鏡は囁く
上手く呼吸が出来ず喘ぐ。兄は、何をするでもなくじっと経緯を見守っていた。
「ワカラナイ・・・・・・ワカラナイ」
自然と口から漏れ出る言葉。蹲る私の前には大きな鏡。其処に、映るのは私であって私ではなかった。
姿は一緒。でも何処か違う私が鏡の中で微笑む。足を震わせながらも立ち上がる。
先程の声は止んだものの、今度は鏡に恐怖する。身体が強張って動かない。それでも、喋る事は可能だった。
「貴方はダレ?」
“ワタシは貴方”
鏡のワタシが答える。
「私は・・・・・・一人しか・・・・居ない・・!」
“ワタシは昔の貴方”
「昔の───────私?」
後ずさる。
知らない。こんな、私は知らない!
“知ってる。貴方は本当は知ってるんだよ”
鏡のワタシは、私のココロの叫びに返答した。
「シラナイ、ワカラナイ!」
狂気へ堕ちようとする私を鏡のワタシが懸命に引き留める。
“待って!このままだと貴方は元いた世界に戻れなくなる!”
「そんなの構わない!あの男の声といい、鏡の貴方といい、一体私はどうしたら良いの?!」
“思い出して”
思い出す?何を?何を思い出せとイウノ?
“貴方が思い出せないならワタシが思い出させてあげる”
鏡から、伸ばされる手。私は躊躇いがちに掴んだ。
あの日の記憶。それをもう一度私は見ていた。アヤツキに命を譲り受けたあの日。
私は、此処に来ていた。彼岸花の咲く此処に来ていたのだ。
そして、兄を見た、そして呼んだのだ。けれど、兄は振り返ることなく行ってしまう。
呆然としている私の前に同じ鏡が現れて・・・・・私は鏡に引き摺り込まれる。
泣き叫ぶ私を否応無しに鏡は引き摺り込んだ。
鏡の中で私は暗い負の感情を幾万も見て絶望し、記憶を深い所に埋めた。絶対に、触れられない所に。
記憶は鏡と同化する。
だから、鏡を見る事が出来なくなったのだ。鏡を見れば、記憶の破片を一片でも思い出してしまうから。
怖くて、怖くて仕方なかったんだ。私は。
あのユメは紛れもない記憶だったのか。
ハッとして、辺りを見回すと彼岸花の野原に戻っていた。
“わかった?”
鏡のワタシが問う。
「うん、解ったよ。貴方は記憶のワタシなんだね。鏡に閉じ込められた記憶なのね」
嬉しそうに笑う鏡のワタシ。
────────────ピシリ
鏡に罅が入る。罅は鏡全体に広がって行く。
そして。
パアアァァァァァァァァン!
鏡が砕け散った。この場所に置いていた記憶を私は取り戻したんだ。
瞳をそっと閉じる。頭に流れ込んでくる記憶を全て確認すると眼を開けた。
「お兄ちゃん」
身体を兄の方に向ける。
「私は、まだ思い出すべきコトが残っている?」
黙って頷く兄の顔に笑みが浮かぶ。
『探しておいで。セレの思い出』
「うん。」
私は、兄に背を向け歩き出した。
探そう。私の大切なモノ。まだ、どこかにある筈だから。
探そう、あの人との思い出を。




