蘇った私は、逃げるように中へ戻った。時々咳き込みながら目指したのは、かつて最新の兵器が並んでいた、200年経った今ではガラクタ置き場に転職した広大な格納庫。その隅の錆びた扉を、私は半年振りに開いた。悲鳴のような音と共に、ゆっくりと開いた観音扉の奥へ、私は足を引きずりながら入っていった。ここが2つ目の場所だ。私とは切っても切れない縁の男が残した、遺産がある。
外の格納庫とはうって変わって狭いガレージ。久方振りにも関わらず、相変わらず真っ白な壁が光るそこには1輌の車両が、ミイラの如く白いテープでぐるぐるに巻かれて鎮座していた。"呪われた血"の初代が乗っていたという物だ。ミイラの包帯は、外気や湿気を遮る防護帯だ。モスボール加工、という言葉に聞き覚えはないだろうか?
120mm滑腔砲、76mm榴弾砲、30mm機関砲、12.7mm重機関銃、対戦車ミサイル発射機を備えた、異様な砲塔。船型の車体、ウォータージェットと油圧サスペンションまでついている。
アルゴス。開口部が多数開いた、砲塔の異様さからついた名だ。そしてガレージという棺で永遠のような眠りにつくこいつは、言ってみれば「初代専用車」か。普通のやつは105mm砲だが、こいつは120mm砲だ。威力は高いが当てるのは簡単じゃないし弾も少ない。長距離からの狙撃が得意だった、初代らしい車両だ。
私はそれを憎々しげに見た。初代。その人から始まった遺伝子異常の家系は、その容姿と遺伝子から、呪われた血族と呼ばれ迫害に遭ったのだ。ここに身を寄せたのはそれも理由の一つだった。初代が遺した、この施設に。
黒から脱色した銀色の髪、ヘーゼルから脱色した赤紫の瞳。血の気を感じない白い肌。遺伝的優勢が強すぎ、何代重ねてもこの特徴は消えなかった。そのくせ一種のアルビノである私の家系は、遺伝子異常の為か総じて身体が弱く、60以上生きる者は殆どいなかった。酷い場合は、30でその命を散らしてしまった。死因は揃って病死。それは、私も例外ではなかったのだ。
「ぅぐっ…ゴッフ…」
一際大きく咳き込み、口を抑えた掌を見る。その手は、血に濡れていた。胸に激痛が走る。
私は、肺を患っていた。この病魔は私を蝕み、私を今にも殺そうとしている。
私は、車両のミイラにもたれて座り込んだ。体力は最早限界だった。ここが、私の死に場所か。よりにもよって、大嫌いな初代の置き土産と一緒とはね。
「私も、ここまで、か…」
自嘲を含んだ笑いが零れる。思えば、誰よりも無様に、誰よりも汚く生にしがみつく一生だった。今更それを自覚する事に、呆れた笑いしか出ない。
生きるために武を選び、場所を守るために多くの人を殺した。邪魔になる、と夫も子も持たずに生きてきた。
そうまでして生にしがみつき続けた手が、剥がれかけているのを感じた。
夫もいらない。子も、金も、何も。嗚呼、生きたい。こんな所で死にたくない。何よりも生きたい。
神は死んだ。それでも、生きる時間をおくれと、思わずにはいられなかった。
「ここにいましたか、マザー。」
乾いた音と共に天井の一角が開き、大量のコードが繋がったコンピュータが降りてくる。そして、感情を感じぬ、抑揚の無い声で語りかけてきた。
「AMSかい…残念だけど、私は…ここまで、みたいだ。」
「そうですか。呪われた血族"としては"異例の大往生です。唯一初代を超える記録ですよ?」
弱音を吐く私に、皮肉たっぷりに返してきた。こいつはわざわざそんな事を言いにきたのだろうか。
こいつはAMS。この施設を管理するAIだ。たまに人恋しくなるとこいつと話すが、こいつと喋るととても疲れる。煽ってくるし、皮肉だって言う。まるで嫌味な人間だ。
「悪いけど、これからはお前1人だよ。精々頑張るんだね。」
「此方としてはその方が管理しやすくていいですよ?どうぞご勝手に昇天して下さい。」
相変わらずの減らず口だ。だが、こんな調子ならこれからも変わらず、主がいなくなったここを守ってくれる事だろう。安心すると、再び大きな咳と共に血を吐いた。今度は大量だ。私の命の火は消えかかっている。
「そう言うなら…頼んだよ。私は少しだけ。…いや、死ぬほど、疲れたよ。ゆっくりと寝かせとくれ。」
そう言って、私は目を閉じた。そこで最後の力が尽きたのだろう。意識が急速に沈んでいく。
嗚呼、糞。もっと、もっと生きたかったよ。
願わくば、次の人生は。せめて異常の無い、普通の身体で生まれたい。
「…さようなら、最後の騎士様。本当に長い間、お疲れ様でした。ご冥福と、次なるご活躍をお祈りします。」
その呟きは、私には聞こえなかった。
私はレガーナ。レガーナ・ベイン。最期まで生にしがみついていた、馬鹿な女さ。






