過去編 そのさん 「みなさん。こんにちは!」
突飛すぎる決断だとは思うが、何せその「檜乃村」というところは
杏南の祖父母が住んでいた村で、村に家一軒と畑を耕せるくらいの土地
を持っているという事を聞いて納得した。
「土地を継ぐってのにも結構お金が要るからさぁ・・・。手放すか
どうか、ちょうど身内で話し合ってたとこなんだよね。」
杏南の説明を聞いて、お母さん以前そんなことを言っていたなと
心の中で呟く。
「ていうか、おばちゃんはどうするの?警察に捜索願なんて出したら
大変なことになっちゃうよ・・・?」
そう。私はいずれは警察に追われる身・・・。警察に捜索なんて
されたら、逮捕までの時間を早めるだけ・・・。
「お母さんに言ったら、きっと凄く悲しむと思うの・・・。だから・・・。」
そこまで言うと、杏南が真剣な眼差しで言った。
「陽菜乃。おばちゃんは、陽菜乃が居なくなったら心配心配で…
それこそ、きっと悲しくなる。その後に陽菜乃があんなことをしてしまった
なんて知ったら、生きる希望すら失っちゃうかもしれない。」
「・・・でも、このことを知ったらお母さんなんていうか・・・。」
杏南はしっかりと陽菜乃を見つめている。
「大丈夫。私からも説明する。」
「・・・わかった。お母さんに電話する・・・。」
陽菜乃は自分の携帯を取り出すと、自宅に電話を掛けた。
機械音が2秒ほどなったところで、すぐに母の声が聞こえた。
=もしもし、陽菜乃!?あなたどこにいるの!?=
「杏南の家にいる。お母さん。今からこっちに来てほしい。」
=いったい何があったの!?とりあえず急いでそっち行くから。
絶対にそこで待ってるのよ!?=
母のあんな動揺した声は初めて聴いた。私は泣きそうになった。
1時間後、母が杏南の家に到着した。
息の切れた母を一度落ち着かせ、杏南と共に今までのことを
説明する。すると母はなんと、「私も協力する。」と
言い出したのだ。私は思わず泣いてしまった。
そして私という人間の愚かさを、身に染みて実感した。
母と杏南曰く、檜乃村へは翌日の朝に出発らしい。
私は新たな生活に対する大きな不安と、小さな期待に思いを
馳せていた。
翌朝、私は母の車で檜乃村へ向かった。
車の中で母は、
「私も独り立ちするまでは向こうで暮らしてたから、基本的なことは
わかるけど、今までの生活ときっと大きく変わると思う。
それだけは覚悟していてね。」
と話した。
今までの池袋という大都会を離れ、田舎の村という正反対の
環境で生活する・・・それはどれほど大変なものなのか、
陽菜乃は車の中で心の準備をするので精いっぱいだった。
そして同日の正午ごろ、村に到着し、これから過ごす家と
対面した。
その家は以前住んでいた家よりも一回り大きく、立派な家だった。
そして部屋の掃除や荷物の整理を済ませ、学校への挨拶にも
行った。最初に校舎を見たときは、以前まで通っていた学校
とは大きく違い、木造で赤い屋根もついていた。
中学生活の残り1年は、ここで過ごすことになるのだと思うと、
少し楽しみにもなって来る。
―――そして、この村での初めての夜がやってきた。
街灯などは少ししかなく、外はほとんど暗闇で、
小さな恐怖を覚えるくらいだった・・・。
時の流れが非常に早く感じられる。
引っ越しを終え、翌日。遂に登校の時刻となった。
友達ってできるのかな・・・。優しい人たちだったらいいけど…。
重い足を引きずり、昨日挨拶に来た学校に到着する。
そして先生からの説明を受け、ついにクラスと対面する時が
やってきた。クラスメイトはなんと6人という超少人数らしい。
鼓動が耳の内側から鳴り続けている。
中学生主任が教室のドアを開け、「入っていいぞー」と
私を呼ぶ。そして俯きながら教室に入っていく。
「きれい・・・。」
と、女の子の声が聞こえたが緊張のあまり頭に入ってこない。
「えっと・・・西内陽菜乃です・・・。東京の池袋から来まし・・・」
「「い、池袋ぉ!?」」
―――私の中学3年生は、ここからはじまった。