侵入者捜索
むっちゃ久しぶりの投稿になります。途切れ途切れになると思いますが、また宜しくお願いします。
『───────────りりん』
ぼんやりとした意識の中でその音は聞こえた。頬をざらついた舌が舐める。急速に覚醒して行く意識。
また、あのユメだ。軽く呻くと、起き上がった。
「にゃ」
眼を下に向ければ、黒猫が座ってこちらを見上げている。美しい紅の瞳。
『りん』
首に付けた鈴が音を奏でる。
「おはよう。コウネ。」
コウネと呼ばれた黒猫は一声鳴いた。微笑み、そっとコウネの頭を撫でた。こめかみがキリキリ疼いている。あのサイアクなユメ・・・・・・・大好きな家族が消えてしまうユメは此処最近、みる様になった。あれは記憶のカケラ。破れてしまった無惨な鏡の破片。思い出したくない、思い出したくないのに・・・・・。もう、ウンザリだ。このセカイにも、自分にも。
私───セレネは、暗い溜息を吐く。暗雲な物想いに沈みそうになり、慌てて頭をぶんぶん横に振る。
勢い良くベッドから立ち上がった。窓のカーテンの隙間から朝日が差し込み、外で小鳥の囀る声が聞こえる。私はカーテンを開けた。途端、眩しい陽光が部屋を満たす。窓も開けると爽やかな風が髪を揺らす。私は眼を細めた。
だからお願い、神様。どうか・・・・・・私を、殺して。
魔国【メルイース】
魔術、錬金術、精霊術・・・・・・あらゆる魔を操る者達が集う古の国。魔で繁栄を遂げた国。
緑が青々と茂り、花が咲き乱れる。狭い道に押し込められたように並ぶ煉瓦造りの家々も【メルイース】特有の街並みなのだ。他国とは、一切手を結ばない独立国でもある。その為か、他国の者を決して寄せ付けない。セレネも今まで一度も他国民を目にしたことが無いのだから、相当な徹底ぶりだ。 また、民の多くはエルフと呼ばれる太古の種族である。セレネも、エルフだ。【メルイース】での人間の人口は驚く程少ない。何故なら、エルフが人間を嫌う種族だからだ。遥か昔に戦いを繰り広げた種族同士、不仲なのは納得出来るのだが。活気に溢れ、華やいだこの平和そのものの【メルイース】、だが裏社会に足を踏み入れた者は知っている。この平和は長くは続かないと。
私は、するりと薄暗い路地に入ると迷う事なく、入り組んだ裏路地を歩く。足を止めた場所は路地の行き止まりの一つ。手を掲げ、合言葉を呟くと劣化した壁から滲み出るように古風な扉が現れた。
扉のノブを回すと、軋んだ音を立てて扉が開かれる。その中は、ワルツの流れるカフェだ。
「おはよう、マスター。」
そう私は声を掛けつつ、カウンター席に腰掛けた。肩に乗っていたコウネはカウンターに飛び降りる。
「おはようございます、セレネさん。」
挨拶を返してくれる初老の人こそ、このカフェの店主。カフェの店主というより、執事さんみたいだ。
「いつものコーヒーをお願い。後、新しい仕事ないかな?」
マスターは軽く一礼すると、
「畏まりました。」
と笑みを浮かべた。
「セレネさんは、お聞きになられましたか。【メルイース】に侵入者が入られたそうですよ。」
「へぇ。大方、蛇人族でしょ。アイツらは、ずる賢い割に隠れるのは下手だからすぐに捕まるんじゃないの?」
私は、マスター特製のブラックコーヒーを啜りながら、推測してみる。
「それが、人間だそうですよ。」
それを聞いて、私は危うくコーヒーを吹き出しそうになった。マスターは相変わらず笑顔のままだ。
「・・・Excuse me?(なんと仰いましたか?)」
私は聞き間違いかと思い、もう一度異国語で尋ねた。
「人間が侵入されたらしいですよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
今度こそ、私は聞き逃さなかった。
「マスターのジョーク?」
マスターは首を横に振る。
「まさか、あの超高度結界を破ったヤツが居るっていうの?」
この魔国は円のように丸く造られ、周囲を超凄腕魔術師が五十人掛かりで張った結界が守っている。
他国から攻め込まれようが、魔獣共が襲って来ようが関係ない・・・・・・・・筈なのに。その結界をあろう事か人間に突破されるとは。その人間はどんなバケモノなんだか。
「で?その話、唯の世間話っていう訳じゃないんでしょう?」
「流石は、セレネさん。見事です。」
「お世辞って解ってるけどお礼言っとく。それで、それと仕事と何の関係があるの?」
「はい。実は王直属の精鋭隊でも侵入者を発見出来ず、裏の仕事として極秘で出回っているのですよ。侵入者を捜せ、と。」
「金は出るんでしょうね。」
「それは、当然。報酬は弾むとの事ですよ。」
「ふふふ・・・・・・・面白い。乗ったわ、その話。いい暇つぶしにもなるし。」
私は不敵な表情でそう告げた。
カウンター席から立ち上がると、黒のマントを羽織る。
「マスター、行って来るわ。今夜は稼いだお金でこの店の料理全部食べ尽くしてあげる。じゃあね。」
コウネを肩に乗せ、私は出て行った。
「行ってらっしゃいませ。」
残されたマスターは深々とお辞儀をしたのだった。
「と、言ったものの・・・・・・」
全く見当がつかない。王直属の精鋭隊が捜し出せなかったのだ。果たして、私に見つけられるかどうか。街は粗方、捜索されている筈。それならば、頭の固い連中が想像しない場所─────────
「そうだっ!」
思わず、指をぱちん、と鳴らしてしまう。あるじゃないか。
絶対に思いつかないような場所が────────
数十分後・・・、
私は、国立図書館に来ていた。
此処しか当てが無い。此処で、見つからなかったらお手上げだ。私は図書館に足を踏み入れる。この図書館は多くの人で賑わっている。まさに『木の葉を隠すなら森の中』法則だ。この図書館に来る者は、大抵が変わり者と言って良い。マントを被っていても怪しまれないし、まず、他人に関心を示さない連中が多数なのだ。皆、本に食らいつき、顔を上げようともしない。それならば、侵入者には持ってこいの隠れ蓑だ。
これが、頭の固い連中は、何故か思いつかないらしい。まぁ、簡単に言えば頭の空っぽな連中だと言っているのだ。今頃、空き家とか、人気の無い路地とかを血眼で捜し回っているだろう。いい気味だ。
さて、捜索するか。いくら人の中に紛れ込めると言っても長い間人前をウロウロしたりしない筈だ。この図書館で人の寄り付かないのは一箇所だけ。
「地下倉庫・・・」
辿り着いたその場所は大きな扉に重そうな錠前が掛けられている。が、その錠前は壊された後だった。
「ビンゴって訳ね。」
私は扉を押し開く。扉は錆び付いているのか、耳触りな音を立てた。
倉庫に入ると、埃と古臭い本の臭いが鼻をつく。コウネがにゃあ、と鳴いた。
すると、奥から足音。セレネは身構える。そして、セレネの前に姿を見せたのは、一人の青年だった。