暗黒の狐
「お前が、セレネか。」
謁見の間に通された私を出迎えたのは王座に座る覇王。そして、その隣に立ち控える従者と思われる男だった。
王から放たれる威圧感は凄まじく、気圧されそうになる。アイザックは、謁見の間の壁際に退く。
「確かに、私がセレネよ。王が私をご指名なんてどういった用なのかしら?」
「クラウリアから、聞いていた通りだな。良かろう。俺がお前を呼んだ理由────────“カギ”の在り処についてだ。」
私は、咄嗟に身構えをとる。
「まさか一国の王までもが、“カギ”を探してるなんてね。」
「あの力は、多くの民を導くために必要なモノなのだ。」
「慎んでお断りするわ。」
隣に立つ男が冷たく言う。
「此処で素直に在り処を吐かねば、些か面倒な事になるぞ。」
「面倒事には、馴れてるから。それに、彼女との約束でもあるの。」
「そうか、交渉決裂になってしまったな。残念だが、大人しく捕まって貰うとしよう。」
男が、指を鳴らすとわらわらと数十人の兵士が入って来た。私は、大きく溜息。
「人間って、本当に頑固な生き物ね。」
身体が黒い光を放ち始める。
「・・・・・・ゼンブコワス。」
セレネの身体が一際強い光を放ち、其処には体長が、五メートル近い一匹の狐が九本の尾を靡かせていた。暗黒の毛並み。左眼は紅、右眼は金色に輝いている。
これが、セレネのもう一つの姿。“黒妖狐”だ。黒妖狐は、一歩足を踏み出した。足が、地面に触れただけで闇の衝撃波が辺りに広がった。兵士は、その衝撃波で気絶してしまう。
アイザックは、シールドを張り身を守っていた。王と従者は、その衝撃波を受けても平然としている。
黒妖狐が鋭い牙が生えた口を開く。来るか!と戦慄する三人。が、予想に反し黒妖狐は壁に向かって雷を吐いた。壁に大穴が空くとその巨体からは、考えられない敏捷力で外に飛び出した。
「追わなくて、宜しいのですか?」
アイザックは、眼鏡を押し上げ問う。
「構わん。アイザック、クラウリアは、何処に居る。」
「クラウリアならば、いつものように拷問部屋に籠っているんでしょう。」
肩を竦めるアイザック。
アイザックの言葉に王は頷いた。
「あの女の追跡──────及び監視の役はクラウリアとアイザックに任せる。」
「了解しました。」
アイザックは、謁見の間から出て行った。
「あの女を野放しにしておいて、本当に良かったのですか?」
「後の事は、あの二人に任せておけ。」
外に脱出した私は黒妖狐からエルフの姿に戻り、その場にへたり込んだ。街の広場近くの路地だ。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・」
結局、クラウリアとは会えなかった。とんだ無駄足になってしまったかもしれない。
と、駆け寄って来る複数の足音。
「セレネ!」
聞き慣れた声にほっとした。
「大丈夫?顔が真っ青だよ?」
心配そうなティーグに、笑顔で大丈夫、と返す。
「捜したわよ。勝手に迷わないで。」
エマの棘のある言葉に苦笑する。
「にゃん」
コウネが、手を舐めてくれる。ザラザラしていて、 少々痛かったが。
「何時、城から出たのだ?」
リネスの質問に、
「大きな狐が、外に飛び出した時に。」
「ああ、あの時。ビックリしたよ。壁を破って飛び出して来るんだもん。」
「確かに、城門前は混乱してたから、セレネが出て来たのに気付かなかったのかもね。」
ティーグとエマは得心した風に頷く。
リネスとレーヴェは、何故か複雑な表情。
「お前・・・・・・」
レーヴェは、言い掛けゆっくりと首を横に振った。
「何でもねぇ。とりあえず宿に戻るか。」
私は、そうね、と賛成しつつレーヴェの表情を伺った。レーヴェの強張った顔からは何を考えているのか読めなかった。




