過去編 そのに 「必ず帰ります。探さないで。」
―――「うわぁああっ!」という男の声。
ドサッ・・・という重いものが落ちる音。
・・・生きてる。・・・だた・・・。
男は歩道橋の階段の一番下で血を流して倒れている。
もう完全に動かない。―――あの人は、死んだんだ。
そして今度は「自分自身」に意識を向ける。
・・・右足が大きく前に出ていた。
何故私の片足は浮いているの・・・?そしてなぜあの男は
一瞬にして階段の下に・・・!?
・・・私が・・・蹴った・・・?
元々人通り少なかった大通りの歩道橋だったが故に、
その場に居合わせたものは幸いいなかった。
狂ったように自分の家のある方角へ走る。
嘘だ嘘だ嘘だ!私が人を殺すわけない!
事故・・・。そう、あれは事故。私はあの人に殺意なんて
持っていなかったし、
私はただ軽く蹴っただけ、そしたら勝手に足を踏み外した。
だから私のせいじゃない。私のせいじゃない。私のせいじゃない。私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない私のせ―――
家の玄関を勢いよく開け、自分の部屋に飛び込む。
母親の「お帰り」という声も耳にさえ入れず、
真っ先にベッドに飛び込んだ。
―――夢なら早く冷めてっ!
その願いも空しく、自分の心臓の音が全身に響く。
それが夢ではなく、現実のものであることを陽菜乃の脳に
強制的に理解させる。
もう嫌だっ!なんでこんな目に・・・。
―――泣いたのはいったい何年振りなんだろうか・・・。
顔を埋めていた枕に涙の跡が残っている。
窓の方を見ると、雲一つない青空。そしていつもよりまぶしく
見える朝日・・・。
陽菜乃は今まで寝ていたのだと理解した。
ふと、昨日の出来事がフラッシュバックする。
その瞬間全身に悪寒を感じ、吐き気がする。
あんな状態でも寝れるんだな・・・。いや、
あれは夢・・・だったの・・・?
自分の部屋にある小型のテレビをつける。すると、
――「の下に男性が血を流して倒れているとの通報を受け
警察が現場に急行したところ、男性は既に死亡しており、
全身に不自然な傷が多数あったため、警察は殺人事件とみて、
捜査しています。」―――
画面には、昨日の歩道橋が映し出されていた。
・・・夢じゃない。
―――もし私が警察につかまったりしたら、
どうなっちゃうんだろう・・・。お母さんはきっと悲しむし、
お父さんの仕事に何かあったら大変なことになる・・・。
・・・逃げるしか・・・ない・・・。
部屋の時計を見ると午前5時丁度を指していた。
いつもなら母が起きるまであと30分。まだ大丈夫。
押入れからキャリーバックを取り出し、服や日用品など、
生活に必要なものを詰め込み、
リビングに置手紙を残して、静かに玄関を開ける。
「行く当てもない」というわけではなかった。
まず最初の目的地は、神奈川に住む従妹・・・
西内杏南の家だった。
従妹と言ってもまだ28歳で小さいころからよく会っており、何より
お父さんの組に在籍していた経験がある。その為
状況の理解は早いだろうと踏んだからだ。
電車に乗り、杏南の家へと向かう。
午前6時。杏南の住む大きなマンションにたどり着いた。
インターホンを押すと、‘‘は~い‘‘
と、聞きなれた声が流れてきた。
「あ、陽菜乃だよ。いまいい?」
‘‘え、陽菜乃?どうしたのこんな時間に!?とりあえずドア開けるから
入って!玄関は鍵開けておくから勝手に入っちゃって‘‘
「うん。」と返事をすると、ガラスの自動ドアが開いた。
・・・たしか、杏南のへやは8階だったな。
エレベーターに乗り、杏南の住む部屋に着いた。
「おじゃまします・・・。あ、杏南!」
「陽菜乃!こんな朝早くに何やってるの!?ってか、何その大荷物!
とりあえず座って座って!」
朝6時のテンションとは思えない杏南だが、
杏南の容姿は陽菜乃とは少し雰囲気が違うが、大人っぽい恰好良さ
があった。それは元極道とは思えないような風貌で、
陽菜乃は杏南のそんなところに憧れを抱いた部分もあった。
そして陽菜乃は杏南にすべてを話した。
自分の犯した罪のことを。
すると、杏南は一つの決断をする。
それは、東京から離れた農村での生活だった。